番外編短編・一目惚れ
結婚式があと数日で迫っている時の事だった。
新居の準備と相まって、一日中動き回っていた。ミッションスクールは無事卒業できたが、友達と離れる生活はほんの少し寂しさを覚える。
そんなある夜、隆さんから書斎に呼び出された。
「隆さん、お呼びだって聞いたんですが」
「ああ、入れ」
文机の上で何か書きものをしていた隆さんが顔をあげて、私を招き入れた。少し距離をとって座る。
結婚前にあまりくっつき過ぎるには良く無いという事になり、微妙な距離で座ると決めていた。誰に言われた訳ではないが、やっぱり何か間違いがあってはいけない。
「何書いてたんですか?」
「いや、私はいつ志乃に恋愛感情を持ったか思い出していてな」
「そういえばいつだったんですか? 突然求婚されてビックリしたんですけど……」
嬉しかったが予想外の言葉すぎて、当時は全く頭がついていけなかった。求婚された後、頭は真っ白になりどうやって帰ったかも思い出せない。
「火因村に行くちょと前あたりですかね?」
「いや、もっと前だ」
「初美姉ちゃんの結婚式ですか? それとも龍神との縁切りするお祈りした時ですかね?」
「もっと前だ」
「え!? そんな前? お箸の持ち方を教えて貰った時かしら」
信じられなくてちょっと大きな声を出してしまった。
隆さんは私と出会った時から一目惚れしていた事を告白した。川辺で倒れていた花嫁姿の私をみて、「こんな美人が妻だったらどんなに良いか」と頭の中で何度も考えたらしい。
「そ、そんな前から……」
恥ずかしくて俯いてしまった。
「ただ、そんな事を頭の中で思うのも罪だからな。あの夜、ずっと悔い改めの祈りをしてた。正直言うと、それから何度か似た様な事は考えた事がある」
「そ、そうだったんですか……」
結局、本当にこの人の妻になる予定なので、私は恥ずかしくて居た堪れない。この家に保護されてから隆さんがやたら厳しかったのも、そんな気持ちの裏返しという部分もあるような気もしてきた。
そんな私も今思えば、初めて隆さんを見た時からちょっと気になっていた。怖そうには見えたが、洋装はよく似合っていたし惹かれるものはあったと思う。
「あ、なんか本当に恥ずかしい……」
「うん、本当に恥ずかしいな……」
二人の距離はちょっと離れているのに、この場の空気は薔薇色みたいに染まっていた。