第12話 盤上の魂
ジョーカーの体が、白と黒に染まっていく。
「ジョーカー!」
ジャックが叫んだ。だが、白縁と黒縁が立ちはだかった。
『邪魔をするな』
『この者は我らのものだ』
「くそっ...!」
ジャックは剣を抜いた。だが、白縁の手が伸び、ジャックの腕を掴んだ。
「がっ...!」
ジャックの腕が、白く染まり始めた。
『お前も反転させてやろう』
「やめろ...!」
その時——
「離れろ!」
ジョーカーが動いた。
半身が白黒に染まりながらも、ジョーカーは白縁に体当たりした。白縁の手がジャックから離れる。
「ジョーカー...!?」
ジャックは目を見開いた。
「なんで...!」
ジョーカーは笑った。だが、その笑みは、いつもの道化の笑みではなかった。
「さあな...体が勝手に動いた」
ジョーカーの右半身は、もう完全に白黒に染まっていた。足元から這い上がるように、反転が進んでいく。
「お前だけは...俺を道具扱いしなかったからかもな」
「ジョーカー...」
「くそ...」
ジョーカーは自分の体を見下ろした。
「消えたかったはずなのに...」
呟いた。
「なんで今さら、こんな気持ちになってんだよ...」
『無駄だ』
白縁が言った。
『お前はもう我らのものだ。大人しく反転を受け入れろ』
「うるせえ...!」
ジョーカーは最後の力を振り絞った。
腰の短剣を抜き、白縁に斬りかかる。
「俺は...俺の意志で動く...!」
短剣が、白縁の胸を切り裂いた。
『ぐっ...!』
致命傷ではない。だが、白縁が怯んだ。
その隙を、連合軍は見逃さなかった。
「今だ!」
飛車が叫んだ。
「全軍、突撃!」
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連合軍が一斉に動いた。
飛車とナイトが、白縁に向かって突進した。
「行くぞ、ナイト!」
「応!」
飛車が縦に、ナイトがL字に。全く異なる軌道が、白縁を挟み撃ちにする。
ナイトの剣が白縁を切り裂く。飛車の剣が追い打ちをかける。
『おのれ...!』
白縁が悲鳴を上げた。
同時に、角行とビショップが黒縁に斬りかかった。
「斜めの道は、俺たちのものだ!」
角行が叫んだ。
「貴様らに塗り替えさせはしない!」
ビショップが続く。
二つの斜めの剣が、黒縁を追い詰めていく。
『くっ...!』
黒縁も押されていた。
だが、白縁と黒縁はまだ倒れない。
『甘いわ...!』
『我らは不滅だ...!』
白縁と黒縁が反撃に転じた。凄まじい力が放たれ、飛車もナイトも角行もビショップも、吹き飛ばされた。
「ぐあっ...!」
「くそ...!」
『すべてを一色に。これが真の平和だ』
白縁が宣言した。
『争いのない世界。違いのない世界。それこそが——』
「違う」
声が響いた。
王将が、最前線に立っていた。
「王将...!」
「俺たちは昨日まで殺し合っていた」
王将は白縁と黒縁を見据えた。
「憎んでいた。家族を奪われた者もいる。仲間を失った者もいる。今も、許せてはいない」
王将の声は、戦場に響き渡った。
「だがそれでも、俺たちは今、ここに一緒に立っている」
王将は剣を構えた。
「違うからこそ、分かり合えないからこそ、失って初めて気づくものがある。痛みを知っているからこそ、手を取り合える」
王将の目が、白縁と黒縁を射抜いた。
「お前たちの世界には、それがない。全てを同じ色に染めた世界には、何も生まれない」
『黙れ...!』
黒縁が叫んだ。
『貴様に何が分かる...!』
黒縁が王将に襲いかかった。
「王将!」
兵士たちが叫んだ。
だが、王将は動けなかった。黒縁の速さに、反応が追いつかない。
その時——
「王将を守れ!」
歩一が飛び出した。
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歩一は黒縁の前に立ちはだかった。
『邪魔だ、小僧...!』
黒縁の腕が振り下ろされる。
歩一は剣で受け止めた。と金の力で、なんとか持ちこたえる。
「俺は...歩兵だ...!」
歯を食いしばりながら、歩一は叫んだ。
「一歩ずつしか進めない...最弱の駒だ...!」
『だからどうした...!』
「でも...!」
歩一の脳裏に、仲間たちの顔が浮かんだ。
歩三。畑を耕したいと言っていた。
歩二。歩五。歩七。共に訓練した仲間たち。
みんな、死んだ。歩一を先に進ませるために。
「俺は...みんなの一歩を背負ってる...!」
歩一は黒縁を押し返した。
「歩三の一歩も!歩二の一歩も!みんなの一歩が、俺の中にある!」
『何を...!』
「一歩千金...!」
歩一は剣を振り上げた。
「俺たちの一歩には...千金の価値がある!」
その時、フォビアが黒縁の背後に回り込んだ。
「今だ、歩一!」
「ああ!」
フォビアの剣が黒縁の背中を突き刺す。黒縁が怯んだ、その瞬間——
歩一は全ての力を込めて、剣を振り下ろした。
「これが...俺たちの魂だ!」
剣が、黒縁の核を砕いた。
『あ...ああああ...!』
黒縁が崩れ落ちた。
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「黒縁が...!」
『おのれ...おのれえええ...!』
白縁が絶叫した。
だが、もう遅かった。
飛車とナイト、角行とビショップが立ち上がり、白縁を取り囲んだ。
「終わりだ」
王将が言った。
「全軍、総攻撃!」
無数の剣が、白縁に突き刺さった。
『ぐ...あ...!』
白縁が膝をついた。だが、まだ消滅しない。
『我らは...滅びぬ...。何度でも...蘇る...』
「いや、蘇らせない」
松葉杖をついた桂馬が、古びた巻物を広げた。
「戦えない間に調べ尽くした。封印の方法を」
桂馬が詠唱すると、光が白縁を包み込んだ。
『やめ...!』
白縁は巻物の中に吸い込まれ、消えた。
「終わった...」
桂馬は巻物を丸めた。
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光が収まった。
桂馬は巻物を丸め、深く息を吐いた。
「終わった...」
「桂馬...!」
歩一が駆け寄った。
「お前、すごいな...!」
「すごくなんかない」
桂馬は首を振った。
「俺は跳べなくなった。戦場で戦うことはできなくなった。だから、俺にできることを探しただけだ」
桂馬は封印の巻物を見つめた。
「跳べなくても、前には進める。そう言ったのは、お前だったな、歩一」
「え...俺?」
「一歩ずつ、進めばいいんだ」
桂馬は微かに笑った。
「俺も、一歩ずつ進んだだけだ」
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白と黒の影が、消えていく。
戦場に広がっていた市松模様の地面が、元の色を取り戻していく。
そして——
「あれ...俺は...」
「ここは...どこだ...」
反転させられていた者たちが、次々と目を覚まし始めた。
「元に戻ってる...!」
「反転が解けたんだ...!」
歓声が上がった。
歩一は、空を見上げた。
「歩三...俺、やったよ...」
涙が溢れた。
「みんなの一歩、繋げたよ...」
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戦場の片隅で、ジャックはジョーカーを抱えていた。
「ジョーカー...!しっかりしろ...!」
ジョーカーの右半身は、白黒のまま戻らなかった。だが、反転の進行は止まっていた。
「...ジャック...」
ジョーカーが薄く目を開けた。
「俺...生きてんのか...」
「ああ、生きてる。死なせねえよ」
「そうか...」
ジョーカーは力なく笑った。
「なんで俺を...助けた...」
「さあな」
ジャックは同じ言葉を返した。
「体が勝手に動いた」
ジョーカーは少し黙って、それから笑った。
「...そうか」
「医者を呼ぶ。じっとしてろ」
「ああ...」
ジョーカーは目を閉じた。
意識が遠のいていく中、ジョーカーは思った。
消えたかったはずなのに。
全部なくなればいいと思っていたのに。
なぜ今、こんなにも——生きていることが、嬉しいのだろう。




