第4話『これは、罪ですか?』
昼下がりのサロンには、甘くて香ばしいお菓子の香りが漂っていた。
テーブルには、キャロルの好きなローズティーと焼き菓子──そして、白い手袋の執事。
「お嬢様、こちら“少し焦がし気味”のフィナンシェです」
「お口に合えばいいのですが」
「……ふん。焦がしたことに気づいたなら、最初から出すなって言ったでしょ」
「いえ、“あえて”焦がしました。ほら、焦げた端が好きだって、昨日仰ってましたから」
「…………っ!」
キャロルは紅茶のカップを持ち上げたまま、わずかに固まった。
──覚えてたの?
そんな些細なことまで。
アルシアはただ、淡い笑みを浮かべているだけ。
何も強く主張しない、でもなぜか、心に静かに染み込んでくる存在。
(なにこれ、あの目、声……私、何を期待してるの?)
(……ただの執事よ?)
(なのに、)
(──好きになりそうって、思っちゃったら……)
ちょうどそのとき。
「お嬢様、王城より使者が参っております」
空気が、一瞬で冷えた。
「……ああ。そう、来たのね」
キャロルの表情から、笑みが完全に消えた。
◇ ◇ ◇
「王太子殿下より──“今月の晦日に顔合わせを行いたい”とのお達しです。
ご予定の調整をお願いいたします、レイトン家のご令嬢、キャロル様」
使者は淡々とした口調で言い残すと、礼をして去っていった。
使用人たちは空気を察して目を伏せる。
王家の話になると、キャロルは“触れてはならないもの”になると、皆が知っていた。
そして、アルシアだけがその空気に戸惑っていた。
──王太子? 顔合わせ?
まるで、ずっと前から決まっていた話のように。
まるで、それが“当たり前”のように。
夜。
キャロルは書斎で、ひとり静かに本を開いていた。
文字はほとんど頭に入っていなかったけれど。
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王家からの使者が来て、「婚約者=王太子」との顔合わせ日が知らされる。
キャロルは動揺を隠しながら「私は将来、王妃になる女よ」と言い切るけど、
内心はアルシアとの日々が心に残って仕方がない。
夜、アルシアが「何かお困りですか」とやさしく声をかける。
キャロルは思わずつぶやいてしまう。
「……“これは、罪”なのかしら。ほんの少しでも、誰かを、特別だと思うことって」
アルシアは答えない。
ただ「どんな感情も、悪いものじゃない」と微笑む。
キャロルは心の中でだけ思う。
(この人の前だと、“自分を演じる”のが苦しくなる……)
(……それって、どうして?)
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