友達編-3
「美味しそうな和菓子だなぁ!」
向井は、客間でさっそく足を崩して座っていた。
一方隆さんは普通に正座である。やっぱり向井は変わり者である事を実感しながらも、顔に出すわけにはいかない。
私は、にこやかに笑いながら向井に和菓子やお茶を出す。すると、子供の様に無邪気に喜ぶ始めた。変わり者というか、少し子供っぽい印象は受ける。
逆に言えば純粋で嘘をついたり、人を欺いたりする事は苦手そうだ。これで探偵が務まっているのか疑問ではあるが、一つ思い出した事があり、向井に礼を言う事にした。
「志乃、もう下がっていいぞ」
「いえ、隆さん。ちょっと向井さんにお話ししても良いですか?」
「なんだ?」
隆さんは怪訝な顔をして居たが、向井は子犬のように尻尾を振るように私に近づいてきて、話を聞いてくれた。
私は実家の事情で親戚の家に預けられていた。その家の奥様やお嬢様の絵里麻のは虐められていたが、クリスチャンになってだんだんと彼女達を赦して謝りたいと言う気持ちになっていた。ただ、奥様や絵里麻の居場所が分からず、隆さんの探偵である友達に協力して貰った事を思い出した。あの時の探偵の友達は、向井の事で間違い無いだろう。
「その節は、色々とありがとうございました。おかげで両親の遺産も見つかりまして、学校にも行ける様になったんです」
「すっかり忘れて居たけど、そんな事もあったな。こいつはこんな見た目だが、仕事が出来るんだよなぁ」
隆さんも一応向井に頭を下げていた。
向井は意外な事に傲慢にはならず、お礼を言われて顔を赤くして照れていた。
「嫌だな、隆も奥さんも。褒められ慣れてないから照れるじゃないか。今も実は華族のうちに書生として潜入して調査しているんだよ」
「えぇ、そこまでしてるのかよ」
「本当、どういう事?」
本格的な探偵調査に私達夫婦は驚き、詳しく話を聞いていた。本来ならここは関係に無い私は退くはずではあるが、向井の話は意外と面白くついつい引き込まれてしまった。向井にも奥さんにも話を聞いて欲しいと頼まれた。
向井はとある御曹司に頼まれて、婚約者の家に潜入しているとうだ。どうやら華族のお嬢様には、隠れて恋人がいるらしい。
「それも酒屋の息子だ。華族のお嬢様とは身分違いもいいところ」
向井は呆れていたが、隆さんは雑記帳まで取り出して鉛筆で記録を取っている。おそらく後で小説のネタにするのだろう。
「その華族のお嬢様と酒屋さんの息子さんは、本当に付き合っているの? 隠れて?」
私は気になる事を聞く。
「まあ、一応手紙のやり取りはしているが、具体的に一緒に出かけたりとかはしていないんだな。相手もなかなか用心深い」
「おい、向井。そんな呑気なこと言ってるんじゃないよ。この前放っておいたら心中騒ぎにでも発展するかもしれないだろ」
「そうかねぇ」
向井は隆さんの忠告など聞かず、呑気にお茶を啜り、豆大福かぶりついていた。
確かに華族のお嬢様と書生の心中騒ぎや御曹司と遊女の心中騒ぎは新聞でよく見かける話題だ。
クリスチャンからすると神様から頂いた命を粗末にする事は罪であるし、こんな報道を見かけるたびに泣いてしまう。そんな時は夫婦で祈っていた。
「まあ、そんな事はいいじゃん。豆大福も草団子も美味しいなぁ」
「全く向井は、花より団子だな」
「何とでも言えよ。あと、二人ともマリアの涙って宗教知ってる?」
「マリアの涙?」
「何ですか、それ」
初めて聞く名前に、私達夫婦は目を丸くして居た。