好きな人と体が入れ替わったので好き放題します!
私、知ってる。道源司ヒカルくんはやればなんでもデキる人なんだ。でも心が優しすぎるから、みんなに遠慮して、やらないだけなんだ。
そんなことを言う私も、やればデキるのにやってない。よーし、やるぞ。今すぐ道源司くんにこの気持ちを伝えるんだ。やればデキる、やればデキる! たとえ 道源司くんに迷惑をかけてもいいから、やるんだ。
「あたし、道源司くんのこと、ずっと見てました! 好きです! 付き合ってください!」
……言った。
どうだ。見たか。
あたしはやればデキる人間なんだ。
夕陽の帰り道、道脇でたんぽぽを摘んでいた道源司くんにばったり出逢い、誰も見てないことをいいことに、唐突に告白をしたあたしの顔を、彼はびっくりしたように見た。夕陽のせいじゃなく、彼のほっぺたが真っ赤だ。かわいい。
彼が立ち上がった。あたしは見上げた。彼は背が高い。昼間のお日様を仰ぐように、あたしは上を向いた。
高いところから道源司くんが、オズオズと言う。
「ほんとう?」
低いところからあたしはハキハキと答えた。
「冗談でこんなこと言うと思いますか!? 好きです」
彼が顔をさらに真っ赤にして言う。
「ぼ……、僕なんかで、いいんですか?」
あたしは自信満々に答えた。
「道源司くんがいいんです!」
「じ……、じつは……。ぼくも、ずっと前から萱原さんのことが……好きでした」
「いいね!」
ちゃんと言えた彼に、あたしはサムズアップをして讃えた。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくっ!」
二人向かい合って、夕陽の中でお辞儀を交わした。頭を上げるのがあたしはちょっと早すぎた。まだそこに彼の下げた頭があったから、勢いよく上げたあたしの頭がそこに、ぶつかった。
かっちーーーん!☆
星が飛んだ。
他の何かも飛んだ。
宇宙が一瞬、見えた。
「いたたたた……」
「ふぉー……! いてててて」
「大丈夫? 萱原さん」
「ごめんね。道源司くんこそ大丈夫?」
顔を上げてみると、夕焼け空しか見えなかった。
いつもより空が近い。
地面を見下ろすと、足元にかわいい女の子がいた。目に涙を溜めて、魂が抜けたみたいな顔をしてあたしを見上げてる。
どこかで見たことのある女の子だ。ちっちゃくて、うちの高校の制服を着てて、目がおおきくて……あっ。
──これ、あたしじゃん!
「ええええっ……!?」
足元のあたしがあたしを見上げて驚いた声をあげた。
「な……、なななななんで!? なんで僕が僕を見上げてるの!?」
間違いない、中身は彼だ。
あたしは男の声で、言った。
「身体、入れ替わっちゃったみたい」
☆ ★ ☆ ★
寮の部屋まで走って帰った。
同室のカスミはまだ帰ってないようだった。よし!
あたしは鏡に自分の顔を映すと、それに見とれた。
カッコいい道源司くんの顔だ。色白で、ヒョロガリだけど、それがいい。
思う存分、彼の表情を好きなように動かすと、彼に喋らせた。
「好きだよ、萱原さん」
「いやあっ。下の名前で呼んでよぉ〜」←一人芝居
「愛してる、サヤカ(キリッ)」
「あたしも……好き!」←一人芝居
ああ……。彼の顔が……近づいて……。ああっ! キス……されるぅ〜っ!←一人芝居
「帰ってたの、サヤカぁ〜?」
同室のカスミが帰ってきた。
「……えっ!? ぎゃっ……、ぎゃあああ! 男っ!? あんた誰っ!?」
「サヤカだよ〜」
あたしは背の高い身体をくねくねさせながら、笑顔で手を振った。
「ふざけんな! どっから入り込んだ! 出てけ!」
あたしは自分の部屋を追い出された。まぁ、そうなるか……。
☆ ★ ☆ ★
星空の下の公園で、ブランコを漕いだ。
凄い、凄い! 男の子の力って、凄い!
いつもより遥かにパワフルに、あたしはブランコを漕いだ。
勢いがつきすぎて一回転した。でも怖くない。楽しい!
二回転、三回転とぐるぐる回っていると、声をかけられた。
「萱原さん!」
見ると、ちいさな女の子がそこにいた。ちいさな女子高生、あたしだった。もちろん中身は道源司くんだ。
「よっ。もしかして、道源司くんも自分の家を追い出された?」
「帰れなかったよ……。父さんと母さんに何て言ったらいいのさ。……それより僕の身体であんまり派手なこと、しないで!」
「帰れなかったかぁ……。やっぱりお互いの家に帰るしかないかな」
「萱原さん…寮暮らしでしょ? 女子寮でしょ? ……ムリ」
「じゃあ一緒に暮らそう」
「とりあえず萱原さんは僕の家に帰って! 大変なことになるから!」
☆ ★ ☆ ★
道源司くんの家は立派だった。
父親が代議士さんだって言ってたっけ。たぶんそれは国民の税金を使って建てた豪邸だ。
「ただいまー」
あたしが平常心を装って玄関の扉を開けると、選挙のポスターで見覚えのある顔のお父さんが浴衣姿でそこに腕組みしながら立ってて、押し殺したような声で言った。
「遅かったな。何をしていた、ヒカル」
「あっ。ちょっと友達と会っちゃってー」
「その女の子はなんだ」
お父さんがあたしと並んで入ってきたちいさな女の子を睨んだ。
「その友達。萱原サヤカちゃんだよ。かわいいでしょ」
「こ、こんばんは」
道源司くんがあたしの身体でぺこりとお辞儀をした。
「か、萱原といいます。今夜、泊まるところがなくて……その……泊めてもらいに来ました」
「なんだ、この娘は。礼儀も何もないな」
「パパ!」
道源司くんがかわいい顔で、お父さんをキッと見つめた。
「緊急番号1803!」
「厶!?」
何かが伝わったようで、お父さんが真剣な顔になる。
「なぜ、それを……。まさか……」
「コードグリーンです」
「……なんだと」
なんだかわからないけど二人のあいだでは何かが通じ合っているようだった。
「……わかった。今夜だけといわず、好きなだけ泊まっていきなさい」
道源司くんの部屋はとてもシンプルで、必要なものしかなかった。
あたしはベッドの上に座ると、聞いた。
「さっきの暗号みたいなの、何だったの?」
「な……、なんでもないよ。それより僕、別室で寝るから。おやすみ……。あ! あんまり部屋のもの色々見ないでね?」
「わかった」
「じゃ、おやすみ」
道源司くんが出て行くと、あたしは机の引き出しを開ける、ベッドの下を覗いた。
面白いものが出てくるのを期待したけど、ほんとうに必要なもの以外はなんにもない部屋で、生活必需品の他にはなんにも出てこなかった。
「何か……隠してるな?」
あたしの嗅覚が、道源司くんの秘密を嗅ぎとった。
☆ ★ ☆ ★
「では、これより100メートル走のタイムを一人ずつ、測るぞー」
体育の鬼柴先生がそう言って、あたしたち男子は順番に並んだ。
校庭は風が凪いでいて、みんな逆風や順風に影響されることなく正確なタイムを出せることが期待された。
体育の授業の前に道源司くんがあたしのところへやって来て言ったことが気になっていた。
『テキトーに走ってね? 全力は出しちゃダメだよ? 絶対!』
あれはどういうことだろう?
いや、わかってる。道源司くんはやればデキるひとなのに、今までずっと何事にも本気を出してなかった。目立つのが嫌なのだろう。
でも、あたしはみんなに知らしめたかった。
道源司くんがほんとうはどんなに凄いひとか、みんなにもわからせたかった。
好き放題に彼の実力を発揮してやろうと決めていた。そのうちみんなに認めさせて生徒会長まで登りつめる計画だ。
「どりゃあっ!」
あたしは道源司くんの身体で100メートルを駆け抜けた。
風になったみたいだった。
鬼柴先生が、タイムを読み上げた。
「5秒03! ……って、おい。これ計測器壊れてんな。世界記録大きく上回ってんぞ」
☆ ★ ☆ ★
「本気出しちゃダメって言ったのに!」
体育館の裏に呼び出されたあたしは道源司くんからほっぺたを膨らませて叱られた。
かわいい。元々かわいいあたしの体の中に道源司くんが入ってるんだもん、そりゃかわいいかわいすぎて、あぁ……、いたずらしちゃいそう。
からかうつもりで、聞いた。
「道源司くんて、スーパーマンなの? 凄いタイム出たし、ブランコ三回転出来たし」
「ああ……、もう。こうなったら明かしちゃうけど」
すると道源司くんはうなずいたのだった。
「僕、ミュータントなんだ。常人の数百倍の身体能力があるんだ。知られたら社会生活送っていけないよ。だから……お願い、萱原さん! 大人しくしてて! ね?」
あたしは好き放題することに決めた。
☆ ★ ☆ ★
道源司くんの身体は凄かった。
走れば全力疾走する猫について行くことがデキる。
ジャンプすれば二階の窓まで飛び上がれる。
泳げば息継ぎなしで50メートルを15秒で泳ぎきれる。
頭脳も優秀で、本気を出したら簡単に学年トップが獲れた。
公約通りの生徒会長に就任しようとしたところで、彼のお父さんにあたしは監禁された。
「これ以上好き勝手されると困るんだよね」
お父さんはもう既に困った顔をして、檻の中のあたしに言った。
「悪いが君を処分しなければならない」
「しょ……、処分て……。あたし、殺されるんですか?」
「遠心力分解機にかけてこの世から消滅してもらう」
「まじで!?」
「その前に……なんとかヒカルの身体から出てもらわなければな。……どうすれば元に戻れる?」
こうなったら意地でも戻らないぞと決めた。
☆ ★ ☆ ★
「ヒカルくん……」
面会にやってきたちいさなJKに、あたしは綺麗な涙を見せた。
「あたし……処分される。助けて?」
「君はちょっとやりすぎたんだ」
彼はかわいい顔を困らせて、いかにもほんとうはあたしを助けたがってるのを隠しながら、言った。
「どうしてあげることもデキない」
道源司くんの身体の能力なら鉄の檻ぐらいひん曲げられるんじゃないかって試してみたけど、そこまでのスーパーマン・パワーはなかった。
どうしてこんなことになったの……。
あたし、道源司くんの力をこの世に知らしめてあげたかっただけなのに。
「好き……。ヒカルくん」
涙まじりに、あたしは言った。鉄格子を握りしめながら。
「好きなの……。だから、かっこいい道源司くんをみんなにも認めてほしかったの」
「僕も君がずっと好きだった」
彼は告白した。
「僕の部屋、本棚の後ろに隠し扉があるんだけど……気づかなかったんだね。その中に君を隠し撮りしたかわいい写真がたくさんあるぐらい、好きだった」
「過去形にしないで」
「教えよう」
道源司くんが、何か言い出した。
「僕のその身体の能力はまだまだそんなもんじゃない。体内に埋め込んだリミッターで10%程度に抑えてるんだ」
「すげぇ!」
「この薬を飲めば、リミッターが解除される」
ポケットから取り出したカプセルを、道源司くんがあたしに見せた。
「飲む?」
「飲む!」
「取ってごらん」
「くれ!」
「だめだよ。これを飲ませたら君は超人になってしまう」
「道源司くん……」
あたしはシュンとした顔を見せて、せがんだ。
「薬は諦めたわ……。あたし、処分される。死ぬ前に……キスして?」
鉄格子を間に挟んで、キスを交わした。
もちろん、その拍子にあたしは彼の手から薬を奪おうとしたのだった。
でも、キスをしながら、明らかに、彼は自分から、そのカプセルをあたしに手渡してきた。
鋼鉄の檻を、スポンジでも折り曲げるように、あたしはひん曲げた。
☆ ★ ☆ ★
「ハハハハハ! 脆い! 脆い!」
あたしはぎゅんぎゅんと空を飛びながら、追跡してくるジェット機の攻撃をかわす。
眼下の海にはあたしが破壊した戦艦が火と煙をあげて沈んでいくのが見える。
「見よ! これが道源司ヒカルくんの身体の本気のパワーだ!」
あたしはそう言うと、追ってくる二機のジェット機に向けて、気迫弾を左手から発射した。
落ちていく。国民の税金をたんまりはたいて購入したジェット機が、墜落していく。
パラシュートが開き、パイロットが怯えた顔をあたしに向けて落下していくのがスーパー視力ではっきりと見えた。それにはとどめは刺さない。道源司ヒカルくんは強くて破壊神だけど、心優しいのだ。
「どう? ヒカルくん」
あたしは空を飛びながら、小脇に抱えたちいさな女の子に聞く。
「どんな気分?」
「最高!」
女の子はスッキリした顔をして、笑った。
「今までの僕はまるで国家の飼い犬だった。最初からこうやって、自分の力を隠さずに、自由に生きればよかったんだね! 教えてくれてありがとう、サヤカちゃん!」
従順でいいひとな道源司くんがこの身体に入っていたから、今まで世界の秩序は守られていた。誰にも迷惑をかけないように、彼はひっそりと、こっそりと生きていた。
アグレッシブな性格のあたしがこの身体に入ったからには、もう何もかもをめちゃくちゃにしてあげる。そうして道源司くんを自由にしてあげる。
彼に世界をプレゼントするんだ。