理不尽で不親切な現実に自由を見出す
「ここはどこだ?」
戸惑うのも束の間、俺は今居る場所がどこかすぐに気づいた。
ここは慣れ親しんだRPGの世界だ。
俺は部屋の鏡を見ると、自分がこのゲームの主人公であると理解した。
主人公になったのなら、待っているのはハッピーエンドだ。
運命を変えようと、もがく必要はない。
このゲームは魔王を倒すことが目的だが、その目標を進める前に俺は一つやっておきたいことがあった。
主人公に生意気な口を利いてくる無能な王子様をぶん殴ることだ。
彼はストーリーに大して関わらない脇役だ。
そのため、エンディングを迎えるときでも、何一つ変わらない生活をしている。
別に悲惨な死を迎えろと思うほどの問題児ではないが、顔面に拳の一つくらいはぶち込みたい。
そう思わせる生意気な青年だった。
そんな無能王子と対面すると、原作通りニヤけた顔をしながら生意気な口調で話しかけてくる。
うん、これこそ殴りたくなる笑顔だ。
だが、俺は彼に拳を振り下ろそうとすると、見えない壁に阻まれたのか、腕が思うように動かなかった。
「えっ?」
体に力が入らなくなったわけじゃないし、なんなら普通に歩くことだってできる。
彼を殴ることだけができない。
試しに火球魔法で攻撃できないか放ってみたが、彼に命中する直前で魔法の効果は消失してしまった。
「ちっ、つまんねぇの……」
どういうわけか彼を殴れない。
俺は仕方なく諦めて、彼の元を立ち去り、物語を進めることにした。
街から街へと歩き進める途中、俺はあることに気づいた。
「この川を渡れば通行証なしで先に進めるな」
東のエリアに進むには、関所で通行証を見せる必要がある。
しかし、東のエリアを隔てる川は流れが穏やかで、歩いて渡れそうだ。
だったら、いちいち通行証を取得しなくてもいい。
そう考えた俺は、川へと足を踏み出そうとした。
だが、体が前に進まない。
無能王子をぶん殴ろうとしたときと同じだ。
なんらかの強制力によって、行動を制限されている。
俺は川を渡ることを諦めた。
あのときと同じなら、何をしても無駄だと思ったからだ。
俺はその後、色々と試して分かったことがある。
どうやらこの世界は、ゲーム仕様に則ったことしかできないようだ。
ゲームをやっていたときはなんとも思わなかったが、生身でこうした仕様に阻まれるのは息苦しさを感じた。
「俺は親に躾けられてるガキかよ!」
あれはやっちゃいけない、これはやっちゃいけない。
執拗に意識させられるこれらの仕様は、自分の意思決定を認めてもらえない幼少期を思い出す。
そんな息苦しい環境に閉じ込められていると思うと、俺は無性に腹が立った。
こんな世界からはさっさとおさらばしよう。
そう思い立ってから数日後、俺は仕様に従いながらエンディングを迎えた。
その翌日、俺は目を覚ますと見慣れた景色が視界に映っていた。
俺の部屋だ。
どうやらゲーム世界から戻れたらしい。
「とりあえず殴りてぇ!」
ゲーム世界を旅する理想とのギャップにガッカリしていたストレスから、俺は本能に任せて自室の壁を思いっきりぶん殴った。
「いってぇ……」
壁を殴った勢いで俺は拳を痛める。
自業自得だ。
けれども、今はその痛みに満足感があった。
「やっぱこれだよ!」
仕様に拒まれないからだ。
さっきまでいたゲーム世界なら、まずできなかっただろう。
あのゲーム世界は、悪いこと、危ないことができない教育的に素晴らしい不自由な世界だ。
とても安全で、優しく、そして息苦しかった。
そう感じた俺はしばらくゲームを楽しめないかもしれない。
現実は不便で、不親切で、理不尽だ。
けれど、過保護な息苦しさはない。
「チャイルドロックの解除だー!」
大人の躾けに拒まれないこの現実で、俺はいつもの日常をいつもと違う感情で満喫した。




