第6話 商人たちの宴
戦争には金がかかる。
そして、金の匂いを嗅ぎつける者は、どこにでもいる。
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「トランプ連邦から使者が来ている」
王将の言葉に、会議室が静まり返った。
「使者?あの死の商人どもが、何の用だ」
飛車が眉をひそめた。
「武器を売りたいそうだ。我が国が帝国との戦争で苦戦していると聞きつけたらしい」
「足元を見に来たか」
角行が冷静に言った。
「だが、渡りに船かもしれません。我が国は物資が不足している。武器があれば、戦況を有利に進められる」
「死の商人から買うのか」
「感情で戦争には勝てません」
角行と飛車が睨み合う。
「二人とも、落ち着け」
王将が制した。
「まずは話を聞く。その上で判断する」
「了解しました」
「それと、桂馬」
王将が名を呼んだ。
「はっ」
「使節団の監視を任せる。連中が何を企んでいるか、探ってくれ」
「了解しました」
桂馬は頭を下げた。
その目は、すでに鋭く光っていた。
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トランプ連邦の使節団は、翌日到着した。
スペード家の紋章を掲げた馬車が、将棋国の首都に入ってくる。華やかな衣装の外交官たち。護衛の兵士。そして——
馬車の最後尾に、一人だけ異質な姿があった。
派手な衣装。白塗りの顔。口元の歪んだ笑み。
ジョーカーは馬車から降りると、大きく伸びをした。
「やれやれ、長旅だったねえ。田舎道は馬車が揺れて困る」
「静かにしろ、道化」
外交官の一人が睨みつけた。
「お前は護衛として連れてきただけだ。余計なことをするな」
「へいへい、分かってますよ」
ジョーカーは肩をすくめた。
だが、その目は周囲を観察していた。城の構造。兵士の配置。そして——
「書庫はどこかな」
小さく呟いた。
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城門の影から、桂馬は使節団を観察していた。
「道化か。外交団に道化を連れてくるとは、妙だな」
護衛にしては、あの飄々とした態度は不自然だ。何か別の目的があるのかもしれない。
「要注意だな」
桂馬は心の中でそう判断し、監視を続けた。
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歓迎の宴は、その夜開かれた。
王城の大広間に、将棋国の重臣とトランプ連邦の使節団が集う。
「ようこそ、将棋国へ」
王将が立ち上がり、杯を掲げた。
「遠路はるばる、感謝する」
「こちらこそ、歓待に感謝いたします」
使節団の長、スペード家の外交官が応じた。
「我がトランプ連邦は、将棋国との友好を望んでおります。この困難な時期に、お力になれればと」
「ありがたい申し出だ」
王将の言葉は丁寧だったが、目は笑っていなかった。
「具体的な話は、明日改めて」
「ええ、もちろん」
宴会が始まった。
桂馬は給仕に扮して、大広間を動き回っていた。
使節団の会話を拾い、動きを観察する。誰が誰と話しているか。どんな表情をしているか。全てを記憶していく。
「商談は順調に進みそうですな」
「ええ。将棋国は追い詰められている。足元を見れば、いくらでも吹っかけられる」
使節団の二人が、小声で話しているのが聞こえた。
桂馬は料理を運ぶふりをしながら、さりげなく近づいた。
「帝国への納品も順調です。来週には追加の攻城兵器が届くと」
「両方に売れば、両方から儲かる。いい商売ですな」
「ええ。戦争が長引けば長引くほど、我々は潤う」
桂馬の耳が、その会話を確実に捉えた。
帝国への納品。攻城兵器。両方に売る。
「やはりか...」
桂馬は表情を変えずに、その場を離れた。
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同じ頃、ジョーカーは宴会場にいなかった。
城の廊下を、音もなく歩いている。
「さて、どこかな」
使節団の護衛という立場を利用して、城内を探っていた。目的は一つ。
古い記録。虚無の地に関する文献。
トランプ連邦の書庫で見つけた断片的な情報。それを補完するものが、この城にあるかもしれない。
「おや」
ジョーカーは足を止めた。
「書庫」と書かれた札が、扉にかかっている。
「ビンゴ」
周囲を確認する。見張りはいない。
ジョーカーは扉を開け、中に滑り込んだ。
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書庫は薄暗く、埃の匂いがした。
古い書物が、棚にぎっしりと並んでいる。ジョーカーは手近なところから、背表紙を確認していった。
「歴史書...。地理誌...。違う、これじゃない」
奥へ進む。さらに古い書物が並んでいる区画。
「伝承集...。神話...。お、これは」
一冊の本を引き抜いた。
『盤上世界創世記』
ページをめくる。古い文字で書かれた記録。
「盤上世界の成り立ち...。各国の起源...。ふむふむ」
さらにページをめくる。
「おっと」
ジョーカーの目が光った。
『世界の果て、虚無の地について』
「あったあった」
食い入るようにページを読む。
『盤上世界の北西の果てには、色なき地が広がる。そこは虚無の地と呼ばれ、白と黒のみが存在する場所である。古の時代、そこには反転の力を持つ者たちが眠りについたと伝えられる——』
「反転の力...」
ジョーカーは続きを読んだ。
『彼の者らは、全てを一色に染める力を持つ。白か黒か、どちらかに。個は消え、全ては一つになる。彼らが目覚める時、盤上世界は終焉を迎えるであろう——』
「終焉、ねえ」
ジョーカーは笑った。
「いいじゃないか。終焉。リセット。全部やり直し」
本を閉じ、棚に戻した。
「トランプ連邦の記録と合わせれば、場所は特定できる。北西の果て、虚無の地」
ジョーカーは書庫を出た。
「待ってろよ、反転の軍勢。俺が会いに行ってやる」
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翌日、交渉の席が設けられた。
王将とスペード家の外交官が、向かい合って座っている。
「では、改めて提案させていただきます」
外交官が書類を広げた。
「剣三千振り、槍二千本、弓五百張り。それに攻城兵器五基。これだけの武器を、将棋国にお売りいたします」
「金額は」
「金貨一万枚」
会議室がざわついた。
「法外な値段だ」
飛車が立ち上がりかけた。金将が制する。
「高いと思われますか?」
外交官は涼しい顔だった。
「戦時中の相場としては、むしろ良心的かと。他に売り手がいるなら、そちらからお買いになればよろしい」
足元を見られている。だが、他に選択肢がないことは、誰もが分かっていた。
「...検討させてもらう」
王将が答えた。
「三日後に返答する」
「承知しました。良いお返事をお待ちしております」
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三日後、交渉は成立した。
金貨八千枚。値切りに値切った末の妥協点だった。
「良い取引ができました」
スペード家の外交官は満足げに笑った。
「武器は一ヶ月以内に届けます。末永いお付き合いを」
「ああ」
王将は無表情で答えた。
使節団が帰路につく。ジョーカーも、その中にいた。
馬車に乗り込みながら、ジョーカーは将棋国の城を振り返った。
「いい収穫だった」
呟いて、笑った。
「さて、準備を始めるとするか」
馬車が動き出す。
使節団は、トランプ連邦へと帰っていった。
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使節団が去った後、桂馬は王将に報告を行った。
「トランプ連邦は、我が国だけでなくチェス帝国にも武器を売っています」
「確かか」
「はい。使節団の会話を直接聞きました。『帝国への納品も順調』『両方に売れば両方から儲かる』と」
王将の表情が険しくなった。
「やはりな。予想はしていたが...」
「さらに」
桂馬は続けた。
「使節団の中に、妙な男がいました。道化の格好をした男。ジョーカーと呼ばれていたようです」
「道化?」
「護衛として同行していたようですが、何か別の目的があるように見えました。宴会の席にもいなかったので、城内を探っていた可能性があります」
「何を探していたか、分かるか」
「いえ。ただ、あの男の目は普通ではありませんでした。何か企んでいるように感じます」
王将は考え込んだ。
「...トランプ連邦は、我々が思っている以上に厄介な相手のようだな」
「はい」
「桂馬、一つ提案がある」
「何でしょう」
「トランプ連邦に潜入し、実態を探ってこい。二重売りの規模、帝国との繋がり、連邦内部の勢力図。何でもいい。使える情報を持ち帰れ」
桂馬は頷いた。
「了解しました」
「危険な任務だ。無理はするな」
「俺は桂馬です」
桂馬は不敵に笑った。
「跳ねることしかできませんが、跳ねることなら誰にも負けません」
王将は頷いた。
「頼んだぞ」
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同じ頃、トランプ連邦への帰路で——
ジョーカーは馬車の中で、一人考えていた。
将棋国の書庫で見つけた情報。トランプ連邦の記録と合わせれば、虚無の地への道は分かる。
「北西の果て」
呟いた。
「反転の軍勢」
目を閉じた。
戦場の光景が蘇る。死体の山。血の海。憎しみの連鎖。
「こんな世界、一回全部消えちまえばいい」
ジョーカーは目を開けた。
「俺がリセットしてやる」
その決意は、もう揺るがなかった。




