礼儀は大事だ
強気もしくは卑屈に出てもダメだ。
今回に限って言えば、素直に返答した方が良いだろう。
「貴族の礼儀として聞いたまでで、侮辱するような意図はございません」
レックスの発していた圧力が消えた。
同時に女戦士は警戒を解いて、剣の柄から手を離す。
「うん、礼儀は大事だ」
安心させるような笑みを浮かべつつ、手は出したままである。
どうしても握手して欲しいらしい。
メイドが言っていたことも気になるし、レックスの思い通りに動くのは危険かもしれん。
「勇者レックス様にお会いでき、至極恐悦でございます」
膝をつくと、胸に手を当てて頭を下げた。
貴族として最大限の礼をしたのだ。
これで握手を避けても非難はできまい。
「ふーん。まぁいいよ。話をしたいから座って」
機嫌を損ねてしまったみたいだが、制裁されるほどではなかったようである。
レックスは、ソファに勢いよく座って背もたれに腕を置いた。
立場が違うんだぞと、言いたそうな態度である。
生意気な男だなと感じながら立ち上がると、レックスの正面に置かれたソファに座る。
「俺は勇者レックス。今からリーム公爵暗殺容疑で取り調べを行う。虚偽の発言をした場合は即刻処刑だから。気をつけるように」
「勇者様に嘘をつくなんて、畏れ多いことできません。全て真実を語らせていただきます」
足を組んでから、レックスは満足そうに口を開く。
「リーム公爵を殺すために暗殺者を雇ったか?」
「ジラール領には暗殺者を雇う金もなければ、連絡を取る伝手もありません。私は無関係でございます」
他貴族との交流はほとんどなく領地の支配にしか興味がなかったので、両親の時代ですら使ったことはない。
自信を持って言えた。
「ふーん。どうやら本当みたいだね」
たった一言でレックスは納得してしまった。
もっと深く追求されると思っていたのだが、どういうことだ。
嘘を見抜く目を持っているのか?
やはり特別な能力を隠し持っているかもしれない。
絶対に隙は見せられない、油断ならない相手である。
「じゃぁさ。質問を変えるよ。リーム公爵の死に関わっている?」
「少なくとも直接的には関わっておりません」
「じゃあ間接的に関わっているの?」
「それは解釈の仕方次第かと」
「詳しく話せ」
「私との決闘に負けことが原因で、騎士たちを怒鳴りつけたら逆上され、殺された。といった事件があった場合、間接的な関与はあった、なんて判断する人もいるでしょう」
貴族としての名誉は大きく傷ついたからな。
ぶち切れたリーム公爵に耐えられず逆上した騎士が殺した。
それが事件の真相だと、遠回しに言ってみた。
レックスはどんな反応をする?
間接的にでも関わったと言って、強引に俺を捕まえるか?
いや、それはない。
王国法に反したことは一切していないのだから、正義の使者として裁けないはず。
「可能性の一つとしてはありそうだ」
首を縦に何度も振って肯定していた。
反論でもしてくると思ったんだけどな。
「でもね。リーム公爵に斬りかかった騎士はいなかったんだよ。身内は調査済みだ」
目の前にいるレックスの瞳が光ったように感じた。
体中をまさぐられ、心の中を全て見透かされているような、そんな感覚が襲ってくる。
攻撃されたのかとも思ったが、不快な感覚以外は一切ない。
どう対応するべきか悩んでいると急に全ての感覚が元に戻った。
なにがあったんだ……?
「だからジラール男爵の予想は外れだね。足跡も見つけたし、外部の犯行ということまでは、分かっている」
「目撃者はいないのですか?」
また不快な感覚が戻ってきたので、戸惑いながらもなんとか返事をした。
「同室にいた奴隷と執事長もころされているし、警備していたヤツらは誰も見てない」
笑顔を浮かべているレックスの瞳から目が離せない。
不快感は断続的にきており気分は悪くなり、頭に霞がかかったように思考力が低下していく。
「凄腕の、それこそ最上位の暗殺者を雇われたんでしょう」
「だろうねぇ。ジラール男爵なら雇えるか?」
「無理ですね。仮に金や伝手があったとしても、信用が足りません」
これはゲーム内の設定でもあったことだが、ジラール領の名声によって雇える暗殺者のレベルが変わっていた。
人殺しを生業にしているからこそ、依頼人の信頼度というものを重視しているのだろう。
悪評の多い今のジラール家では、どんなに金を積んでも最底辺の暗殺者しか雇えん。
「じゃぁ、本当にジラール男爵は暗殺に関与していない、そう言いたいのか?」
「もちろんです。襲撃を一度か二度退ければ、セラビミアの探索に注力すると思っていましたから」
前任の名前を出したときだけ眉がピクリと動いたみたいだが、きっと気のせいだろう。
俺はレックスに聞かれたことを答えれば良いだけである。
「参考になる情報をありがとう。他に犯人がいないか調査してみるよ」
どうやら俺の話を信じてくれたようだ。
これで安心して寝られるな。
「話して分かったんだけど、ジラール男爵とは気が合いそうだ。友好の印として、握手をしてもらえないかな?」
「もちろんです。俺も同じことを思っていました」
何の疑問を抱くことなくレックスの手を握った。
その瞬間、手から腕、そして脳に何かが侵入してきた。
俺の精神が薄れ、何かに上書きされようとしている。
もしかして、ジャックが目覚めようとしているのか……!?
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