躾けないと
「難しいだと? どういうことだ?」
「ヴァンパイアは一滴でも毒を体内に入れれば、すぐさま解毒しようと動く。毒殺するなら、すごい量が必要になる。いっきに体内へ入れるって、結構難しいと思うよ」
食事や水に毒を混ぜて殺すのであれば、気づかれるほどの量が必要と言いたいのだろう。
「意識を奪って動けないようにしてから、毒を無理やり体内に入れるしかないのか?」
「うん。そうしないとダメだね」
ようやくセラビミアが難しいといった意味が分かった。
一度戦って、意識を奪わなければいけないとは。
「アラクネの集落につくまで待つしかなさそうだな」
「それか、この屋敷の地下にある拷問部屋でも使う? 私なら力ずくで押さえつけて、意識を奪えると思うよ」
あのセラビミアが拷問部屋を作るとは思えない。デュラーク男爵が用意したものだろう。
「止めておく。騒ぎが広がって、イングリット令嬢とクリストフ王子の存在が露呈する危険はあるからな」
派手に王都を破壊した女だ。静かに行動できるとは到底思えない。さらに革命しようなんて物騒な考えを持っているのだから、何をするか分からない。これ以上、セラビミアには頼らない方が良いだろう。
……既に手遅れかもしれないが……。
「そっか。私ならいつでも頼って良いからね」
機嫌の良いままセラビミアは指をこすり合わせて音を出すと、メイドたちが入ってきた。
サラダやパンを配膳していく。
紺色のスープまで付いていて朝食にしては贅沢だと感じたのは、気のせいでないだろう。俺よりも金を持っている。
「さ、食べようか」
フォークでサラダを刺したセラビミアは口に入れた。
俺たちも食事を始め、静かに食べていく。
会話なんてない。
近くで待機しているメイドにお願いして、お代わりをもらいつつ腹を満たしていくと、食堂に執事服を着た男が入ってきた。
急いでセラビミアの所にまで行くと、耳に顔を近づけて何らかの報告をしている。
「後は私が引き受けるから、通常の業務に戻って」
「かしこまりました」
執事はセラビミアから離れると、一礼してから出て行った。
「何があったんだ?」
「メルートがメイドの血を吸おうとしたみたい。未遂で終わったからよかったものの、看過できない。ちょっとお仕置きしてくる」
結局、こうなってしまうか……。
席から立ち上がり、セラビミアは食堂から出て行こうとする。
「俺も行く。二人は食事を続けててくれ」
メルートに関わる問題であればこの目で見ておきたい。
俺も席を立つことにした。
セラビミアと一緒に食堂を出て地下の小部屋についた。例の拷問部屋だろうか。
鉄の扉が付いていて頑丈な錠前まであるが、内側から強く叩きつけられているようで歪んでいる。今もガンガンと音を立てて破壊活動は続いていた。
「かなり暴れているね。躾けないと」
鍵を取り出すと解錠してセラビミアがドアを開ける。
いきなりメルートが飛び出してきたのだが、頭を掴まれて部屋の奥へ投げ飛ばされてしまった。
「ちょっと待っていてね」
まるで何事もなかったかのようにセラビミアは軽い足取りで部屋に入ると、メルートの両腕をへし折り、首を掴んで壁に押し当てた。
圧倒的な戦力差である。
このまま殺せば肉体を手に入れられるのだが、さすがに体の状態が悪すぎる。ヴァンパイアは再生能力を持っているが、瞬時に骨を再生するほどじゃない。数分はかかる上に、粉砕されていたら数日は戻らない場合もある。
毒への耐性もそうだが、頑丈なだけで不死に近いわけじゃないのだ。
ゲーム内でもヴァンパイアは普通に戦って倒せたので、そういった設定を引き継いでいるのかもしれないな。
『あの女、私の体を傷つけやがって! 許せない! ジャック、早く止めろ!』
ヴァンパイア・ソードが脳内に直接語りかけてくるから、うるさくて仕方がない。
俺も部屋に入ると、隅でガタガタと震えているイングリット令嬢とクリストフ王子の姿があった。人に見られたくないからって、こんな所に隠していたのか。
王族に対する扱いじゃない。
片手で頭を抑えながら、セラビミアに注意する。
「それ以上、傷つけるな」
「でも料理を持ってきたメイドの血を吸おうとしたんだよ? 許せなくない?」
「メルートは俺に必要なんだから、許してやれ」
「……私には冷たいのに、メルートには優しくするんだ」
あ、言葉を間違えたかもしれない。
気絶しているメルートを投げ捨てると、セラビミアは一歩近づいてきた。
「ねぇ、私のこと、嫌い?」
「そんなことはない」
「だよね。こんなに尽くしているんだから、当然だよね」
見返りを求める時点でどうなんだ? という気持ちはあるが、決して口には出さない。
下手なことを言えば、あなたを殺して私も死ぬエンドしか見えないからだ。
まさかこんなところで破滅フラグが発動するとは思わず、頭が真っ白になって言い訳が思い浮かばない。
そんな俺を見て不満に思ったのか、暗い目をしたままセラビミアが近づいてくる。
離れるために後ろに下がるが、すぐに壁にぶつかってしまった。これ以上は動けない。
「ねぇ、教えて、どうすれば私のことを受け入れてくれるの?」
優しい手つきで俺の首を握った。
全力を出せばへし折れるだろう。
死神の鎌が目の前にあるような状況で、どうすれば抜け出せるか必死になっていると、意外なところから助けてもらえた。
「セラビミア様はジラール男爵がお好きなのですよね? でしたら、その方法は悪手だと思います」
部屋の隅で怯えていたイングリット令嬢が、声を震わせながら言った。
興味を持ったセラビミアは首だけを動かして彼女を見る。
「それ、どういうこと? 詳しく知りたいなぁ」
下手なことを言えば殺される。そんな雰囲気を出しながらも、続きが気になるみたいで話を聞こうとしていた。




