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もう一杯よこせ

「全部、飲んでくれるよね?」


 昔職場にいたパワハラ上司みたいな圧がある。断りにくい雰囲気だ。


 一方的にやられてばかりでは面白くない。飲むのであれば、お互いでなければ許せない。


「お前も同じ条件で飲むなら付き合おう」

「お、いいね。こういったの初めてだから楽しみだ」


 不敵な笑みを浮かべながら、セラビミアは自分のグラスに限界ギリギリにまでワインを注ぐ。


 後はどちらが強いか、という勝負になってくる。


 戦闘能力ではセラビミアが一歩……いや数十歩先を行っているが、アルコールなら負けない自信がある。絶対に勝ってやる。


「先に潰してやる」

「望むところだよ」


 タイミングを合わせてから、二人とも口にグラスをつけるとゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲む。


 真剣勝負なのだから、ワインを味わうなんてことはしない。


 最後の一滴まで胃に収めると息を吐いた。


「ぷはぁー」


 どうやらセラビミアも飲み干したようだ。


 これみよがしに空のグラスを見せつけてきた。


 さすがに顔色には変化が出ていて、ほんのりと赤くなっているようだ。酒は俺より弱いとみた。勝機である!


「もう一杯――」


 視界がぐにゃりと歪んだ。


 全身から汗が浮き出てくる。呼吸は浅くなって、ハッ、ハッと声を出している状態だ。


 風邪に似たような症状だと感じた。


 急性アルコール中毒で病院行きになった経験があるから分かるのだが、酒を飲みすぎただけでこんな風にはならない。何かがおかしい。


「毒を……盛ったの……か?」


 油断していた、とバカにされても仕方がないほどの失態だ。


 勇者であるセラビミアは、当然のように各種毒に耐性がある。弱ければ無効化すらできるだろう。


 一方の俺は主人公という立ち位置だからこそ何も持っていない。特別なアイテムを使えば無効化できるが、領地の立て直しに忙しかったので、そんな便利な物は買っていない。


 それが今回、裏目に出たのである。


「さぁ、どうだろうね」


 笑みを浮かべながら、セラビミアは二つのグラスにワインを注いでいく。


「飲み比べは続行だよね? それとも負けを認める?」


 俺に執着しているセラビミアが殺すとは思えず、裏切る可能性は非常に低い。


 体がどうなっているかは分からないが命を失う事はないだろう。


 であれば、毒を食らわば皿までだ。


 せめて酔い潰して一矢報いてやる。


「よこせッ!」


 グラスを奪い取った。


 少量のワインがベッドに落ちたが気にする余裕なんてない。


 口に付けると飲む前にセラビミアを見る。


 既に空になっていた。


「あれ~。ジラール男爵はまだなの?」


 煽ってきやがった。


 理性が吹き飛ぶ。


「すぐに追いつく」


 一気に飲み干すと、少し遅れて汗がぶわっと噴き出た。


 服がびっしょりと濡れて、素肌に張り付いて気持ち悪い。


 だがこんなことで負けてはいられない。我ながら子供っぽいとは思うが、どうしても負けたくないのだ。酒ぐらい、勝ってみせる。


「もう一杯よこせ」

「いいよ」


 いつの間にかセラビミアは新しいワイングラスを手に持っていたので、奪い取って口に付ける。


 またゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいると、急に視界が暗くなる。グラスを手放してしまい、全身に力が入らず、ベッドに横たわった。


「大丈夫~?」


 体を揺らしてきたので、手で払いのけようとするが動かない。


 頭はグルグルと回っていて視界は歪んでいるが、なぜか吐き気は感じていない。


 全身に激しい痛みを感じる。筋肉より骨に響く。


 前世では何度か酷い酔い方をしたが、こんな症状にはならなかった。


 まるで成長痛のようだ。


「うーん。私や緑の風はこんな風にならなかったけど、配分間違えちゃったかな?」

「おい、俺に何をした」

「ひ・み・つ」


 腹の立つ言い方をしながら、人差し指を俺の唇につけた。


「ふざけるなッ!」


 上半身を持ち上げようとするが、おでこを押されてしまった。


 踏ん張ることができずに力尽きる。


「明日の朝、教えてあげるから今日はゆっくり寝るんだよ」


 体を持ち上げられると移動させられて、枕の上に頭が置かれた。


 抵抗する気概すら失って様子を見る。


 セラビミアは散らかったグラスを片付けると、自らの手でシミの付いた布団を外に持って行ってしまった。


 しばらくすると新しい布団を抱えて戻ってくる。


 屋敷にはメイドが沢山いるのに、どうして使わないのだろうか。


 疑問に思ったが痛みと熱が酷くなってきたので口には出せない。


 痛みに耐えていると時間が少し飛んでいた。


 布団を掛けてもらい、セラビミアがベッドに腰掛けている。


 首を横に動かすとナイトテーブルに銀の水入れがあった。


「大丈夫?」

「だるい」

「そっか」


 髪を一撫ですると水に浸かったタオルを絞って、俺の頭に乗せてくれた。


 ひんやりとしていて気持ちが良い。


「これで少し楽になるよ」


 王都を破壊するほど暴走するセラビミアが、こうやって静かに世話を焼いてくれる。なんだか不思議だ。


 方向性がおかしく予想できないことばかりして迷惑をかけてくるけど、すべて俺のことを思ってのことで、意外と尽くすタイプなんだよな。


 弱っているからだろうけど、ほんの少しだけいい女だと思ってしまう。


 運命とは面白いものだ。


 バカみたいなことを考えながら、もう一度眠ることにした。



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