浮気疑惑編-1
しばらくは何の問題もない幸せな日々が続いていた。
教会で預かっている子供達の面倒を見たり、教会の奉仕をしたり、聖書を勉強したり、祈り会や礼拝に参加するという平穏で幸せな日々を過ごしていた。
ただ、問題は一つだけあった。隆さんの小説が、ボツばかりでなかなか順調では無いという事だ。
本当は、作家業一本で暮らしていきたい願望もあるそうだがなかなか新作の作成にも漕ぎ着けず、それもまた夢物語状態だった。
ただ、以前出した既刊の評判は良いらしく重版がかかり、家計は潤ってはいた。
今のところ大きな問題には発展しないと思っていたのだが、最近隆さんの帰りが遅い。
半ドンの日も夕方まで帰ってこない時も多く、夕飯を作って辛抱強く待っていても「先に寝てて良い」と連絡が来る事もあった。突発的な仕事があると言っていた。
最初はそれを鵜呑みにしていたが、こう長く続くと何かおかしいと感じ始めてはいた。
それにせっかく花見が満開だから、一緒に東京でお花見でもしようと誘ったが、断られてしまった。ちょっと気まずそうに、小説のことでちょっと悩んでいると告白したが、詳細は多く語らなかった。
こんな風に壁を作るというか、秘密がありそうな隆さんに私は、狼狽える事しかできなかった。
それにもう一つ決定的な事が起きた。
例の近所の和菓子屋の前を通りかかった時、店主に声をかけられた。
正直なところ会いたい人物ではなかったが、無視するわけにもいかない。とりあえず話だけでも聞いてみたが、予想もしていない事を言われた。
「あんたの所の旦那、女と歩いて居るのをみたよ」
「え?」
全く想像もしていない話なので、店主が作り話していると思うほどだった。
「いやぁ、敬虔な旦那さんかと思ったらやる事はやって居るんだねぇ」
店主はニヤニヤと歯を見せて笑っていた。その笑顔が不快でならないが、私は出来るだけ冷静になって聞く。隆は女学校に先生だ。生徒と会った所をこの店主に誤解されていたのかもしれない。
「モガっていうか新しい女っぽいヤツと一緒にいたな。うん、あの雰囲気は、濃密だったよ。恋人だろう」
店主はニヤニヤと笑っているが、私の頭は真っ白になってしまった。
店主の発言を鵜呑みにするわけではないが、今の隆さんに壁があるのは事実だった。
ちょうどそこに初美姉ちゃんに声をかけられた。
「志乃ー? どうしたの?」
「初美姉ちゃん!」
初美姉ちゃんは、もともと教会にいた女性だったが、今はハンスという医者と結婚して隣町に住んでいた。
私より四つ年上で、血の繋がりはないが本当の姉の様な存在だった。
今日は一番歳下がそばにいた。初美姉ちゃんには4歳の長男と3歳の娘が一人いた。
「志乃ちゃん、お菓子! お菓子、お団子食べたい!」
初美姉ちゃんの娘の鈴子は、和菓子をねだり、結局草団子や素甘を買い、みんなで川辺で一休みしようと言う事になった。