死の足音編-3
警官の前では大人しかった子供二人ではあるが、教会への帰り道は再び泣き始めてしまった。
文子ちゃんは泣き疲れて私の背におぶる。少し重いが、いつも子供達の世話をしているので慣れている。
春人くんは、ぐずぐずと鼻水を垂らしているので、あのハンカチーフを貸してやった。
「ごめん、志乃姉ちゃん。大切なものだったよね」
「いいのよ、もう」
私は苦笑して、そのハンカチーフは春人くんにあげると言った。
「いいの? こんな綺麗なハンカチーフなのに」
「いいよ。どうせもうそんな鼻水ついちゃったら、洗濯するのも面倒よ」
笑って、春人くんの頭を軽く叩いた。
正直なところ、もう母親の形見には執着していない自分もいた。自分はもう大事なものをいっぱい与えられている事に気づいてしまったし、物へのこだわりも薄くなってきている。隆さんは時々着物やお菓子を贈ってくれようとするが、その気持ちだけで満足してしまっている。
「ねえ、志乃姉ちゃんって死んだらどうなるか知ってる?」
ハンカチーフをぎゅっと握りながら、春人くんが呟く。もう涙は止まっているが、少し怯えた顔に見えた。
真剣な表情にも見えて、子供だからと言って誤魔化す事は出来そうになかった。
「僕は生まれ変わりがある方が良いなって思うよ。そうしたら、この世で別れてしまっても、別の世界でお父ちゃんやお母ちゃんと再会できるかもしれない」
「そう。でもその時の記憶はあるかって確証はないよね? そう言った生まれ変わりの次の世界は、一体誰がお決めになっているの?」
私はクリスチャンだからこそ「神」という偉大な存在を抜きにした死生観は、納得出来なくなってしまった。子供相手にムキになるわけでは無いが、意外と春人くんは真剣に考えているので、自分も正直に話したくなってしまった。
「それは、仏教の偉い人とか……。お坊さんとか」
「ごめんね、春人くん。私はイエス様を信じているクリスチャンだから、そう言うのはちょっとわからないのよ」
「僕もわからないよ。信じれば天国に連れていってくれるなんて、甘いじゃないか。それに悔い改めって何? 意味わかんない」
春人くんは、頬を膨らめて言う。この様子だと太郎くんから何か神様の事を聞いているのかも知れない。
「ねえ、春人くん。春人くんは、イエス様のいる天国には行きたくないの?」
「行きたくないね。お父ちゃんもお母ちゃんもいない世界だなんて」
ここまで言われてしまうと、私はもう言葉が出なくなってしまった。
そういえば隆さんが集めている戦国時代の宣教師の本では、当時の日本人相手に福音を伝える苦労が綴られていた。まさに今、春人くんが言った事を言われた宣教師もいた事を思い出す。
隆さんも言っていたが、キリスト教について興味を持ってもらったり、話を聞いて貰うのはとても大変な事だと感じてしまった。イエス様だってそう簡単に聞いては貰えていなかったし、人間の私がちょっと話して信じて貰う事は、不可能な事のように思えて仕方がない。
「そっか。だったら仕方ないね……」
「うん、でも牧師さんも志乃姉ちゃんも隆おじちゃんにも感謝はしているよ。ありがとう、このハンカチーフも」
意外と素直に御礼を言われてしまい、結局これ以上死後の事については話す事はできなかった。
ただ、この事はあとで牧師さんに伝えておこう。死後の事についても牧師さんの専門分野である。私があれこれ言うよりは、牧師さんから何か伝われば良いとも思った。