第7話『これは“ただの一日”──じゃない気がする』
レイトン邸は、珍しく静けさに包まれていた。
今日は年に一度の“大掃除の日”。
侍女たちは倉庫や物置に総動員され、キャロルの世話は一時的にアルシアひとりが担当になっていた。
「掃除くらい、勝手にやればいいのに。執事ひとり残されて何をしろっていうのよ」
キャロルはソファに寝転がったまま、つんとそっぽを向く。
「……さようで。では私は、紅茶でもお淹れしましょう」
「──ちょっと待って。今日は、手伝ってあげるわ」
「はい?」
「べ、別にあんたのためじゃないわよ? ひとりじゃ手が足りないでしょうが」
アルシアはほんの一瞬だけ驚いたあと、すっと微笑んだ。
「では、どうぞ“ご命令”を」
「むっ……そう言われると腹立つわね」
ふたりはキッチンへ向かう。
普段はメイドたちの領域であるその空間に、キャロルが足を踏み入れるのは初めてだった。
「……なんか、狭いのね。庶民の部屋って感じ」
「お気に召しませんか?」
「いいえ、悪くない。……ちょっとだけ楽しいかも」
キャロルは袖をまくり、アルシアの隣で小さな布巾を持つ。
ごしごしと銀器を磨くその仕草はぎこちなく、
でもなぜか、キラキラと輝いて見えた。
──こうして並んでいるだけなのに、変な気持ちになる。
(なんで?)
(こんなの、ただの掃除でしょ?)
しばらく無言で作業していたが、ふいにキャロルがぽつりとこぼした。
「ねえ、アルシア。……なんであんたって、ずっと笑ってるの?」
「……笑っているように見えますか?」
「見えるわよ。いつだって冷静で、楽しそうで、なにも悩んでなさそうで……」
「──そう見えて、お嬢様が安心するのなら、それが私の本望です」
キャロルはふっと目を伏せた。
「ずるいわ、あんたって」
「またですか」
「何度でも言うわよ。ずるい人。ずるくて、優しくて、……見てるとむかつくのに、ほっとするの。……意味わかんない」
アルシアは何も言わず、ただ静かに笑った。
そして、午後。
掃除の終わったダイニングでふたりは並んで紅茶を飲んでいた。
カップの縁がカチ、と小さく鳴る音だけが、しばしの沈黙を埋める。
「……なんだか今日は、変な日だったわね」
「そうですね」
「特別でもなんでもないけど──」
「ですが、忘れられない日になりました」
「…………っ、なにそれ」
「冗談です」
キャロルはぷいっと顔をそむけた。
でもその頬は、ほんの少し赤かった。
(……忘れられない日?)
(ほんとに、変な日だったわ)
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