2話
人は幾ら成長しようが大人になろうが心の中に子供がいる、みたいな事を聞いたことがある。
子供の頃の俺。
友達作りが下手、というのは今も同じで…
あぁ、確かよく1人で
泣いていた
夜、布団の中で。仲良さそうな同級生と孤独な自分と比べて虚しくなったり、自分よりも良く出来た兄を見ては劣等感に苛まれた。
いや、これら全て今と何ら変わりない事ではないのか?
今も俺は昔と変わらない、子供の儘なのか?
だとすると、俺は子供の頃から成長したと言えるのだろうか
目を覚ますと見慣れた天井があった。埃が積もった少しカビ臭い畳。そしてその上に寝転がるゴミ同然の自分。
俺昨日何してたっけ…。あぁ、確か化物に襲われて━━━
寝っ転がった化物の上にチェンソーを持った血塗れの若い男がいた。さっきビルの屋上で会った男だった。
「あ!自殺しようとしてた人じゃないですか。奇遇ですね。」
男は笑顔でそう言った。
「あ…え、えぇ?」
「あ、驚きました?俺獸狩隊の隊員なんですよね〜。」
確かにそれにも驚いたが俺が死ななかった事に1番驚いている。あと、いつの間にか目を瞑っている間に尻もちをついてしまっていた事。
「ん…?冷たい?」
化物から流れ出た血が手に触れた。
生き物の血だからてっきり温かいものだと思っていた。
「凜獸の血が冷たい、ですか…。貴方やっぱりうちで働きませんか?寮と食事付きですよ?」
「いえ、遠慮しときます。俺には人を救う仕事は向いてませんから。」
俺は腰を上げた。
「…そうですか。お怪我は?」
「大丈夫です。…あの俺帰っても良いですか。」
「あ、どうぞ。お気おつけて。」
それから帰って寝たっけな。
起き上がって窓から空を見ると日が落ちかけていた。
そんな時間まで寝てたのか…。
ピンポーン
「ひっ!」
珍しいインターホンの音にビビってしまった。
出ようか迷ったが大家さんが家賃の取り立てに来たのかと思い、玄関扉の前に行くのを止めた。
ガチャ
「え?」
扉のドアノブが回った。
「あ、開いてる」
扉の向こうから聞こえたのは大家さんの様な中年太りしたおばさんの声ではなく、男の声だった。確か昨日2度にわたりゴミ人間の死を止めてしまった男の声。
「あ、どうも!こんばんは。居てたんですね。勝手に開けちゃってすみません。でも玄関の鍵閉めないなんて不用心ですよ?」
扉が開いた途端、男はべらべらと話し始めた。
「昨日僕仕事誘ったじゃないですか。で、詳しい事とか一応伝えておきたくて、はいコレ。」
そう言って男は封筒を差し出した。
「これ募集要項とか、採用試験とか詳しく書いてあるんで参考程度にどうぞ。」
「は、はぁ…どうも。用はそれだけですか?」
「はい、じゃあ俺はこれで━━━」
「あっ待って」
「ん?なんですか?」
「…何で俺の家分かったんですか?」
「簡単な事です。後をつけました。」
血の気が引いた。
「えぇ?い、いつ…」
「昨日ですけど。」
「へ、へぇ…」
「…良ければ今から飲みに行きません?」
「えっえぇ?何で?」
「1度話してみたいなぁって思って、ダメですか?」
そんな風に訊かれたら誰だって断れないだろ。
「ダメ…では無いんですけど…金がちょっとぉ…」
「奢りますよ?」
「行きます」
…即答してしまった。
「そういえば、名前まだ訊いてませんでしたね。」
「え?名前ですかあ?俺宵優月希っていいます。」
宵優月希、ただ今ベロベロに酔ってます。そして酔っている脳の冷静さをまだ保てている部分が、名前も知らない人に酒奢ってもらってるってヤバいだろと言っている。
「僕は生明倫之です。宵さんって呼んでも大丈夫ですか?」
「さん付けしなくても大丈夫ですよぉ。」
「いえ、僕の方が年下だと思うので。」
「おいくつで?」
「21です」
「うぅ、若い…」
「さん付けでも良いですよね?」
「どうぞお好きに。」
「宵さんって酔ってても愚痴とか言わないタイプなんですね。ちょっと意外です。ストレス溜まってる感じなのに。」
「愚痴…俺が聞くの嫌なんですよ。それだけです。」
「ついポロッと行っちゃうとかは?」
「無意識の内に言ってる可能性はありますね。」
「うーん、宵さんはストレスの捌け口とかないんですか?カラオケ行ってみたりとか、それこそ愚痴とか言ったり。」
「歌は歌うよりも聞く方が好きです。悪口を言うとスッキリするかもしれませんけど、多分それでスッキリした自分が嫌になります。それに、自分が悪口言うって事は言われてる相手も何処かで俺の悪口言ってると思ってます。俺嫌なんですよ、自分の悪口言われてるかもしれないって思うのが。不安になるし周りの人と目を合わせづらくなる。」
「うぅーん、愚痴としてではなくこういう事があって嫌だった、みたいな事を吐き出してみるのはどうですか?」
「そんなの、誰が聞くんですかぁ。」
「僕で良かったら聞きますよ?」
優月希は倫之の顔を見て、しばらくしてから口を開いた。
「俺ね、兄がいるんです。兄は勉強も性格も運動神経も全部良くて、完璧人間みたいな、そういう人なんです。憧れてました。それと同時に羨ましかった。両親は良く出来た兄を可愛がっていました。それに比べて俺は…何も無かった。勉強も性格も運動神経もずば抜けて良かった訳じゃないし、スポーツに関してはゴミみたいに下手くそでした。だから、両親は俺に応援どころか期待もしませんでしたよ。まぁ、そうしてくれた方が気が楽なんですけどね。でも俺なりに頑張ったつもりなんです。結局、頑張っても努力しても兄には届きませんでした。
あぁ、あと5年前のあの日…覚えてます?」
「8月20日の事ですか?」
「はい、そうです。俺大学で人生初めて友人が出来たんですよ。その日、8月20日に偶然その友人と会って…それで、あいつは俺を庇って…」
あの日の出来事を思い出しても、もう涙は出なくなった。ただ、何で俺じゃなかったんだという思いが心を重くする。
「亡くなられたんですか?」
「え、あぁ、いえ、生きてます。植物状態って言うんですかね…ずっと目を覚ましません。」
「目覚めてくれたら良いですね。」
「え、えぇ、そうですね。」
本当は、目覚めなくてもいいと心の何処かで思ってしまっている気がする。会っても、どんな顔したら良いのか分からない。彼女には謝る以外の事が今の俺には出来ないから。
「あの…もう1つ聞いてもらって大丈夫ですか?」
「どうぞ?」
「…えっと、大学卒業して、それから直ぐ就職出来たんです。でもブラック企業ってやつだったみたいで、毎日睡眠時間2・3時間ぐらいで、家には全然帰れてなかったし…俺が仕事遅かったってのもあるんですけどね。そんで、1年くらい前かなぁ。家に帰れた時、深夜テンションで辞表書いたんですよ。確か20枚ぐらい。1枚だけだったら俺の上司辞表破り捨てるんで。そしたら、頭のおかしい奴扱いされてクビになりました。それからは…何も…本当に何も出来ませんでした。バイトもしてたけど直ぐクビになりましたし。今は貯金もほぼ0です。ハハッ笑えるでしょ。」
そう言って生明さんを見ると、彼は真剣そうな顔で俺を見ていた。あぁ、いっそ笑ってくれたらいいのに。
「死にたくなった理由はよく分かりました。話してくれてありがとうございます。」
「えっ、いや、こちらこそこんな話聞いてもらってすみません。」
「謝らなくても良いんですよ。」
優しさの筈のその言葉一つ一つが偽善に聞こえてしまったのは、俺に大きな問題があるからだろう。
一体いつから人を信じれなくなったんだっけ。
もう何も思い出せない。
違う。
思い出そうとしてないんだ。
思い出したくないから。何も考えたくないから。
現実から逃げる俺はなんて惨めなのだろう。
そんなんなら、死んだ方がきっと楽になれるんだろうな。
ピンポーン
「こんにちは、生明です。」
応答無しか。
宵さんと飲みに行ってから2日経った。
今日は別に大した用事もないのだが、何となく、あの人はほっといたら死んでしまいそうで。
怖い。
どうでもいい筈なのに。別に家族でも同僚でもないのに。どうしてだろう。
「開いてるかな。」
予想通り錆びれた扉は動いた。
「本当に不用心だなぁ。失礼しまーす。
あれ、いない。」
まぁそんな日ぐらいあるよなぁ。
ワンルームの狭い空間には埃が漂っている。
僕は何を考えたのか、ふいにバスルームの扉を開けた。
「え…?」
その光景を見た途端、身体中から嫌な汗が出てきた。
宵さんが水を張った浴槽に手首を切って意識のない状態で浸かっていた。
すっごい長ったらしくセリフ書いちゃいました。
1話で病んでる感じの話になるとか言ってましたけど、もう既に病んだ話になってます。
※最後の方流血注意かもです。