第1話『可愛くない令嬢』
「──はっきり言わせてもらいます。お嬢様は、可愛くありません」
その言葉は、銀のトレイの上に落ちた紅茶よりも冷たく、キャロルの耳に突き刺さった。
背筋の伸びた男は、毅然とした態度で一礼すると、手袋を外し、彼女の足元へと投げ捨てた。
まるで、それが当然の罰であるかのように。
「いちいち命令が細かい。気に入らないと怒鳴る。機嫌が悪ければ、誰かを泣かせる。……そんなお嬢様に、仕える意味はありません」
使用人たちが息を呑む。
部屋は、凍りついたように静まり返っていた。
──そんな中で、キャロルはあくまでも優雅に椅子に座り、薄く笑った。
「……そう。あなたも、私を“可愛くない”と思うのね」
「ええ、心から」
その執事はそれだけを言い残して、静かに部屋を出ていった。
閉まる扉の音は、妙に大きく響いた。
(ふん……バカみたい)
キャロルは震える指先を隠すように、膝の上で手を組んだ。
侍女の一人が「新しい執事をすぐに──」と慌てて声をかけようとするが、キャロルはそれを片手で制した。
「……いいわ。次を呼びなさい。どうせまたすぐ逃げるけれど」
言葉は強く、冷たく。
──けれど、誰にも聞こえないような声で、彼女はぽつりと呟く。
「……本当に、私って……そんなに“可愛くない”のかしら」
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──翌朝。
窓から差し込む陽射しが、キャロルの金色のツインテールを照らす。
いつも通り、パウダーとリップを重ね、眉をつり上げ、鏡の中に“完璧な自分”をつくり上げる。
「これでいい。私は、何も間違ってない」
独り言のように呟く。
唇は薄く引き結ばれ、目元には決して涙など似合わない。
──昨日の執事の言葉は、まだ耳に残っていた。
可愛くない。めんどくさい。
それが、この世界が自分に下す評価なら──
ならば、自分はそれを貫いてやる。
「お嬢様、新しい執事が到着しました」
扉の向こうから、侍女が恐る恐る声をかけてくる。
「入れなさい」
冷たく返す声が、部屋の空気を張り詰めさせる。
重い扉がゆっくりと開く。
中へ入ってきたのは──昨日までの執事たちとは、どこか雰囲気の違う男だった。
黒髪のウルフカットに、前髪は薄く透けて、淡い影を落としている。
整ってはいるが、見目麗しい貴族のような派手さはない。
ただ、瞳だけが強く印象に残った。
つり目。だがその水色の瞳は、不思議と澄んでいて、冷たくなかった。
「初めまして、お嬢様。
アルシア・ジ・セレスティアと申します。以後、お見知りおきを」
深く礼をするその姿には、一点の乱れもない。
それが逆に、キャロルの警戒心を刺激した。
(……慣れてるわね、人を見て言葉を選ぶ態度)
「またすぐ逃げ出すでしょうね。私のこと、聞いていないわけじゃないでしょう?」
キャロルが鋭く言い放つと、アルシアは一瞬だけ目を細めた。
それから、ほんの少し──まるで、からかうような笑みを浮かべる。
「ええ。ですが、“可愛くない”という噂には、私は懐疑的でして」
「……は?」
「お嬢様の“本当の顔”を見たことがある人が、どれほどいるのか──
興味がありますね」
キャロルは一瞬、息を詰まらせた。
心のどこか、触れてほしくなかった場所に、そっと指を置かれたような気がした。
──最悪だわ。この男、手強い。
そんな予感が、キャロルの胸に静かに芽生えていた。
読んでいただきありがとうございます!
こっち系の話考えるの初めてでは?と思いながら考えました!
アルシアは、いったいどんな執事なのか……私でもドキドキしてます!笑
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