友達編-2
隆さんの友達だという向井さんがやってくる土曜日。
私はいつもより入念に掃除をし、客間に花も生ける。といっても教会の子供達が川辺で摘んできた花だが、花瓶に生けると素朴で可愛らしい雰囲気が生まれた。今の季節は春なので、川辺も春の草花が咲き乱れている。桜の木のの花も満開である。
近所の和菓子屋で買ってきた草団子や大福を準備した後はお茶の準備も着々と進んでいく。
「しかし、和菓子のおじちゃんはちょっと無神経よね……」
台所でそんな準備を一人でしているだけだが、つい愚痴が溢れてしまう。近所の商店街にある和菓子屋は味は良いのだが、店主がかなりの噂好き。
私達夫婦の子供がいない事もどこからか聞きつけたようで、買い物をしていると「早く子供産みなさいよ」と言われた。
確かに結婚して一年になるわけだが、私達に子供は居ない。それは、一般的に見たらおかしい事かもしれない。他人が心配してもおかしくはない事でがあるが、やっぱりちょっと気になってしまう発言ではあった。
そういえば教会で結婚している夫婦はみんな子供がいる。
隆さんは、別に気にしないと言っているが、そこに至る行為は毎晩の様に自然にあるわけなので、やっぱり気になる事は気になる。今の時代は5、6人子供がいてもおかしくないので、夫婦二人だけの家庭はやっぱり特殊なのかもしれない。月のものが来ると少しガッカリしてしまうので、時々月のものが無い体調不良時も過剰に期待しないようにしていた。
この教会の牧師さんにも相談した事の一回あった。聖書には、子供を産む女は救われると書かれた箇所があるからだ。
しかし、牧師さんは大笑いしていた。
「志乃さん、それは聖書を曲解していますよ」
「そうなの?」
「これは、簡単に言えば旧約聖書の時代の女性には当てはまりますが、今の女性には当てはなりませんよ」
「えぇ、目から鱗ですよ…。ずっとこの世に女性について言っていると思っていましたよ」
「旧約聖書からよく読んでみてください。こういう解釈の方が納得できますね。この箇所の『女』が『エバ』の事を言っていると思うと話の流れも合いますし。そもそも罪が出産で消えるわけが無い」
「確かに罪を許せるのはイエス様だけね」
そんなやりとりをしたので、子供の事は考えないようにしていたが、いざ和菓子屋の店主にその事を指摘されてしまうと、気になる。
少し憂鬱な気分になりながら、隆の帰りと向井がやって来るのを待った。
ちょうど約束の時間の13時、隆と一緒に向井がやってきた。
「こんにちは! 奥さん!」
向井はぜいぶんと陽気な男だった。袴姿で書生の様な格好をしていたが、彼は探偵のはずである。やっぱり第一印象は、変わり者としか思えなかった。
笑うと八重歯が見えて、笑顔は子犬の様な人なつっこさもあるが、隆さんと共通点も見出せず、なぜ友達なのか疑問に思うほどだった。
「玄関で立ち話もなんだろう。客間に行こう」
「えぇ、おれは奥さんの顔ずっと見てみたいよ! しかし、奥さんは別嬪さんだなぁ」
「えぇ?」
向井は、私の顔をまじまじと見つめていた。人なつこい人だと思うが、あまりにも真っ直ぐに見つめられて、私の顔はちょと青ざめてしまう。
同時に隆さんの表情も苦くなってきた。
「おいおい、向井。そんな事を言うんじゃないよ」
「おー、妬いているんだ。まあ、確かにこんな美人な奥さん貰ったら、気が気じゃないわな」
向井は揶揄うように笑っていた。
私は居た堪れない気持ちになるばかりで、身が固まってしまう。
「あー、もういいから。向井、客間に行こう。それと、志乃。お茶持ってきたらすぐ下がって良いからな」
隆さんは半ば無理矢理、向井さんを玄関から客間に連れて行ってしまった。
「嫉妬深い男は嫌だねぇ」
向井は気にせず囃し立てて居たが、私はこの男の陽気さやうるささに戸惑うばかりだった。
一つわかる事は、向井は変わり者であるという事だった。
私は急いで台所に行き、お茶や和菓子をお盆に乗せて持っていく。
ただ、変わり者であるが、隆さんの友達だ。根から悪い人間では無いだろう。
今の私の役目は、精一杯向井にもてなす事だ。