2、力を手にした子供たち⑤
一晩経ってもカレンの機嫌は治らなかった。
よって、俺は残ったエネルギーのすべてをカレンの機嫌を取るために使わざるをえなかった。
「村中から集めてきました。こんなものしかありませんが」
「十分だ。ありがとう」
赤毛の少年から受け取った毛布やクッションを馬車に詰め込んでいく。
過酷な長旅に備えたものだ。俺たちには便利な転移スキルなど無く、地道に一歩一歩進んでいくしかない。
これからも揺られる馬車で腰が痛くなるだろうし、携行口糧にうんざりすることもあるだろうし、ベッドで眠れない日も多くなるだろう。
しかしカレンはこの旅を選んだ。
「どうだカレン、少しは快適な空間になったんじゃないか?」
「……まぁ、良いんじゃない?」
「なんだ。後悔しているのか?」
カレンは昨夜からずっとふくれっ面。切り株の上に座り、足を投げ出し、不味そうに携行口糧を齧っている。
しかしそれは俺に不満があるだけではないようだった。
「みんなと学校で過ごしていたのがなんだかすごく昔の事みたいに感じる。こっちに来てから数日しか経ってないはずなのに」
「無理もない。色々なことがあったからな」
「……あそこにいたのって本当にシノハラだったのかな」
友人たちが魔物に村を襲わせて金銭を得ていたことを、カレンも気にしていないわけではないようだ。
膝を抱え、どこか遠くを見るような目をする。
シノハラ。
勇者たちのリーダーであるあの少年が計画の立案者なのだろう。
まず間違いなくこの世界に害をなす勇者の一人だ。
しかしカレンはそのことに納得がいっていないようだ。
「アイツ、こっちに来る前と全然違う気がする。うまく言えないけど……別の人間がシノハラのフリしてるみたい」
それなりに親しい間柄でないと出てこない言葉。
少し考えて、ピンときた。
「彼は君の別れた恋人とかなのか?」
「違うよ! 変なこと言わないで。幼馴染ってだけ!」
「わ、分かった分かった」
カレンが頬を膨らませてそっぽを向く。
こうしてみると、ただの拗ねた子供にしか見えない。
が、彼女はバケモノだ。
村に残った戦いの後がそれを如実に表している。
カレンの起こした土石流が魔獣とともに木々をも飲みこみ、茶色い山肌が露わになっている。
こんなのは普通の人間にできることではない。
まったく、無茶な戦い方をする。
が、向こうも同じ事を思っていたらしい。
「あんまり無茶なことしないでよね」
その視線は俺の体に向けられている。
昨日の戦いであちこち傷だらけだ。しかしこれからもきっと傷は増え続けるだろう。
「慣れてくれ。俺はどんなことをしてでも世界を救う」
「本当に世界を救いたいならこんな村に命を掛けるべきではなかったのでは?」
小さな集落を見渡し、少年が笑った。
年相応の悪戯っぽい笑みだ。
「そんなことはない」
命を懸けた甲斐はあった。
救えなかった命がたくさんあった。共に戦った仲間を何人も失ってきた。期待をするから絶望がある。なにもかも諦めて逃げ出してしまおうと思ったときもあった。
でも諦めなかったから、この村を救うことができたんだ。
それに。
俺はふくれっ面のカレンに視線を向ける。
「俺は大事なものを手に入れた。世界を救う大きな一歩だ」
カレンが立ち上がった。肩を怒らせてこちらへ歩いてくる。
とっさにガードをする。どれほどの効果があったかは分からない。
カレンの頭突きがみぞおちに入る。肺が潰れたかと思った。
俺の背中に腕を回しながらカレンがこちらを見上げる。
「やっぱズルい! 平気な顔してそういうこと言うんだもん」
これだ。この力だ。
今回のことでよく分かった。
彼女たちは最強の兵器だ。その力は世界を救うことも滅ぼすこともできる。
大事なのはその力でなにをしようとするか。
カレンは自らの意思で俺の元へ来てくれた。しかし彼女はどうだろう。
「彼女は――ええと、ヨシザワと言ったか?」
その少女もまた、年齢より幼い印象を受ける少女だった。
カレンよりも小柄で、色が白く線が細い。迷子になった子供のような不安げな表情をしている。
シノハラ達は魔物を呼び寄せた実行犯である彼女を残して消えた。転移スキルで逃げたのだろう。
「知り合いなんだろ。どんな子だ?」
「うーん、あんま絡みなかったからなぁ」
シノハラのグループにいた時も、彼女はあまり周囲と馴染めていないように見えた。
カレン曰く、彼女は病弱で学校も休みがちだったという。
気弱で無口。友達もあまりいなかった。得られた情報はそれくらいだ。
別に構わない。これから知っていけば良い。
「連れて行こう」
「えっ!?」
「ここに置いてはおけないだろう。君もそれで良いな?」
ヨシザワはただ、怯えた目でこちらを見上げただけだった。微かに頷いたかもしれない。あるいは震えているのか。
俺とヨシザワの間にカレンが割って入る。
「私の彼氏だからね。二人っきりになるの禁止ね!」
「そうか。それは困るな……」
「は!? なんで!?」
カレンが鬼の形相で迫る。
思わず口籠った。言えるはずがない。
いざとなれば俺が彼女を始末するから、なんて。
勇者が全員カレンのような凄まじい身体能力を持っているわけじゃない。
つまり殺せるということだ。
もし彼女が使える勇者ならそれで良い。しかしこの世界に害をなそうとする勇者なら。
俺はどんなことをしてでも世界を救う。
この命をなげうっても。幼気な少女を殺しても。