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神様の愛編-5

 日曜礼拝が終わった後、隆さんとお出かけするために身支度を整えた。


 他所行きの着物に着替えた。紺色に黒い十字が描かれた着物と百合が描かれた帯をしめる。半衿は赤と白の水玉柄でちょっと娘らしい服装にもなったが、たまのお出掛けだし、ちょっと気分は浮かれていた。


 この十字の柄の着物は、隆さんからデパートで買って貰ったものである。十字柄が十字架に見えて隆さんがとても気に入っていたので、私もお気に入りだ。


 髪は、編み込み一つにまとめる。さすがに女学生のような大きなリボンはできないが、薄く化粧もして、久々に出掛けられる嬉しさが胸いっぱいのなっていた。


 隆さんも今日も洋装だが、帽子を被り男性らしくちょっとオシャレしているのが伝わってくる。


「じゃあ、志乃。今日はお出掛けしよう」

「ええ。とっても楽しみです」


 こうして私と隆さんは家を出て、列車に乗り込み東京に向かった。


 今日は、日曜日の為か前に来た時よりも人が多い。路面電車や人力車の行き交い騒々しい。


 人混みに少し疲れてくるが、隣を歩く隆さんは私の歩調に合わせてくれたし、人にぶつかりそうになるとさりげなく庇ってくれた。手を繋ぎ、一緒に歩いているだけで少しホッとしてしまうほどだった。


 人混みを歩き、まずはデパートの向かった。よく隆さんと一緒に行くデパートで、今日は着物を買う予定などはなかったが、女性もの小物を見てみたいと言う。


 隆さんは、今女性の為の小説の企画を練っているらしく、細かな女性ものを参考にしたいのだという。


「このハンカチーフ、綺麗ね」

「そうだな」


 女性の小物売り場は、色とりどりのハンカチーフも売られていた。レースがついた豪華なものから、普段も使えそうな木綿のものもある。赤や紫の花が描かれた派手なものから、白やピンク色の無地一色のものまであり、思わず目移りしてしまう。


 隆さんは雑記帳を取り出し、何か書いていた。おそらく小説の為に書いているのだろう。洋装の女性店員が眉を顰めていたが、私はちょっと彼女に微笑み何でも無いという事を伝える。


「ところで、志乃。母親からの形見のハンカチーフはどうしたんだ? 最近見ないが」

「ああ、あれ? あれは春人くんにあげちゃったの」


 私はあのハンカチーフを春人くんにあげた経緯を説明した。


「おいおい、志乃。いくらが人が良いからって、あげる事はないだろ」


 隆さんは呆れていた。


「でも良いのよ。私はそれ以上に大切なものをいっぱい貰っているし」

「うーん。志乃は本当に欲がないな。そうだ、一枚買ってやろう」

「良いの?」

「いいさ」

「ありがとう」


 私は素直に隆さんの厚意を受けった。母の形見のハンカチーフに未練が全く無い訳ではないが、こうして大好きな夫から買って貰える方がよっぽど嬉しいとも思ってしまった。


「どれがいいか?」

「そうね……」


 こうして二人でハンカチーフを選んでいると、店員は不審な目をするのをやめ、お薦めの品などを教えてくれた。


「まあ、お二人はご夫婦なんですの」


 店員は、私達が夫婦だと知ってちょと驚いていた。まあ、私と隆さんは10歳離れているので、時々兄妹に間違えられる事もあった。


「奥様は可愛らしい方ですから、こちらの赤い椿のハンカチーフはいかがです?」

「そうだな。うちの別嬪な妻によく似合うな」


 店員だけでなく、隆さんにまでさりげなく褒められてしまったようで、私の頬が熱くなってしまう。


 どのハンカチーフのするか迷ったが、結局店員が勧めてくれた赤い椿の柄のものを選んだ。


 隆さんが支払ってくれて、店員には綺麗に包装して貰った。今までも着物や帯もよく買って貰っていたが、やっぱりとても嬉しかった。


「隆さん、ありがとう」

「いや、いいって事よ。次は、デパートの最上階にある喫茶室にでも行くか」

「ええ」


 笑顔で御礼を言うと、隆さんはちょっと恥ずかしそうに鼻の頭をかいていたが、次は喫茶室に向かった。


 喫茶室はデパートの客で混み合い、入店するのに時間がかかってしまったが、美味しいコーヒーやプリンを楽しんだ。硬めのプリンとカラメルソースが舌の上で溶け合い、とても美味しかった。


「家でプリンを作ってみようかしら。でもちょっと西洋菓子は難しいのよね」


 プリンを食べながら、家で出来ても良いと思ったが。


「失敗してもいいぞ。とりあえず一回作ってみたらどうだ?」

「失敗しても良いの?」

「最初から上手く行く事なんて稀だろ」


 そう言われれると安心した。確かの今の料理はそつなくこなしているが、失敗を恐れて似たような料理が続く事もあった。


「私も失敗ばっかりだよ」

「そう?」


 私の目からはそうは見えないのだが。


「ああ。特に小説の仕事はな。どんなものは受けるかわからないし、駄作も何作も書いた」

「そうは見えないけどな」

「まあ、次の女性に向けて書く小説が、何が何でも成功させたい。それでちょっと気負いもあって、志乃に上手く説明できなかったんだよ」


 自分の仕事について語る隆さんの目はとても真剣だった。牧師さんが言うようにやっぱり男性に仕事に口出ししない方が良いと思わされた。


「私は一読者として新作を楽しみにしているわ」

「ああ、良いものを書くよ。まあ、最近はちょっと失敗しても良いかなとも気が抜けてきたかな」

「そう?」

「聖書の登場人物なんて神様以外は失敗する人ばっかりだろ? 私は最近、敬虔とか言って人の失敗を許さないクリスチャンにも違和感を持ってるね。アメリカは今後敵国になると思うが、赦しの文化がある国だ。いつまでも人の過去を叩いたりしないんだ。日本は逆に人を赦さない文化があるのが、そこはちょっと面倒臭いよなー」


 隆さんはそう言って歯を見せて笑っていた。


 こうして楽しい時間はあっという間過ぎ、すっかり夕方になっていた。


 さっそく二人で予約している洋食屋に向かった。


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