3、爆弾処理①
勇者というのは爆弾に似ている。
上手く使えば多大な恩恵をもたらしてくれるが、扱いを間違えれば使い手にすら破滅をもたらす。
メンテナンスや取扱に細心の注意が必要なところも共通点の一つだろう。
――いや、爆弾のメンテナンスの方が百倍楽だ。
「どちらか一つだけだ」
「ヤダ! どっちも食べたい」
「砂糖を使った菓子は高級品なんだぞ。ちょっとは譲歩してくれ。子供じゃないんだから」
「ギル君ってば知らないの? 高校生は子供だよ」
菓子屋のショーケースの前でカレンが駄々をこねている。
この街へ来てからずっとこの調子だ。
城塞都市シタデル。
古来より魔物が湧きやすい土地だ。周囲を囲う高い壁は街への魔物の侵入を防ぐと共に、王都方面への魔物の侵攻を抑える意味もある。この街そのものが巨大な砦なのだ。
物々しい成り立ちに反し、街は非常に活気づいている。
おかげでこうして勇者たちを菓子店に連れてこられるわけだ。
しかし残念ながら俺の努力は無駄に終わった。
名もなき村で拾った少女の勇者、ヨシザワ。
彼女は手に何も持っていない。
「君も選んで良いんだぞ」
できる限りの笑顔を浮かべたが、不発。俺の視線から逃げるように俯くだけだった。
どうやらご機嫌取りは失敗に終わったらしい。
彼女を仲間に加えて数日。
ヨシザワはスキルの詳細について口を開こうとしない。
というか、彼女と意思疎通できた試しがない。
話しかけても返事はなく、こうして息抜きに連れ出してもニコリともしない。
警戒されているのか。
結局ヨシザワは菓子を欲しがらず、交流をはかることも叶わなかった。
共に旅をするのならば最低限の意思疎通はできるようにならなければ困る。
できればこの街を出る前に彼女との距離を詰めたいが。
「いつになったらこの街を出るの?」
宿屋に戻りヨシザワと別れるなりカレンが尋ねてきた。
声のトーンが低い。
菓子屋で勝ち取った菓子をニ個も抱えているくせに妙に不機嫌だ。
「最初に説明しただろう。魔王の情報を得られたら、だ」
先代の勇者たちが全滅してから二百年。人類は徐々にその領域を失い続けている。
今や要塞都市シタデルは人類の活動領域の最も外側に位置する大都市となった。魔物の情報を集めるならうってつけだ。
一刻も早く魔王を倒し、人類に勝利をもたらさなくてはならない。
俺はカレンにもう一度懇々と説明し、そしてこう締めくくった。
「そうすれば君たち勇者もみんな元の世界に帰れる」
最高のハッピーエンドだ。
人類は魔物の脅威と勇者の脅威、両方から解放されることになる。
しかしこれまで勇者の召喚は幾度となく行われてきたが、魔王を倒した例はない。彼らは絶大な力を持っているにも関わらず。
それは魔王が勇者たちから身を隠し逃げ回っているからだと思っていた。だが、多分違う。
「私まだ帰りたくないしぃ」
「なぜだ。残してきた家族もいるだろう」
「今は家族よりギル君と一緒にいたいの」
カレンが髪束を指に巻き付けながら口を尖らせる。
これだ。勇者たちはもとの世界に帰ろうという意識が弱い。
なまじ強い力を手にしているからか。まるで旅行気分だ。
「なのにギル君ってば私を放って飲み歩いてるし!」
「騎士団の同僚に頼んで情報を集めてもらっている。その礼をしているだけだ」
人類の重要拠点であるシタデルにはたくさんの騎士が駐留している。
見知った顔も多く、協力してくれるのはありがたいがどいつもこいつも大酒飲みだ。情報と交換に酒を要求されて朝まで付き合わされている。今のところ得られた情報といえば、街のちょっとした情報や、誰それが結婚しただの子供が生まれただの、そんなことばかりだが。
とにかく色々な意味でカレンを連れて行くわけにはいかない。
「君はヨシザワと大人しくしてろ」
だからこうして一人一室、少し良いランクの部屋を取ったのだ。
しかしヨシザワの名前を出した途端カレンの表情が曇った。
「ヨシザワさんも一人で出かけてるよ」
「……ヨシザワが?」
「この部屋、音が結構漏れるの。ギル君がいないときにこっそり抜け出してる。夜中とか」
「どこでなにをしているんだ」
ヨシザワはスキルで魔物を呼び寄せ、村を襲わせていた。
もしまたなにか良からぬことを企んでいるのだとしたら。
表情が強張るのを自覚する。
しかし幸か不幸か、カレンに俺の表情を気にする余裕はない。
「知らないよそんなの!」
カレンが机に手を叩きつける。
酷い音がした。机が真っ二つに割れたからだ。しかしカレンの声はそれを上回る音量だった。
「今日だってヨシザワさんのことばっかり気にしてたでしょ。そんなにあの子が気になるの?」
「なんでそうなるんだ。俺はただ、彼女がこの世界に馴染めているか心配なだけで」
「馴染めるわけないじゃん、あの子なにも喋んないし、なに考えてるか分かんないし」
握りこんだ革張りのソファが音を立てて引き裂かれる。
ダメだ。ヒートアップしている。
どうして子供というのはこう感情の制御が下手なんだろう。
「お、落ち着け。そうだ、飲み会で聞いた怖い話をしてあげよう。この街には秘密の地下壕があるんだが――」
「やっぱ飲み会してんじゃん!」
「……そうそう、さっき飴を買ったんだ。あげよう」
「ギル君って馬鹿なの? そんなので誤魔化されるわけないじゃん。子供じゃないんだけど!」
「自分は子供だって言ってたじゃないか」
菓子屋で仕入れた最終兵器も残念ながら不発。
空腹の猛獣と接している気分だ。生きた心地がしない。
「私はギル君と二人で旅したかったのに。なんであんな子連れてきたの!?」
その時俺はようやく気が付いた。あまりに遅すぎた。
この部屋は音が漏れるということ。そして隣の部屋にヨシザワがいるということ。
まずドアを開け放つ音。そして廊下を遠のいていく足音。
「あ……」
カレンが口元を押さえる。
なにか言ったようだったが、聞こえなかった。
部屋を飛び出し、ヨシザワを追う。
「ちょっとギル君!?」
遥か後方からカレンの声が聞こえてきたが、構ってはいられない。
カレンはどんなに怒るだろう。次に会った時のことを想像するだけで手が震えてくる。次こそ本当に殺されるかもしれない。
しかしヨシザワを放っておくわけにはいかない。
外へ出る。燃えるような夕焼けが街を赤く染めていた。
小さな村とは違い、この街は夜になっても人通りが多い。
ヨシザワの小さな体を人ごみの中から探し出すのは骨が折れる作業だった。
街中を駆け回り、たくさんの住民に少女の行方を尋ねた。
思春期の少女の心というのはまるでガラス細工だ。
ちょっとしたことですぐに壊れて、そして迂闊に触れればこちらも怪我をする。
ただのガラスなら指を切るくらいで済むが――彼女は勇者だ。
その力をもってすればこの街を廃墟に変えることだってできる。
彼女の姿を人気のない路地裏で見つけたのは幸運だった。
こちらに背中を向け、しゃがみ込んでいる。
俺は息を殺し、足音を消して彼女にそっと近づいた。
腰に差したナイフに手を忍ばせながら。
俺はこの世界を救いたい。
たとえ幼気な少女をこの手に掛けることになっても。