第9話 気づきたくなかったのに
朝の陽射しがカーテン越しに差し込んでくる。
けれどキャロルは、ベッドの中で頭まで毛布をかぶっていた。
(最悪……!)
昨日のことを思い出すたび、胸の奥がくすぐったくて、もどかしくて──
顔が熱くなる。
(なんで……あんなにドキドキしたの?)
(あんなの、アルシアのいつものからかいでしょ? ただそれだけで……)
でも、違った。
あの時の彼の手の温度も、顔の近さも、そして──声の響きも。
どこか優しくて、本物だった。
「……バカみたい」
顔を出し、ベッドの端で丸くなって呟く。
その瞬間、扉がノックされた。
「お嬢様、アルシア様がお呼びです」
キャロルの肩がびくりと跳ねた。
「──な、なんで!?」
「“午前中の執務の補佐に来なさい”とのことです。体調が優れない場合は──」
「い、行くわよッ!行けばいいんでしょ!」
わざと強く言ってしまった。
鼓動はまだ落ち着かない。けれど、あんな姿をもう見せるわけにはいかない。
***
執務室。アルシアは何もなかったかのように書類を読み、時折キャロルに指示を出す。
(……なんで普通なのよ)
(こっちはずっと、昨日のことで頭がいっぱいなのに)
ペンを持つ手が震えそうで、キャロルは書類から目をそらした。
「……昨夜のこと、覚えてない?」
ぽつりと、つい口から出てしまった。
アルシアは手を止め、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「覚えてますよ。お嬢様が、見事に転ばれそうになったこと」
「ちょっ……言い方!」
「ですが、お助けした私はお褒めの言葉もなく、部屋に逃げ込まれてしまいましたね。非常に残念です」
「に、逃げたんじゃないわよ!あれは……!」
「では、何です?」
さらりと笑いながら問いかけるアルシアの顔を、キャロルは正面から見られなかった。
(やっぱり、ズルい……)
「っ、ばか……!」
そう言って視線をそらすと、アルシアはわずかに目を細めて、低く笑った。
「ええ、それは百も承知です」
***
執務を終えて部屋に戻る頃には、キャロルの気持ちはまたぐるぐると渦を巻いていた。
(あいつ、なんなのよ……!)
(昨日と今日で、ぜんぜん違う……でも、どっちも本当みたいで……)
心臓が騒がしい。
けれどそれを「恋」だなんて、キャロルはまだ認めたくなかった。
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