永遠編-3
翌日、隆さんと牧師さんは、夏実さんを連れて警察に行ってしまった。
悪霊に憑かれた結果の犯行ではあるが、現実的に夏実さんが犯罪をしたのは事実だ。その罪は償う必要はあるだろう。もっとも夏実さんが罪を告白した段階で、神様は赦していると思うが。
今日の朝食は、玉ねぎの味噌汁と白米のおにぎり、サバの塩焼きだったが、残さず完食し、私に御礼まで言っていた。
「ご飯、美味しかった」
食べ終えた後、そんな事まで呟いていた。
「そうだろう。私の妻は料理上手で、優しいだろう」
「旦那さん、惚気すぎじゃないかな?」
夏実さんが突っ込みを入れると、茶の間に笑いが包まれる。
昨日事あった事が嘘みたに穏やかな空気に包まれていた。
これから夏実さんは罪を償わなければならない。きっと平穏な日々とはいかないだろう。それでも一時だけでも楽しい食事が出来てよかったと思う。
隆さんは今日は一日だけ休む連絡を学校に入れ、夏実さんと牧師さんの三人で警察に出かけてしまった。
私と別れる時、夏実さんは薄らと涙を浮かべ、頭を下げていた。
寂しい事ではあるが、仕方ない。このまま夏実さんを家に置いておくわけにもいかない。たった一日ではあるが、夏実さんと過ごした時間は長く感じられるほど濃く感じた。
午前中は教会に子供達を世話したり、礼拝堂で信徒さん達と讃美歌の練習やチラシや週報を作りながら、忙しく動き回る。忙しくしていると少しは夏実さんの事は忘れられそうだった。
お昼過ぎに買い物も終え、その帰り道、向井にあった。
立話もなんだと言う事で、この町の川の土手に腰を下ろす。
今日の向井は昨日と似たような洋装姿だったが、居心地が悪そうに私を見ていた。昨日、あんな光景を目の当たりにしてしまうと、確かに私の事もちょっと怖いかも知れない。
「これ、日傘と着物。奥さん、うちの事務所に置きっぱなしにしていただろう」
「すっかり忘れていたわ。わざわざ持ってきてくれて、ありがとう」
私は向井から、日傘と紙袋に入った着物を受け取る。川では子供達がはしゃいでいて、少しうるさいぐらいだった。今日は天気が良いが、風が生温くちょっと暑いぐらいだ。買い物籠から隆さんに買って貰ったハンカチーフを取り出して、首も元の汗を脱う。
向井はちょっと顔をそらし、小さな声で指摘する。
「奥さん、首がちょっと青黒くなってるぜ」
「ああ、昨日夏実さんに首を絞められたからね」
「奥さん、能天気すぎだよ。痛くないの?」
「え、ええ。まあ…」
そう言いながら、顔が赤くなってしまう。あの後、いつものように隆さんと一緒に眠ったわけだが、いつも以上に身体を丁寧に扱われて、そんな事はすっかり忘れてしまっていた。もちろん触ると少し痛いが、それ以上に隆さんに優しく接してくれた事で上書きされてしまっていた。
「奥さん達が信じている神様って本当に強そうだな。実は探偵事務所の近くに幽霊屋敷があるんだが、追い払ってくれないかね」
「出来ると思うけど、そんな事する為に神様がいるわけじゃないから」
「おぉ、それもそうだな」
お調子者の向井だが、ちゃんと話すとわかってくれた。
「奥さんさの事、ちょっとだけ好きになちゃったよ」
「え?」
その告白の顎が外れるほど驚いた。向井の顔はいつものように明るかったので冗談にも思えたが、こんなタチの悪い事を言う性格にも見えず混乱する。
「でも、あれほど隆と絆があるみたいだしな……。あーあ、失恋さ」
「な、なんかごめんなさいね……」
「悪くないよ。ただ、奥さんはちょっと無防備すぎ。もうちょっと自分が美人である事を自覚して、謹んで生活した方がいいね」
向井の指摘はもっともだった。
確かに聖書でも女性は派手な格好する事も推奨されていないし、でしゃばらないように言っている。今回、再びインキュバスに攻撃された事は自分が招いてしまった事だった。自分が美人かどうかはわからないが、向井にも何か誤解させる態度をとって居たのかも知れない。
「ところで、清美さんは大丈夫かしら」
気になる事を聞く。清美さんの事も心配だった。
「うん。だいぶ良くはなっているみたい」
「良かったわ」
「うん。やっぱり隆が浮気なんてする訳ないよ。もっと信じてあげな」
「ええ……」
その指摘ももっともなので深く頷いた。
「じゃあ、これから仕事あるから」
「夏実さんの事もよく調べてくれてありがとう」
「仕事でやったまでだよ」
「今度また教会に来てください。あと、隆さんが居る時はいつでも遊びに来てくださいね」
「うん。じゃあ」
向井は、大きく手を振って去って行く。
自分はまだまだ弱い人間だと思わされた。ただ、悪い誘惑に耳を傾けないよう神様に祈るばかりだ。




