許せないならどうするんだ?
多大なストレスを感じたのか、翌日からイングリッド令嬢は熱を出してしまった。
早めに人目のないところまで移動したいが、彼女の体が持たないかもしれない。
こんなところで死なれても困る。
体調が戻るまで待つしかなさそうだ。
完治するまでは、アデーレと訓練するかセラビミアの話し相手として過ごし、一週間ちょっとしてようやく旧デュラーク領を出発した。
予想外に時間を浪費したことで焦っていたが、メルートが襲撃してくることはない。
無事にジラール領内に戻ってきたが屋敷には直行せず、アラクネの集落へ向かう。
馬車に乗っているのは、俺と嫁の二人、セラビミア、イングリッド令嬢、クリストフ王子だ。
移動中、クリストフ王子は静かだった。
セラビミアが同席しているから逃げるのを諦めたのか、それともイングリッド令嬢の愛を受け入れたのかは分からないが、大人しくしているのであれば都合はいい。
人知れずアラクネの集落で生きて、死んでくれ。
イングリッド令嬢の方は難しい顔をしている。メルートがパウアル家を滅ぼすかもしれないと知ったからだろう。王子を誘拐するほどの恋愛脳をしていても、貴族の令嬢ってわけだな。家の存続は重要なのだろう。
ここで慰めの言葉をかけるような人はいない。
俺たちと手を組んだ時から後戻りはできないのだから、自分自身で折り合いをつけてもらうしかないのだ。
移動中は、ほとんど会話をせずにアラクネの集落に着いた。
先に俺が降りて様子を見る。
特に異変は感じない。送り込んだ男どもは、馴染んでいるようだ。
グイントが俺を発見すると手を振りながら駆け寄ってきた。そのまま飛びつこうとしてきたので、手で頭を押さえる。
かわいい見た目をしているが、性別は男だ。俺はそっちの趣味はないので、距離を取ったのである。
「王都に行ったという話を聞いていましたが、もう戻ってこられていたんですね。今日は視察ですか? ちょうどハイナーさんが商品の仕入れに来ているので、交易の状況も確認できますよ」
俺に話しかけながらも、グイントは馬車の方を見る。
セラビミア、ユリアンヌ、アデーレは、すでに降りていた。
「勇者様と奥様もいらっしゃるんですね」
「王都から、ここに直行したからな」
「……何かあったんですか?」
屋敷に立ち寄らなかったことに、疑問を持ったようだ。
警戒している。
「新しい住民を連れてきた」
タイミングよくイングリッド令嬢と、両手を縛られているクリストフ王子が馬車から降りてきた。
「男の方は絶対に集落から出すな」
「監視対象ってことですよね。どういった方なんですか?」
「この国の王子だ。あの女が攫ってきた」
「…………どうしてこの集落に?」
「ちょっとした取引をしてな。後でたっぷりと金をもらう」
「お金は良いんですけど、その……大丈夫なんですか?」
「王都の一部が崩壊して多くの貴族が行方不明になっている。アラクネの集落から出なければ、あの男は事件に巻き込まれて死んだと判断されるさ」
今後のことを伝えながら、グイントの様子を確認する。
真剣な眼差しでイングリッド令嬢たちを見ていた。
裏切る兆候は見られないが、保険はかけておくか。
「このことは、ケヴィンとルミエには秘密だ。知っているのはこの場にいる俺たちだけにしろ。もしバレたら俺たちは破滅する。無論、事情を知っているグイントや家族だって無事じゃ済まない。一族まとめて処刑されるだろう」
この脅しは聞いたようだ。グイントの表情が引き締まった。覚悟を決めてくれたようである。
しばらくは任せられるだろう。その間に利用価値の無くなったイングリッド令嬢たちの処遇を決めなければならない。常に爆弾を抱える趣味なんてないのだから、交渉して別の領地に移動してもらうのも……っ!?
クリストフ王子の背後に黒い霧が出現すると、メルートの姿になった。爪を伸ばして背中を突き刺そうとしている。異変に気づいたアデーレが双剣を抜いて防いでくれたが、腹を殴られて吹き飛ばされてしまった。
『シャドウ・バインド』
影を伸ばしてメルートを拘束する。ユリアンヌがクリストフ王子を肩に乗せて離れてくれた。
恨まれているのは俺とセラビミア、そしてイングリッド令嬢だと思っていたのだが。どうしてクリストフ王子を狙う?
「産んだ子供を迎えに、王都へ行ったんじゃないのか?」
「ああ、行ったよ。そして全員、死んでいた。イングリッドは生きていると言っていたのに嘘をついた…………許せないっ!!」
ゲームでは、イングリッド令嬢が愛する王子様を手に入れるため、ライバルを殺そうとしてメルートを解放し、最後は子爵家を全滅させている。
その時、激しい恨みを持っていたと書かれていた。
『彼女――メルートは、無理やり人間の子供を産まされているんだけど、すべての子供を愛しているんだ。深くね』
セラビミアが俺にいっていた言葉が蘇った。
恨みとは子供が死んだことに対するものだ。愛に狂っていたのはイングリッド令嬢だけでなく、メルートも同じだったのである。
手遅れになってようやく、気づいてしまった。
「許せないならどうするんだ?」
「イングリッドにも、愛する者が死ぬ辛さを味わわせてから殺す」
メルートは殺気の籠った目をイングリッドに向けた。
「嘘よ! お父様は全員生かしているって言ってた!」
「私がこの目で確認した。愛しい我が子は実験道具としてバラバラにされ、死んでいた」
どっちが正しいかなんて確かめようがない。
説得は不可能だ。
どうやって戦うか悩んでいると、セラビミアが動いた。




