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尾行編-1

 翌朝。


 昨日以上に夫婦の間に会話はなかった。

 隆さんは事情を説明させてくれと言うが、その清美さんとの深い仲などを聞かされたら、一生立ち直れ無い。


 私は、隆さんのその提案にも耳を塞いでしまった。


 朝ご飯もきちんと作れる気力もなく、ご飯は焦がしてしまうし、魚も生焼けになってしまった。


 それでも完食してくれる隆さんの優しさにちょっと涙が出そうになるが、結局朝最後まで隆さんに向き合う事ができなくなってしまった。


「行って来ます…」


 隆さんは私以上に暗い顔をして仕事に出掛けてしまう。

 失敗した朝食を片付けながら、深いため息をついてしまう。


 私の顔はさぞ暗くなっている事だろう。笑顔を作る気力も生まれない。


 今日は牧師さんはお休みの日で教会の方には行く予定がなくホッとする。こんな顔では牧師さんに心配されてしまうだろう。


 ふと、向井の顔が頭に浮かんだ。


 そういえば向井は探偵だ。浮気調査をしていると言っていた。


 隆さんが浮気をしているとは信じたく無いものだが、女性の名前が出るのは決定的だった。


 向井に相談しても良いと思った。隆さん口から浮気について直接聞くのは、とても悲しい。


 向井に頼んで浮気について調べて貰った方が良いと思い始めた。


 住所は、以前貰った名刺に書いてある。名刺は茶の間の箪笥の引き出しに入れてある。年賀状を出す時などに必要かと思って、捨てずにとって置いたのだ。


 住所を見てみると、通っていたミッションスクールに近い。向井の探偵事務所がある場所は、だいたい想像する事が出来る。


 迷ってはしまったし、行かない方が良いとは思ったが、身体は勝手に動いていた。他所行きの着物に着替え、髪の毛を結い直し、東京行きの電車に乗るための駅に向かった。


 今日は昨日と打って変わって日差しが強い。白い日傘を持ってきて正解のようだった。この白い傘は、隆さんに買ってもらったものの一つである。誕生日でも何でも無い日に突然贈られた。突然綺麗な白い傘をもらって戸惑ったものだが、「この傘は志乃に似合うと思う」と言われた事が一番嬉しかったことを思い出す。


 久々の列車に揺られながら、そんな事を思い出すとちょっと泣きたくなってしまった。


 やっぱりこんな風に浮気調査を依頼しに行くなんて、とても悪い事をしている自覚が生まれてくる。ここは、何も逆らわず、隆さんと話し合うべきだったか。そんな後悔の念も生まれてくるが、もう列車の乗り込んでしまったし今更遅い。


 憂鬱で重い気持ちを抱えながら列車から降りて、向井の探偵事務所に向かった。


 途中で卒業したミッションスクールの前を通る。さすがの授業中なので、生徒の姿は見えないが、讃美歌を歌っている声が漏れ聴こえてくる。


 綺麗な歌声を聴きながら、やっぱりここまで来た事を後悔し始めるが、足は勝手に向井の探偵事務所の動いていた。


 ミッションスクールのそばにある文房具屋や書店などがある賑やかなな商店街をぬけ、ごちゃごちゃとした狭い道から住宅街の入る。


 住宅街は、古くからの日本家屋が立ち並んでいる。西洋化が叫ばれているが、この辺りはまだそういった波には飲み込まれていないようだ。


 日傘をさしているが、今日は日差しが強く、思わず目を細めてしまう。


 向井の名刺を見ながら、住宅街を練り歩きどうにか目的の場所についた。


 向井の探偵事務は、一見そんな場所には見えなかった。二階建ての木造の日本家屋であるが、どこにも看板のようなものはない。外観は一般民家にしか見えない。


 猫の額ほどの庭は、大きな木が一本植えられていたが、それ以外は目立ったものは無い。大きな木には古びた自転車が立てかけてある。


 私は日傘を閉じ、襟元や前髪をちょっと直して息を整える。


 そして玄関の戸を叩いた。すぐに向井が出てきた。


「おぉ、奥さん! どうしたんですか?」


 向井は驚きつつも、八重歯を見せて笑っていた。


 その笑顔を見ていると、私も思わずホッとしてしまった。さっきまでここに来た事は後悔していたが、やっぱり来た方が良かったかも知れないと思い始めれいた。


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