浮気疑惑編-5
和菓子屋のご主人は、私と向井を見るとニヤニヤと笑っていた。
「奥様の方が、若い燕がいるのか?」
若い燕の意味が分からず、私がキョトンとしていると、向井が話を遮った。
「俺はこの奥様の旦那の親友だよ。これ、名刺」
向井はご主人に名刺を渡す。
「た、探偵かよ」
ご主人は、名刺を見て良い気分をしていないようだった。やましい所がある人間は、警察や探偵といった仕事をしている人が苦手なのかも知れない。
「和菓子買わないなら帰って貰うよ」
「嫌だな、ご主人。こんな美味しそうな和菓子を買わないわけにはいかないよ!」
驚いた事に向井は、置いてあるみたらし団子と赤飯を全て注文してしまった。
この事でご主人も気を許したようである。急に口が軽くなったようで、何でも質問してきて良いとまで言っている。
この変化に私は驚いてしまった。
そういえば私は、このご主人に苦手意識を持ち、どこか怖がっていた。そんな気持ちが伝わって、相手も冷たい態度だったのかも知れない。自分はまだまだだ。聖書に書いてあるように「敵を愛する」までは、到底及んで居ない事を悟る。
「この女性について何か知らない?」
向井は婦人雑誌をご主人に見せる。意外な事にご主人は首を振っていた。
「あの、私の主人はどんな女性と一緒にいたんですか?」
思い切って聞いてみる事にした。
「うーん。この女性よりも歳上だ。服は似たようなものだけど、俺が見た女はもうちょっと細い。ろくに栄養摂っていないような感じだった。思わず俺のところの豆大福でも食べさせたいと思ったから、よく覚えているよ」
「ここの豆大福、美味しいですものね」
私がそう言うと、ご主人は目尻を下げた。
「さっきが意地悪な事言って悪かったよ。別にあんたのところのご主人と女は仲良さそうでは無い。あれは、親戚か仕事関係者だろう」
ご主人から私はその話を聞いてホッとするが、向井は目的が達成できず口を膨らませて文句を言っている。
「本当に本当にこの写真の女性は知らない?」
「知らない」
向井はしつこく聞いていたが、ご主人の答えは変わらないようだった。
結局、私にとって都合の良い情報ばかり得られただけだったようだ。
「手がかりなしか……」
この後、私と向井は二手に分かれて華族令嬢である浅山夏美を探したが、見つからなかった。
向井は辺りが暗くなるまで探していたが、収穫はないようだった。
私だけ先に帰り、家や教会の子供たちのご飯を用意していたが、やっぱり夏美さんについては、気になって仕方がなかった。