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永遠編-1

 夜の突然の来客は、向井だった。向井が来る事は、何となく予想していたが、今日は洋装姿で外見もきちんとしている。いつものようにヘラヘラと笑っていなくて、ちょっと鋭い視線を見せてくる。それでもいつものように図々しく、茶の間に上がりこんで胡座をかく。


「なんで、向井さんがいるの?」


 夏実さんは向井を見て明らか動揺していた。確か向井は夏実さんの家に潜入調査をしていたんだった。お互い面識がある筈だった。


「いや、実は夏実嬢に話があるんだ。探偵としてね」

「あんた、やっぱり探偵だったのね」


 夏実さんの頬は強張り、私に隠れるようにくっついてきた。


 この場に重い空気が流れていた。隆さんと私は顔を見合わせた。この様子では、夏実さんと向井はろくに話せないとも感じた。


「向井、お前夕飯食ったか?」


 隆さんが聞く。


「いや、これからだよ。これ、コロッケお土産!」


 向井は、紙袋を取り出して箱に入ったコロッケを見せた。コロッケは10個ぐらいあり、綺麗な狐色の衣がサクサクとして美味しそうだ。


 油の良い匂いが、茶の間に漂う。完食したとはいえ、不味いカレーを食べた後では食欲がそそられるコロッケだ。


 向井以外の三人とも唾を飲み込んでいた。


 結局、向井を含めて夕飯を食べ直す事になった。


 余った不味いカレーは大食いの向井が食べてくれ、悩みの種も消えた。たぶん、向井は食べられれば何でも良いという男で、カレーについては「不味い」と言いつつ、全部胃袋に納めてくれた。


 私達は、向井のお土産のコロッケを食べた。


 冷えてはいたが、衣はサクサクで美味しかった。家でコロッケを作る事もあるが、料理の手順が多い食べ物でもある。その割には食べるのは一瞬。自分で料理をした事が無い人は、なかなか有り難みも感じにくいと思った。


 コロッケのおかげで夏実さんも緊張を解いていたようだ。不味いカレーのおかげか、よりコロッケも美味しく感じていたようで、あっという間に食べていた。隆さんはコロッケには手をつけず、向井が食べ終わるのを無言で待っていた。


「はー、美味かった。いや、カレーは不味かったけど、満腹になった!」


 向井は食べ終えると八重歯を見せて笑っていた。そういえば今日初めて笑顔を見せていた。少しいつもと様子が違う。何の為に来たのか想像つかなかったが、カレーやコロッケを食べに来たのでは無い事は明らかだった。


「お前、本当に何しに来たんだよ」

「隆、うるさいな〜。なあ、うん。じゃあ、話すかな」


 向井は爪楊枝で八重歯に挟まった食べ屑を取ると、カバンから新聞記事の切り抜きと黒い表紙の手帳を見せた。


「なんだ、これ? 神奈川の新聞じゃないか」


 隆さんは、新聞記事を見て呟く。神奈川の新聞記事には、カルト教団・マリアの涙の信者が犯した事件が載っていた。信者は「善行」として猫や鳥を殺していて逮捕されたらしい。「善行」を重ねれば来世良いものに生まれ変わると信じて罪に手を染めたと供述しているという。


 この記事を見ると、夏実さんはさらに怯え初めて私の着物の袖をぎゅっと握る。顔色は悪く、美味しそうにコロッケを食べていた時の笑顔は完全に消えていた。


「お前も似たような事をやっていただろ」


 怯えている夏実さんを無視し、向井は堂々と言い放った。


「おい、向井。証拠はあるのか? 新聞記事だけでは、根拠にならんぞ」

「そうよ。隆さんの言う通りだわ」


 夫婦揃って向井は責められていたが、余裕ある表情を見せていた。


 黒い表紙の手帳を広げ、満面の笑みで話し始める。


「この町の川辺の住む浮浪者が、あんたが猫を殺したのを見たって言ってた。証言その 1」


 夏実さんは顔は紙のように真っ白いた。


「証言その2。この町の主婦A子さんが、あんたが夜な夜な小鳥を殺しているのを目撃。なお、A子さんは万引き常習犯のため、警察ではなく探偵の俺にだけ証言。A子さんの万引きの証拠を掴むのは苦労したぜ。まだ言うか?」


 夏実さんは物が言えなくなったように固まっていた。力も抜けたようで私の着物の袖から、だらりと手を離していた。


「娼館・水雪荘のB子さん。あんたが、水雪荘の子猫を痛めつけているのを見たと証言してたな。まだまだ証言はあるぞ。目撃者は、社会的地位が低く、警察に言っていないだけだ。言ったものもいるが、信じて貰えなかった人もいる。全く、警察は無能だな」

「お前、よく調べたもんだな。そういえば夏実の恋人疑惑がある男は何だったんだ?」


 こんな事になるのが予めわかっていたみたいに隆さんは、冷静だった。


「ああ、あの男ね。清美嬢の事を隠す為にわざと付き合ってるフリしてたんだろ。意外と用心深いな。あの男もマリアの涙の信者で、幼少期からネズミや猫をいじめていたらしい」

「向井の言う事が本当なら最低な男だな」


 呆れたように隆さんはため息をついていたが、隣にいる夏実さんは固まったままだった。


「お前もな。明日警察に行こう」


 隆さんは、固まっている夏実さんに冷静に言う。


「そうだ、この動物殺し!」


 向井はちょっと嫌な顔で笑う。


「でも待って。何でこんな事をしたのか事情を聞きましょう? 悪気があってやって居ないのかも知れないわ」

「甘いな、志乃は」


 隆さんは深くため息をついていた。確かにこの発言は世間知らずかも知れないが、何かの間違いの可能性もある。とりあえず夏実さんから事情を聞きたかった。


「悪い女だな。動物殺すなんて」


 向井は固まっている夏実さんをせせら笑っていた。すると、夏実さんは突然私の襲いかかって来た。


 身体を踏み倒され、馬乗りにされる。一瞬の事で、隆さんも向井もすぐには動けなかった。もちろん私も何が起こったのかわからない。


「ちょっと、夏実さん?」

「消えろ!」


 その声はとても若い女性のものではなく、誰かが乗り移っているようなものだった。


 咄嗟に夏実さんに悪霊が憑いている事を感じた。それに少し視界にも悪きものが見えた。


 黒いモヤのような物がかかり、ハッキリとは見えないが、夏実さんの身体を乗っ取っているようにも見える。


 夏実さん、いや悪霊は私の首を絞め始めた。

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