第11話 詰みの先へ
世界が、塗り替えられていく。
白と黒の軍勢は、留まることを知らなかった。
UNO国の消滅から十日。反転の軍勢は、盤上世界の各地に侵攻を開始していた。
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将棋国、東部国境。
「来るぞ!構えろ!」
飛車が叫んだ。
地平線の向こうから、白と黒の波が押し寄せてくる。人の形をした影の群れ。顔のない、意志のない、ただ「反転」だけを求める軍勢。
「触れるな!触れられたら終わりだ!」
兵士たちは槍を構え、距離を保ちながら戦っていた。
だが、相手の数が多すぎる。
「くそっ、きりがない...!」
歩一が剣を振るいながら叫んだ。と金に成った今、金将と同じ動きができる。だが、相手は無限に湧いてくるように見えた。
「左翼が押されてる!援護を——」
その時。
地響きが聞こえた。
「何だ...!?」
振り返ると、東の方角から騎馬隊が駆けてきた。
だが、その旗印は——
「チェス帝国...!?」
黒と白のチェス盤の紋章。帝国軍の旗だった。
「敵の援軍か!?」
兵士たちに動揺が走った。
だが、帝国軍は将棋国軍を攻撃しなかった。
代わりに、反転の軍勢に向かって突撃していった。
「帝国軍が...化け物と戦っている...!?」
騎馬隊の先頭に、一人の騎士がいた。
「ナイト隊、突撃!反転の軍勢を蹴散らせ!」
L字型の軌道で跳躍し、白と黒の影を斬り伏せていく。八方向に跳べるナイトの動きは、予測不能だった。
「将棋国軍!」
ナイトが叫んだ。
「背中を預けるぞ!」
飛車は一瞬、戸惑った。
つい数日前まで、殺し合っていた相手だ。
だが——
「...分かった!」
飛車は決断した。
「全軍、帝国軍と連携しろ!背中を任せて、前だけを見ろ!」
将棋国軍と帝国軍が、並んで戦い始めた。
飛車とナイト。縦横に動く者と、L字に跳ぶ者。全く異なる動きが、互いの死角を補い合う。
「右だ、飛車!」
「任せろ!」
飛車が右方向から迫る白い影を斬り伏せる。
「後ろ、ナイト!」
「承知!」
ナイトがL字跳躍で後方の敵を撃破する。
「...悪くない連携だな」
飛車が呟いた。
「ああ。昨日までの敵とは思えん」
ナイトも同意した。
「皮肉なものだ。共通の敵ができて、初めて手を組めるとは」
「今はそれでいい。生き残ることが先だ」
二人は背中合わせで、反転の軍勢と戦い続けた。
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同じ頃、将棋国の王城では——
王将とキングが、正式な休戦協定を結んでいた。
「ここに、将棋国とチェス帝国の休戦を宣言する」
王将が宣言した。
「共通の敵、反転の軍勢に対抗するため、我々は一時的に手を結ぶ」
キングが頷いた。
「我々の間には、多くの血が流れた。だが、今はそれを脇に置く」
二人は書状に署名した。
「これで、正式な同盟だ」
「ああ。この脅威が去るまでは」
王将は窓の外を見た。
「各地で、両軍の兵士たちが共に戦っている。飛車とナイト、角行とビショップ、歩兵とポーン。昨日までの敵が、今日は戦友だ」
「奇妙な光景だな」
キングも窓の外を見た。
「だが、悪い気分ではない」
「私もだ」
二人は顔を見合わせ、微かに笑った。
その時、伝令が駆け込んできた。
「報告します!雀荘国から使者が到着しました!」
「雀荘国?」
王将とキングは顔を見合わせた。
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雀荘国。
盤上世界の東方に位置する国。四つの風——東、南、西、北——が統治する連合国家だった。
将棋国やチェス帝国とは、あまり交流がなかった。独自の文化、独自の戦い方を持つ、謎めいた国。
その使者が、今、王城の大広間に立っていた。
「私は雀荘国の使者、東風です」
使者は深々と頭を下げた。
「我が国も、反転の軍勢の脅威に直面しています」
「雀荘国にも被害が?」
「はい。西部の村がいくつか消滅しました」
東風は重い声で言った。
「我が国は、これまで他国との関わりを避けてきました。だが、この脅威は、一国で対処できるものではありません」
東風は顔を上げた。
「雀荘国は、連合への参加を希望します」
王将とキングは顔を見合わせた。
「...歓迎しよう」
王将が言った。
「共に戦ってくれるなら、これほど心強いことはない」
「我々も同意する」
キングが頷いた。
「反転の軍勢に対抗するには、一つでも多くの力が必要だ」
東風は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとうございます。我が国の戦士たちは、独特の戦い方をしますが、必ずお役に立てるでしょう」
「独特の戦い方?」
「はい。我々は『役』を揃えることで力を発揮します。単独では弱いですが、組み合わせることで——」
東風は微笑んだ。
「大きな力になります」
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連合軍が正式に結成された。
将棋国軍、チェス帝国軍、そして雀荘国軍。
三つの国の旗が、並んで翻った。
「まさか、こんな日が来るとはな」
飛車が呟いた。
「ああ。帝国の旗と並んで立つことになるとは」
ナイトが苦笑した。
「俺は何度もお前たちと戦った。命を懸けて」
「俺もだ。お前たちを殺そうとしたことは、一度や二度じゃない」
「...だが、今は」
「ああ。今は、同じ方向を向いている」
二人は空を見上げた。
北西の方角から、白と黒の波が迫ってきていた。
「来るぞ」
「ああ。今度は、一緒に戦おう」
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連合軍は、反転の軍勢を迎え撃つために進軍を開始した。
目的地は、中央平原。ここで敵を食い止めなければ、三国とも滅びる。
「敵の数は?」
王将が問うた。
「推定、十万以上」
斥候が報告した。
「我々の倍以上です」
「厳しいな」
キングが呟いた。
「だが、やるしかない」
「ああ」
連合軍は中央平原に布陣した。
将棋国軍が中央。チェス帝国軍が右翼。雀荘国軍が左翼。
三つの国の兵士たちが、一つの戦線を形成した。
「これが、盤上世界の連合軍か」
歩一は周囲を見渡した。
隣には、帝国のポーン兵がいた。
「よう」
ポーン兵が声をかけてきた。
「将棋国の歩兵か」
「ああ。今は『と金』だがな」
「と金?」
「成ったんだ。お前たちで言う、プロモーションだ」
「へえ。俺もいつか、クイーンになりてえな」
ポーン兵は笑った。
「まあ、その前にこの戦いを生き残らないとな」
「ああ。お互いにな」
歩一とポーン兵は、拳を突き合わせた。
昨日までの敵。今日からの戦友。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
地平線の向こうから、白と黒の波が押し寄せてくる。
「全軍、構えろ!」
王将の号令が響いた。
「今日、我々は一つだ!将棋もチェスも麻雀も関係ない!生き残るために、共に戦え!」
「「「応っ!!!」」」
三つの国の兵士たちの声が、一つになって響いた。
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戦いが始まった。
反転の軍勢は、津波のように押し寄せてきた。白と黒の影が、無限に湧いてくる。
「押し返せ!触れられるな!」
飛車が叫びながら、縦横に敵を斬り伏せていく。
「ビショップ隊、斜めから攻撃!」
角行と帝国のビショップが、同時に斜め方向から敵陣に切り込んだ。同じ動きを持つ二つの駒が、連携して戦う。
「雀荘国軍、援護を!」
「任せろ!東風一発!」
雀荘国の戦士たちが、独特の技を繰り出した。四人一組で、それぞれの「風」の力を合わせる。
「役が揃った!倍満だ!」
四つの風が合わさった時、凄まじい力が放たれた。白と黒の影が、まとめて吹き飛ばされる。
「すげえ...」
歩一は目を見張った。
「あれが雀荘国の戦い方か」
「ああ。単独では弱いが、組み合わせると化ける」
隣のポーン兵が言った。
「俺たちも負けてられねえな」
「ああ!」
歩一は剣を振るった。
と金の力で、敵を斬り伏せていく。
だが、敵の数が多すぎる。
「きりがない...!」
「押されてる!」
連合軍は、徐々に後退していた。
その時——
「やあやあ、楽しそうだな」
声が聞こえた。
戦場の中央に、一人の男が現れた。
道化の衣装。どこにも属さない、奇妙な色合い。
「ジョーカー...!」
桂馬が叫んだ。松葉杖をつきながら、後方から戦況を見守っていた桂馬が、その姿を認めた。
「よう、みんな仲良くなったじゃねえか」
ジョーカーは笑った。
「俺のおかげだな」
「貴様...!」
飛車が剣を向けた。
「お前がこの化け物どもを率いているのか!」
「率いてる?違う違う」
ジョーカーは肩をすくめた。
「俺はただ、封印を解いただけさ。あとは勝手にやってくれてる」
「ふざけるな!」
「ふざけてなんかないさ」
ジョーカーの目が、一瞬だけ暗くなった。
「俺は本気だよ。いつだって本気だった」
その時、別の声が響いた。
「ジョーカー!」
人混みを掻き分けて、一人の男が現れた。
トランプ連邦の紋章。ジャックだった。
「ジャック...」
ジョーカーは少し驚いたように目を見開いた。
「お前、来たのか」
「ああ、来た」
ジャックはジョーカーの前に立った。
「なぜこんなことをした」
「なぜ?」
ジョーカーは笑った。だが、その笑みには、どこか疲れたような色があった。
「お前には関係ないだろ、ジャック」
「関係ある。俺は——」
ジャックは言葉を詰まらせた。
「俺は、お前と話がしたかったんだ。ずっと」
「話?何を今さら」
「今さらでも、言いたいことがある」
ジャックはジョーカーの目を見つめた。
「なぜこんなことをした。本当の理由を教えてくれ」
ジョーカーは黙っていた。
「俺は聞くぞ。お前が何を言っても」
沈黙が流れた。
やがて、ジョーカーの表情が変わった。
仮面のような笑顔が、少しずつ崩れていく。
「...お前らは知らねえよな」
ジョーカーの声は、低かった。
「俺がどれだけ一人だったか」
「ジョーカー...」
「どの国にも属せない。将棋国でもない。チェス帝国でもない。トランプ連邦でさえ、俺の居場所はなかった」
ジョーカーは空を見上げた。
「誰にも必要とされない。戦争で誰が死のうが、俺には関係ない。誰も俺のことを見てなかったから」
「それは——」
「だったら、全部なくなっちまえばいいと思った」
ジョーカーの目に、暗い光が宿った。
「白でも黒でも、平等だろ?みんな同じ色になれば、俺も仲間に入れる」
「...」
「お前らは国があって、仲間がいて、守るものがある。俺には何もなかった。ずっと、何もなかったんだよ」
ジョーカーの声が、震えていた。
「だから——」
「それで、お前は救われるのか」
声を発したのは、王将だった。
「王将...」
「聞いているぞ、ジョーカー。お前の言い分は分かった」
王将はゆっくりと前に出た。
「孤独だった。居場所がなかった。誰にも必要とされなかった。その苦しみは、本物だったのだろう」
「...」
「だが、問いたい。世界を滅ぼして、お前は救われるのか」
ジョーカーは答えなかった。
「白と黒に塗り替えて、全員を同じにして、それでお前の孤独は癒えるのか」
「...」
「答えてくれ、ジョーカー」
沈黙が流れた。
長い、長い沈黙。
やがて、ジョーカーは口を開いた。
「...分からない」
その声は、小さかった。
「分からないんだよ。救われるのかどうかなんて」
ジョーカーは俯いた。
「ただ、他に方法が思いつかなかったんだ」
「ジョーカー...」
ジャックが手を伸ばした。
だが、その時——
『戯れ言はそこまでだ』
声が響いた。
白縁と黒縁が、ジョーカーの傍らに現れた。
『我らは止まらない』
『この世界を、我らの色に染める』
「お前たち...」
ジョーカーは白縁と黒縁を見た。
『お前の役目は終わった、ジョーカー』
『封印を解いてくれたことには感謝する』
『だが、これ以上お前に用はない』
「何だと...!?」
『我らは、お前の願いなど知らぬ』
『我らはただ、全てを塗り替えるだけだ』
白縁と黒縁が、ジョーカーに手を伸ばした。
『お前も、我らの色に染めてやろう』
「待て...!俺は...!」
ジョーカーの体が、白と黒に染まり始めた。
「ジョーカー!」
ジャックが叫んだ。




