哀しい女編-7
水文が多いカレーは、予想通りあまり美味しくなかった。
「ごめんね。やっぱり不味いよね。残して良いからね」
自分で食べてみてもベシャベシャとしていてあまり美味しくなく、居た堪れなくなってそう言った。
夏実さんもあまり食が進んで居ないようだった。ただ、自分が原因でこうなった事に自覚があるのか、今朝のように文句をつける事はなかった。居心地悪そうに身を小さくしていて、かえってこちらも悪い気持ちになる。
「あなた、無理して食べなくても良いわよ」
ほとんど完食している隆さんに苦笑しながら言う。
「いや、これはこれで美味いぞ。スパイスを多めにしたらスープカレーっていう料理にもなるんじゃないか?」
「そんな料理あるの?」
「今度洋食屋の嫁いだ卒業生がいるから聞いてみるよ。レシピも教えてくれるかも知れない」
「ありがとう」
ほとんど完食してくれて、こんな風に気を使ってくれる隆さんに感謝しか無い。
水っぽいカレーは食が進まなかったが、隆さんの厚意を思うとなんとか完食する事ができた。
「あんた、よく失敗したもの食べられるわね」
大半カレーを残した夏実さんは呆れたように隆さんに言う。少しは隆さんへの恐怖心は薄まっているようだった。確かに不味いカレーを笑顔で食べている隆さんは全く怖くはない。
「聖書には妻を愛せって書いてあるしな。わざわざ一生懸命作ってくれたものを残すのは、悪魔のする事さ」
「へぇ……」
夏実さんはあまりその意味がわかっていないのか、いないのか分からないが俯きながらボソボソとカレーを食べるのを再開していた。
「うちの生徒は親の作ったものも汚いとか言って食べないんだよ。困ったものだな」
「そんな生徒いるのね」
そに潔癖症の生徒の話は何度か聞かされているが、隆さんは手を焼いているのがありありと伝わってくる。
「まあ、実際に嫁いで毎日料理を作ればわかるんじゃないかな。一食作るだけでも大変よ」
「そ、そうね……」
夏実さんは私の言葉に何か感じ取ったのか、不味いカレーを黙々と食べていた。
私は両親が生きていた頃は、かなり甘やかされていた記憶がある。母の料理も好き嫌いしてよく残していた。でも、両親が死んで女中として働きはじめてから、家の仕事の大変さがわかる。当時の奥様は絶対褒めてくれなかったので、自信も無くしていた。今は、自分の家事を認めてくれる隆さんもいるし、こんな風に失敗しても料理を完食してくれる。やっぱり自分は恵まれていると感じてしまう。
女中で働いていた時はつらくて仕方がなかったが、そのおかげで今をより幸せに感じる事ができる。不幸も一面だけ見れば酷いものだが、多角的に見ればそれほど酷いものでもないのかも知れない。神様も意味があって私の女中の仕事をさせていたと感じる。神様を信じるようになり、聖書に書かれているように全ての事が益になっているように感じてしまう。不幸も神様に感謝して受け取れば、きっと良いものに変えてくれる。
そんな事を思っていると、来客があった。
「こんな時間に誰かしら」
「いや、志乃も夏実もここにいろ。俺が玄関の方を見てくる」
そう言って、一人で玄関の方に行ってしまった。茶の間に残された私と夏実さんは顔を見回せる。
「あの旦那さん、意外と優しいの?」
夏実さんは、困ったように呟く。
「見た目は怖いけど、実はとても優しいわよ」
「っていうか、奥さんの事好きすぎて若干気持ち悪いね」
「そんな事言うんじゃありませんよ」
私も苦笑してしまうが、事実のようなので仕方がない。ちゃぶ台の上にある空になった皿を見ると、じんわりの胸に喜びが満ちた。