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サンタ ✖(クロス) ???  作者: しらたま
7/20

サンタ ✖ 老人

 家から程よく歩くと、開けた河原に出る。その渓流を上流へ遡行することが、何年もの間、大沢恵三(けいぞう)の日課になっていた。

 河原を歩いていると、所々に焚き火の痕が見受けられ、恵三はため息をつく。恵三は詳しく知らなかったが、どうやら近頃はキャンプなどのアウトドアが流行しているらしい。

 近所に住むヨシ婆が、知らない若者を度々見かけると嬉しそうに報告してくるのを思い出す。本来ならば不審者と警戒する所なのだろうが、この地域に住まう人々は、歳を重ねるごとに防犯という概念が薄れていく。老人に至っては、テレビで伝えられる犯罪などは、異国の世界の話だと捉えている節がある。今年で七十六を迎えた恵三も、その例に漏れない。

 キャンプをするのは別にいい、焚き火もしたくはなるだろう。だが、するならするで後始末もしっかりとやるべきだ。ましてやキャンプ場ではない河原を利用するならば、最低限のモラルを理解していない輩など他人の敷地で糞をするのと同じだ、と恵三は考えている。この河原に限って言えば、テレビに取り上げられるまでもなく、否応なしに最先端で実害を被っている。

 恵三はポリ袋にゴミを入れながら、上流へ遡行していく。しばらく進むと、川幅が狭くなり、小さな滝が現れる。そこには先客がいた。

 釣り人だろうか、と恵三は考えたが、先客はあまりにも釣り人の恰好とかけ離れている。全身真っ赤な釣り人など見たこともないし、あんなに派手だと魚にも逃げられるだろう。特に川魚は繊細だ。


 「おめ、何しとるだ?」

 「あん? じいさん、大沢恵三?」


 振り返った男は腹が出ているみっともない姿で、恵三は訝しみながら赤い男を見つめる。


 「聞こえてる? 恵三だよね?」

 「礼儀のなってねえガキだ。おめは誰だ?」

 「ああ、俺はヨシオ。見ての通りサンタクロースだ」

 「サンタクロース? ここで何しとる?」

 「じいさんにプレゼントを渡しに来たに決まってるじゃん」

 「いらんいらん、さっさと帰れ」


 恵三は取り合わずに、滝の横にある坂を上り、木々を掻い潜りながら迂回して滝を越える。岩の上に立ちながら見下ろすと、赤い男が同じように滝を遠巻きしようと試みている。

 あんな図体で付いてくるつもりだろうか、ここで怪我でもされたら面倒だと恵三は思い待つことにする。しばらく待つと、ぜえぜえと息を切らせた男がやってくる。


 「おめ、さっさと帰れ。これ以上は迷惑だ」

 「はあはあ、プレ、はあはあ、プレゼント」


 男は岩の上で両膝をついて喘いでいる。顔からは大粒の汗が滴り落ちている。まったく体力がない男を呆れながら鼻で笑い、山の景色を楽しむ。

 紅葉はもう過ぎ、本格的な冬の訪れがきている。雪が積もるのもすぐだろう。


 「ふー、じいさんいつもこんな苦行してんの?」

 「苦行? 馬鹿たれ、こんなの散歩だ。おいはまだ先に行く、ずくなおめは帰れ」

 「はあ? 先に行く? じいさん元気すぎるだろ、もうちょっと休もうぜ」

 「おめは体力なさすぎだ。そんな靴で山に来とるのは馬鹿だ」

 「俺だって好きでこんな靴履いてるんじゃねーよ。後、別に山なんてどうでもいいし、じいさんにプレゼントを渡しに来ただけだからな」

 「だからプレゼントなんいらん言うとる。しつこい奴だ」


 恵三は器用に岩から岩へと渡り、すいすいと上流へ進んでいく。なるべく水に入らないように気を付け、足を載せる石がぐらつかないか瞬時に判断し、巧みな体重移動で次の石に足を載せる。

 ギャーと後ろから聞こえてきたので、立ち止まり振り返ると、男が川に尻もちをついていた。石の苔で足を滑らせたのだろう。浅いとは言え、この季節の川の温度は驚くほど冷たい。

 だから帰れと言っただろうが、と恵三はため息をつく。そう言えば昔に同じようなことがあったな、と不意に思い出す。あの時は、まだ小さい息子だったが。


 「おーい! 先に行けば、開けた場所に出んだら。そこまで来い!」


 恵三は自分でも何でそんなことを言ったのか疑問に感じながら、すいすいと上流へ遡行していく。

 程なくして右端に河原が現れる。大小不揃いな石の上を歩きながら、流木を集める。大中小の木に分け、小枝を並べてスギの葉を揉み込み種火にしてライターで火を付ける。小枝に火が移ったのを確認してから、中大と太い枝を載せていく。

 パチパチと音を立てながら煙を昇らせていく様を見守っていると、ふらついた男が千鳥足でやってくる。


 「ほら、おめもこっち来とって、あったまれ」

 「つ、疲れたぁ。じいさん、あんたよく転ばないで歩けるね」

 「年季が違うだ。後、おめの靴、そりゃ駄目だ。滑り止めがないだら」

 「くっそ、この靴のせいか」

 「それだけじゃないだら。おめは体が重すぎる」


 しばらく焚き火を眺めていると、ガサガサと山から聞こえてくる。


 「な、なんだ? 動物か?」

 「あー、熊かもな」

 「熊! じいさん逃げるぞ!」

 「おいは旨そうに見えないから、喰われるとしたらおめだな」

 「じじい! てめえ俺を囮にする気か!」


 男があまりにも動揺するので、恵三は笑いを堪えられない。この山で熊など見たことがない上に、今は冬だ。


 「そう言えば、息子も驚いとったな」

 「あん? じじい息子いんの?」

 「ああ、孫もいとる。連絡は寄越さんがな」

 「ふーん、じじいから連絡すれば。寂しいって」

 「そんなこと言うわけないだら、ばかこくな」


 男はしばらく布をごそごそし、スマートフォンを取り出す。


 「ほら、これで電話してみ」

 「はあ? こんな山で繋がるわけないだら」

 「大丈夫大丈夫、今だけは繋がるから」


 恵三は言っている意味が分からず、手渡された長方形の板を持て余す。


 「どう使うんだこれ」

 「あー、マジか。しょうがねえな、今は息子の顔を思い浮かべて話し掛けるだけでいいよ。家に帰ったら、ちゃんと操作覚えろよな」


 何が何だか分らぬまま、恵三は言われた通りに息子を思い浮かべながら話し掛ける。

 『……親父?』

 「正隆(まさたか)か? 本当に繋がったんだら?」

 『久しぶりだな、親父元気?』

 「あー、そこそこだ。おめこそ――」


 時間も忘れて恵三は話した。途中で孫も加わり、賑やかな会話に心が穏やかになっていく。

 またな、という通話が終わり、満たされた面持ちの恵三は、焚き火が燃え尽きていることに気付き、そして男がいなくなっていることを知った。

 手に持っているスマートフォンをもう一度使おうと試みるが、圏外の表示が映されるだけだった。

 狐に化かされたか、と恵三は不思議な感情を抱いたが、悪い気はしなかった。


 「神様ではないだら。あんなみっともね神様おらん」


 カッカッカッ、と笑いながら恵三は川を下って行った。

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