サンタ ✖ 休日
空調が行き届いたフロアには数十の個室があり、キーボードを叩く音やいびき声が聞こえてくる。
その内の一室、二十一番の個室でヨシオは漫画を読みながら笑いこけていた。
「ちょっとヨシオ、こんな所で何をしてるのですか?」
「あん? 漫画喫茶に来てるんだから、漫画を読んでるんだよ」
「そうではなくて、ここには対象者がいませんよ。プレゼントは誰にでも渡せば良いというものではないんです。私のリストに載っていなければ、意味がありません」
ヨシオは漫画をそっと閉じ、真剣な表情を見せる。
「あのさ、俺って、今まで結構働いたよな?」
「……はい?」
「だから、これまで休まず働いたよなって訊いてんの! 今日ぐらい休ませてくれてもいいんじゃね?」
「いえ、言っておきますけど、ヨシオは働いている内に入りませんよ。他の神様はヨシオの十倍は働いています、甘えないでください」
「他は他、俺は俺なの! それに今は傷心してるんだから、少しぐらい休んだっていいじゃんか」
「傷心って、ただヨシオが空回っただけですよね? 女性を相手にした依頼はこれまでにもあったでしょうに、何をそんなに怯えていたんですか?」
「お子ちゃまのお前には分からないだろうけどな、女性と肌が触れ合うような距離間で冷静に対処できる男なんて、枯れ果てた爺か煩悩を捨て去った悟り人くらいなもんなんだよ」
「つまり、あなたは神であるにも関わらず、下世話にも欲情を催したということですか?」
「ち、違えーし! 初めての出来事でちょっとテンパっただけだし!」
「嘘までついて、自分を良いように見てもらおうとしたのも?」
「……円滑な会話を成り立たせるためだ」
「最終的には、適当にあしらわれていましたけどね」
「うっせーよ! 元はと言えば、お前の余計な呟きのせいだろうが! 悪魔が囁いているのかと思ったわ!」
ヨシオの声が大きかったのか、左隣から壁を叩かれる。すみません、と思わず声に出す。
「とにかく、あのサファリパークの傷が癒えてないから、今日はここで漫画を読んでリフレッシュするから」
小声でヨシオは告げる。
「そもそも、ここのお金はどうするのですか?」
「お前から貰った金が、まだある。正直、パチスロに行こうとしたが、なぜだかまったく勝てる気がしないから、ここに来た」
ちっ、とキラは舌打ちをする。もしパチスロに行っていたら、一時間と持たずにお金は溶けて無くなっていたことだろう。こういうしょうもない決断の時に限って、最善の選択をする。腐っても神の直観は馬鹿にできない。
「では、私はどうすればいいのですか? ヨシオの任務不履行か達成以外、私も天界に帰れないのですが」
「漫画読めばいいじゃん。面白いぞ、スラ○ダンク」
「この狭い空間で? 何で二人掛けの席にしなかったのですか?」
「……一人のおっさんがカップル席なんて、拷問すぎるだろうが。察しろよ」
察してほしいのは、私の状況だとキラは悪態をつく。何を好き好んで、仕事の最中に漫画を読まなければならないのか。
キラは特に興味もなく、漫画が陳列されている場所へと足を運び、適当にパラパラと本を捲る。一巻だけを手に取り、流し読みを繰り返し、ある漫画で手が止まる。
「やっぱ、熱いよなぁ。不純な動機で入部したのに、いつの間にか本気で好きになっていく物語。これぞ王道だよなぁ」
ヨシオは独り言で頻りに頷いてから、手元にある漫画を読み切ったので、漫画の返却と補充を行う為に、陳列棚へと向かった。
すると、キラが熱心に漫画を読んでいる光景が目に入った。
何だかんだ文句を言いながら、あいつも嵌っているじゃないか。そう思ったヨシオは、すれ違いざまに何を読んでいるのか、確認しようと試みた。
ウ○ジマくんだった。えっ? ウ○ジマくん? どうなったら、天使がウ○ジマくんに興味を抱くの? 確かに面白いけど、爽やかさとは無縁の漫画だぞ?
あまりの突拍子さに、ヨシオは硬直して素通りするはずが、立ち止まってしまった。背後に視線を感じたのか、キラが振り向く。
「あー、えーっと、漫画もそれぞれ好みが分かれるよな?」
ヨシオは当たり障りのない感想を述べ、努めて自然にたまたま通りかかったように振る舞った。
「ヨシオちょっと待ってください、この漫画にヨシオが鮮明に描かれています。まるで、ヨシオをモデルにしたかのような描写、そしてその相手に容赦のない主人公。私、とてもこの主人公に共感します」
「はあ? 共感って、その主人公悪徳業者だからな。お前、自分の立場忘れてない?」
「私が共感しているのは、仕事に対する姿勢です。屑には慈悲もない所とか、私も見習わなくてはいけませんね」
「えっ? 屑ってもしかして俺のこと? おいおいおい、いくらなんでもそこまでじゃないだろうが。俺は神だよ神。下界の落ちぶれ者と一緒にしないでくれる?」
「この漫画にはいい台詞があるんですよ。債権者に主人公が言うんです。『信用を積み重ねてこなかったお前の明日は信用できねぇ』ですって。おや、ヨシオどうしたのですか? 冷や汗かいてますよ。こんなに暖かいのに」
「……休日は終わりだ。次の仕事に行くぞ、晴子さんが待っている」
足早に外へ向かうヨシオを見て、この漫画で当分引っ張れるなとキラは思った。