哀しい女編-2
翌朝。
まだ昨日の疲れが残ってはいるが、いつものように早起きし、自分の家と教会の子供達の朝ごはんを用意した。
教会で子供達にご飯を食べさせ終えると、自分の家に戻り、すでに起きていた隆さんと一緒に朝ごはんを食べ始めた。
夏実さんはまだ起きてこなかった。ちょっとだけ様子を見たが、少しうなされて居るようだったし、無理に起こす事はしない方が良いだろう。
茶の間のちゃぶ台の上には、白米のおにぎり、味噌汁、大根の糠漬けとゆで卵。今日は正直なところ料理を作る気分になれなかったが、どうにか作る事はできた。
「糠漬け美味しいな」
「そう? ありがとう」
「糠漬けは、家によって味が変わるのが面白いよな。お袋が作った糠漬けは、もうちょっと塩っぱかった。志乃が作ったのは、ちょっと甘い」
そんな料理の事を話していると、昨日の事を考える隙がなくなり、いつもの朝だと思わされた。
今日は天気が良いようで、茶の間の大きな窓からは朝に強い日差しが差し込んでいる。隣の教会の方からは、子供達のはしゃぎ声も聞こえる。全くいつもの朝と変わりないと思ったが。夏実さんが起きてきた。
寝巻き姿だったが、胸元は少しはだけ、髪の毛も乱れている。若い女性であるが、その姿は頼りなくて子供のようの見えてしまった。
「何、ここ」
キョロキョロと不安そうに辺りを見ていた。まるで迷子の子供みたいだった。
「昨日の事覚えてない? 教会に保護されたのよ。あ、とりあえず座りましょう」
私は立っている夏実さんを座らせた。厳しい雰囲気もある隆さんは、ちょっと怖いよいで、私の隣に座った。
「おい、お前。どういう事か説明しろ」
隆さんは夏実さんを睨みつけながら言った。
初対面でこの厳しい雰囲気は、やっぱり怖いかも知れない。自分も隆さんの第一印象は、怖そうな人だった。
ただ、あの時は初美姉ちゃんが明るく場を和ませてくれていたのを思い出す。あの時は、龍神に殺されそうになった私にみんな優しかったと思う。
「まあ、あなた。今日はいいじゃない。とりあえず、軽く自己紹介してご飯を一緒に食べましょう」
「そうだな」
私がちょっと不自然なぐらい明るく言うと、隆さんは渋々納得してくれた。隆さん、私と自己紹介をしたが、夏実さんは下を向いて黙りこくっていた。何か隠しているような雰囲気があるが、とりあえずご飯を食べるように言った。しかし、夏実さんは箸を持っても不満そうに口をつかなかった。
「お前、態度悪いぞ。食べないんだったら箸持つな」
隆さんは所作に厳しい。今は私は問題ないが、昔はよく怒られていた事を思い出す。怖そうに見えるが悪意でそう言っているわけでは無く、本人の為を思って言っているのだ。
私もあれからミッションスクールに進学し、友達や教師と食事をする機会に恵まれたが、所作が綺麗だとよく褒められた。親を褒められてしまった事もある。厳しく注意してくれた隆さんには感謝しか無い。人をこんな風に注意するのは、力がいる事だ。わざわざ悪役を買ってくれていると言っていい。私はそんな隆さんの意図はよくわかるが、夏実さんには通じなかったようだ。
さらに不機嫌そうな表情になり、ぶつぶつと文句を言い始めた。
「うるさいな。だったらこの家から出てけ」
「……」
その隆さんの言葉に夏実さんは、なきそうな顔になる。現実的に彼女が行く場所はない。昨日は、親元には二度と戻りたくないと泣き叫んでいた。
「まあ、ちょっと隆さん。こんな空気では朝ごはんが不味くなっちゃう。夏実さんも食べましょう」
私は明るく言ったが、夏実さんはさらに不機嫌になり、味噌汁を口に含んだのは良いが「不味い」と言い放った。
「何この味噌汁。不味い。すごい不味いわね。貧乏人の汁物って感じ」
「は? お前、何言ってんだ?」
隆さんは明らかに機嫌が悪くなり始め、この場の空気はさらに最悪なものになってしまった。
「そうね。不味かったのね。ごめんね」
私は別に自分の作った料理に文句を言われても仕方ないと思って、苦笑していう。女中をしていた時は、よく奥様や娘さんの絵里麻に文句をつけられていたし慣れている部分もある。
しかし夏実さんは、私のこの態度が気に触ったのか、茶碗の味噌汁をぶちまけた。
「あ、ちょっと……」
一瞬何が起きたのかは分からなかったが、気づくと私の髪の毛や顔が味噌汁で濡れていた。どうやら夏実さんに味噌汁を引っ掛けられたらしい。
「お前、ふざけんなよ」
隆さんは怒り、夏実さんを睨みつけ、軽く背を叩く。夏実さんは激昂し、泣き叫ぶ。
「あなた、大丈夫だから」
「全くなんという娘だ」
隆さんは手拭いを持ってきて私の髪や顔を拭いてくれた。幸い、味噌汁は冷めていたので火傷などはして居ない。
この事で夏実さんはかなり興奮してしまったようだ。顔を真っ赤にして泣き叫ぶ。
「弱ったな。これは」
隆さんは、あまりの煩さに耳を塞いでいた。
「いい加減にしろよ」
再び、隆さんが厳しく言い夏実さんは怖がったように声を止めた。
「あなた、そろそろ支度しないと。学校に遅れちゃうわ」
時計を見ると時間がかなり経過していた。とりあえず夏実さんは茶の間に放置し、隆さんの支度を手伝い、慌てて玄関の向かう。
「じゃあ、行ってくるが」
いつものように洋装姿で、仕事に向かう隆さんであったが、その顔は心配そうだった。
「やっぱり、俺は今日は休むか。あいつから事情を聞かないと。動物殺しの件もあるし、志乃に何か危害を加えられたら…」
自分の事を心配してくれるのは、有り難かったが、あの様子だと夏実さんは余計に激昂してしまう恐れがあると思った。隆さんの優しは誤解を受けやすいし、あの状態の夏実さんには絶対伝わらないと思わされた。
「大丈夫よ。いざとなったら牧師さんを呼ぶから」
「でもな……」
「あなた、早く行かないと遅れちゃうわよ」
「ああ、そうだな」
隆さんは腕時計を見て、通勤用の鞄を抱える。
「わかったよ。何か有ればすぐうちに親父に言うんだ」
私は深く頷く。
「私も早く帰ってくる。本当にどうしようもなくなったら、学校にすぐ連絡しろよ」
「わかったわ」
こうして隆さんは、仕事に出かけてしまった。
さて、これから夏実さんにどうやって接しようか。
私はかつての自分を思い出していた。この教会で保護された後、みんなはどうやって接してくれて居たのだろう。
どうすれば良いのか正しい答えはわからないが、自分にして貰った事を真似してみようと思った。




