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永遠編-2

 夏実さんは、私と同じぐらいの若い女だったが、想像以上の力を出してきた。苦しくてもがくが、ちっとも抵抗出来ない。

 悪霊の仕業だ。


 悪霊が夏実さんの思考を乗っ取り、こんな事をしているのだとハッキリとわかる。


 隆さんは夏実さんを引き離しながら、叫んでいた。」苦しくて消えかける意識の中で、隆さんの声だけが聞こえる。


「イエスが主と言え! 今すぐだ! イエスが主と言え!」


 隆さんが無理矢理夏実さんを引き剥がしたので、どうにか呼吸がもどる。


 息を切らしながらも私も叫ぶ。


「これは悪霊よ! お願い!イエス様が主と言って!」


 必死だった。


 悪霊が一番怖がるのはイエス様の存在。なぜかわからないが、夏実さんにそう言わせるのが一番だと思った。


「そんな、そんな!」


 夏実さんは泣き叫びながら、畳の上に仰向けに倒れていた。


 私と隆さんは二人で手を繋ぎ、必死に祈る。


 天のお父様

 イエス様


 どうか助けて下さい!夏実さんを悪霊から守り、遠ざけて下さい!


 ずっと真剣に祈る。夏実さんに首を絞められて、身体は痛いし呼吸もろくにできないが、確かに神様が側で守ってくれているかのような安心感は覚える。


 確か、自分もこんな風に祈ってもらってインキュバスを追い払って貰った事を思い出す。あの時は神様を知ったばかりでろくに信仰心は持っていなかったが、神様に守って貰えた事だけはわかっていた。


 向井は私達夫婦の並々ならぬ雰囲気に怖気付き、どこかへ行ってしまった。


 どれぐらい祈っていただろうか。時間の感覚が分からないぐらい、ただ祈っていた。


 意識を無くしていたような夏実さんだったが、突然起き上がり辺りを覗っていた。その目は普通で、どうやら正気に戻ったようだった。


「イエスが主です……」


 祈りが通じたようだ。夏実さんは意味がわからないと言った表情だが、そう言い終えると憑き物が落ちたような顔を見せた。


「ああ、よかったわ」


 私はホッとし、夏実さんに寄り添うように肩を抱く。


「お前、悪魔の奴隷だったか?」


 隆さんも夏実さんの前に視線を合わせるように座り、優しく話しかける。夏実さんの目から涙が溢れる。


 ポツポツと事情を話してくれた。


「生まれ変わって、清美お姉様と一緒になりたかった……」


 そう語る夏実さんは、とても悲しい人間に見え、責める事は出来なかった。


 清美さんへの恋心の苦しんだ夏実さんは、カルト教団・マリアの涙の戸を叩く。そこで「善行」をすれば、良いものにう生まれ変わり、願いも全部叶うと教えられる。


 最初は軽い気持ちだったらしい。教団の連中とネズミを殺し、その血を啜った。その後、すぐに清美さんなから連絡があり、確かに効果があると感じた。


 ただ、その日から「J」いう黒いモヤのような霊につき纏われるようになった。声もハッキリと聞こえ、動物を殺して血を飲むように要求。そうしなかったら、今までの悪事を世間に広めると脅されたようだ。


 悪霊の声は次第に大きくなり、最愛の清美さんを殺す事も要求。薬を飲ませ、無理心中もはかった。


「怖かったの、とても。『J』に逆らったら、本気で殺されてしまうと、怖くて、怖くて……。志乃の事も傷つけるつもり何てなかったの」


 夏実さんは子供のようの泣きじゃくり、さすがの隆さんも何も言えないようだった。


「今は? その変な霊はいる?」


 夏実さんはゆっくりと首を振る。


「いない。『イエスは主です』って言ったら、綺麗に消えた」


 その夏実さんの言葉に、私も隆さんも深く安堵のため息をついた。


「どう言う事? あんた達の神様が守ってくれたの?」


 夏実さんの目は涙で潤んでいた。


「意味がわからない。こんな酷い事して生きてきた私なのに、赦してくれているの?」


 私は夏実さんの背をさする。


「そうだよ。だから、もう神様を悲しませる事はしないでね」


 ちょっと厳しい事かも知れないが、どうしてもそれは伝えたかった。


「そうだ。お前の事も神様は愛してる。もうこんな動物を殺す事は辞めるな? あと、明日警察に一緒に行くが良いか?」


 隆さんの声は、私でも初めて聞くように優しいものだったが。


 もっと抵抗するかと思ったが、夏実さんは素直に頷いた。


「私、死にたく無い。死にたくないの。死んだあとどうなるか怖いし、生まれ変わっても清美お姉様に会えるか確証はない」


 涙声で夏実さんの声は震えていた。


「大丈夫。あとで私達の神様の話をしてあげよう。イエス様は死さえも打ち勝ったお方だから」

「そうよ。完全に死の恐怖からは解放されるわ」


 私はそう言って、さらに夏実さんの背をさする。


 昼間は、私が語った神様の話しも「洗脳されている」言った夏実さんであったが、ゆっくりと頷いた。


「お前ら、一体何やったんだ……」


 いつの間か帰ってきた向井は、素直に頷く夏実さんを見て、目を見開いていた。この騒ぎを聞きつけて牧師さんもやってくる。


「大丈夫。神様が守って下さいます」


 私達が言うより牧師さんの方が説得力があったのかも知れない。夏実さんは、ついの「ごめんなさい」と謝っていた。


「は? 一体どういう事だよ……」


 向井はこの光景に混乱しオロオロとしていたが、こういう事はよくあると牧師さんが説明してくれた。特に牧師こう言った攻撃に遭いやすく、「イエスが主です」と悪霊が憑いた人に告白出来るよう強く祈る事もあるのだと言う。


 牧師さんに説明されても向井は納得していなかったが、夏実さんは今まで見た事も無いような澄んだ笑顔を見せていた。


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