1話
夏が嫌いだ。
夏だけじゃない。
家族、上司、会社、学校、近所付き合い、満員電車、運動、パワハラ、家賃、残業、愛想、低賃金、蜂の子、飲み会、気圧の低い日、やたら声のデカい人、悪口しか言わない人、視線、集合体、外、風邪、朝、自分
そして、夏。
都内のボロい雑居ビルの屋上、25歳男性フリーターが蒸し暑い風に当たっている。その男、俺の名は宵優月希。
俺は今飛び降り自殺をしようとしている。
優月希は床に置いた鞄の中から便箋とペンを取り出す。
自殺をする時、人は遺書を書いたりするらしい。それに
則って遺書を書こうと思うのだが、
「分からない…」
預金も手持ちも遺産と言えるほどの量は無い。誰かに言い残したい事も無い。そもそも、遺言を残す程の相手がいない。
だとすると、何を書く?
溜まりに溜まった未払いの家賃について?自殺の理由?後者に関してはどうでもいいか…。
とりあえず━━━━死んでごめんなさい
「あっ」
凸凹のコンクリートの床を下にして書いていたからか、便箋に穴が空いてしまった。
「…書き直そ」
また鞄からもう1枚便箋を取り出す。
優月希は適当な事を便箋に記してそれを風で飛んでいかないように鞄の下に置いた。
「…」
優月希は屋上から地面を見る。
大して恐怖は感じない。高所恐怖症では無いからという理由もあるかもしれないが、死への恐怖がないというのもあると思う。
事実、俺が自殺を試みるのはこれが初めてではない。
前に1度だけ睡眠薬を20錠一気に飲んだのだが、市販のものだったからか、又は最近の睡眠薬は昔よりも致死性のないようになっているからか、自殺は未遂に終わった。
まぁこんな世の中だ、夏が5年も続けば気がおかしくなって死のうとする奴ぐらいいるだろ。夏が続く原因は地球温暖化とも言われているが、大多数の人は━━━━
「何してるんですか?」
俺の背中の方から声がした。
振り向くと若い男が立っていた。
「えっ…」
「あ!自殺しようとしてる感じですか?だったら僕邪魔ですよね、すみません。じゃ、僕はこれで━━━」
「あ…えっとぉ……やっぱり止めます。」
「え?何でですか?」
「目の前にいる人が自殺したとかトラウマもんだと思って…」
「あぁ〜なるほど、見ず知らずの人を気遣うなんて良い人ですね。」
「良い人…ではないですね、俺は。良い人だったら、まずこんな所で死のうとしませんよ。このビルで自殺した人がいるとなると幽霊が出るなんて噂が立ってテナントがなかなか埋まらないとか、凄い営業妨害じゃないですか。」
「ネガティブですね〜。そういう性格だから自殺しようとか考えちゃうんですか?」
「…性格、環境、精神状態が自殺の主な理由だったりするんだと思います。」
「環境かぁ、確かにそれが1番の理由になったりしますよね。いじめられてるとか、働いてる会社がブラックだとか。あなたはなんなんですか?自殺しようと思った理由。」
初対面なのに凄く図々しい人だと思ってしまった。
「……明確な理由はよく分かりません。」
「理由も無いのに死にたいんですか?」
「…理由はあると思います。ただ、色々理由が重なりすぎてる…っていうか…なんというか。」
「ふぅむ…。よく分かんないですけど、貴方は今日はそうしなくても、結局またいつか死のうとするつもりなんですか?」
「そう、なんじゃないですかね…」
「ふーん、じゃあ僕が来てなかったらホントに死ぬつもりだったんだ…。どうせ死ぬなら仕事しません?」
「…へ?」
唐突過ぎて面食らってしまった。
「いやね?僕の職場今人手不足でして、どうです?就職とか。」
何故だか話だけでも聞いてみようと思った。
「…どういう仕事なんですか?」
「うーん、力仕事かな?」
無理だ。ここ数年運動なんて1度もしてない。その上俺はヒョロいし、どうせすぐ辞めそう。
「すみません、遠慮しときます。」
「そうですか、残念です。じゃ、僕はこの辺で。またいつか会いましょ。またいつか。」
そう言って男は屋上から去って行った。
「あの人、なんだったんだ?」
変な人だった。自殺を止めようとする訳でもなく、ただ話をしに来ただけなのだろうか。
まぁとりあえず、今日は帰ろう。暑いし。
俺は雑居ビルを後にした。
グラッ
「うぁっ!」
帰路についてる時大きな音と地面の揺れを感じた。
優月希は音のした方を見ると、そこには━━━━
「化物だ…」
化物がいた。
夏が続く原因は地球温暖化とも言われているが、大多数の人は5年前8月20日に突如現れた化物が関係していると言う。
二階建ての建物ぐらいの大きさの、熊の様な獅子の様な、そんな姿をした化物がさっきまでいた雑居ビルに凭れかかって立っている。
周囲の人々が悲鳴を上げながらその化物から逃げていた。
これは確か熊に限った話ではなかったと思うのだが、獣に鉢合わせた時は目を合わさず、背を向けず、そして走らずに離れるのが良いと聞いた事がある。
この状況でそんな事をする人は1人もいない。まぁ、それが普通だ。
化物は逃げ惑う人々を前脚を振ってなぎ倒したり、叩き潰したりしている。
一方俺はその光景を見て突っ立っていた。と言うより、動けなかった。恐怖からなのか、そうしていたら死ねそうだと思ったからなのか。
化物はこちらに近づいて来ている。
そして、目が合った。
あぁ、死ぬだろこれ。押し潰されるとか痛そうだなぁ。でも、死ぬというのはそんなもんだ。痛かったり苦しかったり。
ははっ、そんなの生きてんのと同じじゃねぇかよ。
化物が優月希に迫って来る。
でも、それでも、生きているよりかは死んで生を終える方がよっぽどマシだろ。
化物が前脚を振り上げる。
優月希は瞼を閉じてその瞬間を待った。
するとドスッと重く何かが倒れる音がした。
「ん…?」
ゆっくりと目を開くと化物は倒れていた。
「結構被害出てるなぁ、あ!お怪我無いですか?」
寝っ転がった化物の上にチェンソーを持った血塗れの若い男がいた。さっきビルの屋上で会った男だった。
「あ!自殺しようとしてた人じゃないですか。奇遇ですね。」
男は笑顔でそう言った。
小説家になろうでは初投稿です。
文章を書くのも上手くは無いので大目に見てもらえると幸いです。