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哀しい女編-4

 夏実さんが着替えている間、私は台所に立ちおにぎりを作っていた。


 といっても今日の朝の残り物のおにぎりを握り直し、醤油を塗って焼いた。香ばしい香りが広がるが、今はつまみ食いはできない。


 出来上がった焼きおにぎりを軽く冷まし、大根の糠漬けも添えて竹皮に包んで紐で閉じる。即席ではあるが、焼きおにぎりのお弁当が完成し、いつも買い物に使っているカゴに入れる。割烹着を脱ぐと、すでに支度が終わっている夏実さんと出かける事にした。


 外の日差しは眩しいぐらいで、日傘を差そうと思ったが、それは向井の探偵事務所の置き忘れて貰った。あとで向井に連絡して取り返さなければ。


 そんな事を思いつつ、家を出て近所の川辺を歩く。


 この川辺で夏実さんと清美さんが倒れていたので、ここに来るのは少し微妙かと思ったが、今はあの時と違って昼間だ。釣り人や子供達が遊んでい、賑やかな場所に変わっていた。桜はもう半分以上散ってしまったが、空が高く気持ちの良い日だ。


 夏実さんはなぜか町の人に会うと怯えた表情を見せている。自転車の乗る警官と通り過ぎた時は、ビクビクと肩を震わせていた。


 やっぱり動物殺しと関係がありそうだったが、今その事を問い詰めても答えてくれるようには思えなかった。


 確かに少しは心を開いてくれたようではあるが、 私に対して洗脳されて居るとも言っていた。客観的に見ればそうなのかも知れないが、この様子では神様について語ったとしても聞いてくれる可能性は低いかも知れない。


 それよりも夏実さんと少し話してみたくなった。ミッションスクール時代の友達は全員結婚して遠くに引っ越してしまった。友達とは滅多に会えない。子供の居る者ばかりで、ちょっと気後れもする。こんな形とはいえ、久々に同年代の女性と話せる事は、悪い事には思えなかった。


 川辺でも人気が少ない木陰に座って一休みする事にした。少し汗ばんでいたので、ハンカチーフで額や首を拭う。このハンカチーフは昨日、隆さんに買って貰ったものだ。可愛い柄で見ているだけでも嬉しくなり、思わず口元がニヤけてしまった。


「何、そのハンカチーフは」


 夏実さんがハンカチーフを指さす。


「主人に買って貰ったものなの。いいでしょう?」

「はあ? 自慢? 別にあんまり羨ましく無いけど」

「なんだ、せっかく自慢しようと思ったのに」

「頭ボケた惚気なんて聞きたくないわ」


 言葉はキツいが、冗談のような口調で私も思わず笑ってしまった。


「私、主人の事が大好きなのよ……」

「あ、そう。あんな堅物そうな男のどこがいいの? 特に二枚目でもないし」

「えぇ、そう見えるんだ」

「え? あんたの目からはあの旦那さんは、二枚目に見えてるの?」

「そうよ。これ以上の美男子は居ないでしょ」

「嘘でしょ……。やっぱり洗脳されているんじゃないの?」


 夏実さんは呆れて、ため息をついていた。どうやら世間の目からすると、隆さんは美男子では無いらしい。私には美男子にしか見えないので、みんなの目がおかしいのかも知れない。


「じゃあ、おにぎり食べましょう」


 私はカゴから焼きおにぎりのお弁当を取り出して、夏実さんの分をあげた。


 紐をとき竹皮を膝の上で広げると、焼きおにぎりの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。表面はカリカリに焦げているが、中身はモチッとしたご飯が現れる。昔、親戚の家で女中の仕事をしれいた時、よく女中頭の真野さんに作ってもらった。当時は、乏しい食生活しか出来かなっかたので、それだけでもご馳走だった。


 今は隆さんのお陰で食事に苦労する事はないが、時々作って食べると当時の事を思い出す。当時は自分は何て不幸なんだろうと考えていたが、優しい真野さんもいたし、辛い境遇の中での小さな幸せはあった。そう思うと、あんな罪深い自分でも神様が守ってくれていたのかも知れないと考えたりする。


「焼きおにぎりか……」


 夏実さんは焼きおにぎりを手に持ったまま、何か考え混んでいた。


「食べないの? 大丈夫よ、毒なんて入れてないし、手も綺麗に洗って作ったから」


 世の中には潔癖症の人もいると聞く。人の手料理が汚いと思う人もいるらしい。隆さんの生徒でそんな子供もいて困っているという話も聞いた事がある。


「いや、別にそんなんじゃないんだけど……」

「不味かったらごめんね。主婦業一年目で、料理人のようには上手く作れないから」

「別にそんなんじゃないけど」


 夏実さんは、渋い顔をしながら焼きおにぎりを食べ始めた。


「お、美味しいかも……」


 渋い顔をしながらも、夏実さんはおにぎりをボソボソと食べていた。その言葉は嘘なのか本心なのかは判断がつかなかった。


「そう? 不味かったら残していいわよ」

「だから、別に不味くはないよ…。ちょっと清美お姉様の事を思い出しただけ」

「何で清美お姉様って呼んでるの?」


 単純に疑問だった。私はミッションスクールに通っていたが、先輩をお姉様という文化はなかった。というか、校則で禁止されていた。中には先輩と後輩同士で恋愛感情を持ってしまうものもいたようで、歳上の先輩とは交流する機会があまりなかったのだ。先輩に手紙やお花を送る事も禁止されていたし、礼拝中の説教でも同性愛は罪という話もよく聞いた。


「同じ女学校に通っていたの。清美お姉様は、本当に美人で優しくて。貧乏人の私にも優しかったの……」


 夏実さんは、少し涙目だった。鼻の頭も赤くなっていた。


「貧乏人だったの?」


 夏実さんはとてもそうは見えない。確か良家のお嬢様だったはずだが。


「見かけは立派だけど、うちの家計は火の車なのよ。借金もいっぱいあってね。どうやら親は借金のカタに私を結婚させたいらしい。はは、これって人身売買よね」


 確かに借金のカタに嫁ぐ良家のお嬢様がいる事は、新聞や婦人雑誌に書いてあった。自嘲気味に笑う夏実さんの表情から、強い悲しみが伝わってきて居た堪れない。やっぱり大好きな男性と結婚できた私は恵まれているようだ。神様が居なかったら、出会えなかった人だ。その事を思うと、胸に込み上げるものがあり、自分の方こそ泣きたい気持ちになってしまう。


「その婚約相手が私を不審がって、うちに探偵を入りこんでいる事も知ってる」


 向井の事だろう。確か夏実さんの家に書生として入り込んでいるち言っていた。


「私はまるで籠の鳥ね。幸せなんてどこにもない」

「そんな……」

「マリアの涙に救いを求めたけど、私は間違っていた?」


 夏実さんの深い悲しみややるせなさが伝わってくる。この女性も悪魔の奴隷になっている事はわかるが、どうしたら良いだろう。私の場合は隆さんに神様の事を教えて貰ってごく自然に信仰を持ったわけだが、夏実さんにはどう言えばいいんだろう。私の伝え方一つで神様について悪い印象を持つことも考えられ、そう思うとこれ以上言葉が出てこない。


 ただ、夏実さんの寄り添う事はできそうだった。


 しばらく夏実さんは泣いていたが、私は何も言わずに彼女のそばにいた

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