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2、力を手にした子供たち②



 赤毛の少年の案内で勇者が滞在しているという村を目指し、急な斜面を上へ上へと登っていく。

 地図で見るとこの辺りには森しかないが、地図にない集落などいくらでもある。地図に乗っているはずの村が無くなっていることも珍しくはない。



「先程は本当にありがとうございました。この辺は魔獣が多くて。他の街との往来も命懸けです」


「君、子供なのに働いてんの? 偉いねぇ」


「死んだ父の仕事を引き継いだんです。弟たちはまだ馬に乗れないので僕が働かないとみんな飢えてしまいます」


「あっ……そうなんだ……」



 カレンが表情を強張らせるのが分かった。

 しかし珍しい話じゃない。特にこういった小さな集落は魔物の襲撃を受けやすい。

 ちょうど先程の彼自身のように。



「じゃあ君が強くなって弟君たちを守らないとね!」


「いやぁ……僕なんかにはとてもできません。勇者様たちのような力があれば良かったのでしょうけど」



 随分と大人びた表情をする子供だ。カレンとはずいぶんと違う。

 だからって、別にそれが良いわけじゃない。

 そうせざるを得なかったから、そうなっただけだ。

 彼はその年で知ってしまっているのだろう。諦めというものを。



「そんなことはない」



 少年がキョトンとした表情をこちらに向けた。

 魔獣は確かに強い。戦えるわけがないと逃げ出したくなる気持ちも分かる。実際逃げ出せるような状況ならそうすべきだろう。しかしいつもそうとは限らない。



「大事なのはなにができるかではなく、なにをしようとするかだ」



 開けた場所に出た。

 ほとんど山頂と呼んで良い場所だ。

 遠くに見えてきた家々を指差す。



「あそこが僕らの村です。勇者様がいる間はみんな安心して暮らせます。なにもないところですが、ゆっくりしていってくださいね」



 しかし俺は一刻も早くこの村を離れたかった。逃げられるものならそうしていただろう。


 状況は最悪だ。

 カレンと一緒に王都を追い出された時はこれ以上悪い状況にはなりようがないと思っていたが、大間違いだった。



「カレン! やっと会えたぁ」



 目眩がしてくるような光景。

 勇者()()がカレンを囲むようにして輪になっている。

 その正体は異世界から来た、バケモノじみた力を持つ子供たちだ。

 ひとりでも手に余るそれが、4人も。

 絶望だ。これ以上底はないくらいの。



「だから言ったじゃん。カレンも来てるはずだって」


「なるほど。クラス転移モノだったか。他の仲間たちも早く探さなければ」


「待て。君たちは……勇者は一体何人召喚されたんだ」



 子供たちの会話に思わず口を挟む。

 怪訝そうにしながらも、少年が答えた。



「クラス全員だとすると、38人?」



 これ以上底なんてないと思っていたが、大きな間違いだった。

 数が多すぎる。

 他の勇者との接触を避けるなんて最初から無理だったんだ。



「カレン、あの人誰?」


「えへへ。私の彼氏」


「マジ!? なんだよ、異世界満喫してんじゃん。まぁ無事で良かったけどさ」


「いやぁ。無事とは言えないかな……もう三日も馬車に揺られてへとへと。早くお風呂入ってベッドで眠りたいよ」


「お風呂? 馬車?」



 少年少女が顔を見合わせる。

 こらえきれなくなったようにクスクスと笑い出した。



「もうそんな心配しなくて大丈夫だよカレン。私に任せて。良かったら彼氏さんも」



 別に彼氏になったつもりはないが、今は大人しく指示に従う。

 並んだ俺たちに少女は両手をかざした。

 異世界式の挨拶だろうか。いや、そうでもないようだ。カレンも怪訝な顔をしている。



「えっと、ハナちゃん何してんの……?」


「ちょっと黙ってて! いくよ」



 カレンが目を見開く。俺も同じ顔をしていただろう。

 全身を温かい光に包まれる。

 その効果はすぐに分かった。腕にできた魔獣のひっかき傷がみるみる治っていく。皮膚だけじゃない。破れた袖まで。



「わ、凄い! 髪サラサラになった。なに? お風呂の魔法?」


「カレン、ネーミングセンス最悪……癒しの魔法とか言ってよ」


「なにそれカッコイイ! 私もやりたい」


「ダメダメ。付与されるスキルは一人一個。異世界転移モノのお約束だろ?」



 会話に入ってきた少年が得意げに説明を始める。

 曰く、勇者たちには一人一つ固有の特殊能力が付与されるのだそうだ。

 二百年前の勇者も不思議な技を使っていたという記録が残っている。しかし実際に自分の目で見るそれは圧巻の一言だ。

 傷ついた人やものを修復できる。彼女一人いるだけで兵站の常識が覆る特殊能力。

 まさに神からの贈りものだ。



「で、カレンのスキルは――怪力?」



 勇者の少年がカレンの周囲に視線を彷徨わせる。

 まるで彼にしか見えていないなにかを読んでいるかのようだ。



「怪力ってスキルなの!? なんかダサくてヤダー。ってかなんでタケダ君が知ってるの?」


「俺のスキル“鑑定”だから。でもパワータイプがいるのは助かるよ。シノハラもきっと喜ぶ。今、まともに戦えるのはアイツしかいないからな」



 カレンが少し顔を顰めたのが分かった。



「えっ。シノハラもいるのぉ?」


「ああ。あとヨシザワさん」



 俺は今どんな顔をしているだろう。多分カレンより酷い顔をしている。

 まだ勇者がいるのか。今いない2人を合わせると全部で6人。いいや、正確には38人。

 これは人類にとって喜ぶべきことか。それとも。



「これからはいつでも体を清潔に保てる。転移スキルもあるから馬車の旅なんてしなくて良い。毎晩ベッドで眠れるし、三食美味しいものが食べられる。お金にだって困らないよ」


「……君たちがこの世界でどうやって稼いでいるんだ?」


「そりゃあ、この力があればいくらでもやりようがありますよ」



 少年が明るい調子で答える。

 が、具体的な方法についての言及はなかった。

 なんとなくはぐらかされているような気がする。

 カレンはそう思わなかったようだが。



「やったー! みんなと会えて本当によかった。ね、ギル君?」



 カレンの問いに答えず、俺は踵を返した。



「ギル君……?」


「馬車に荷物を忘れた。カレン、手伝ってくれるか」



 もちろん嘘だ。

 カレンもさすがに察しがついていたらしい。

 勇者たちの元を離れると、カレンは俺の顔色を伺うようにして口を開いた。



「みんな凄く良い子たちだよ。ギル君もきっとすぐ仲良くなれるよ。まぁシノハラはどうか分かんないけど。あいつスカしてて苦手なんだよね」


「そうか」


「でも今より旅も楽になるし、お金の心配だってしなくて良いし、ギル君も安全に旅ができるし」


「そうか」



 カレンが不意に足を止めた。

 見ると、肩を怒らせてこちらを睨んでいる。



「ねぇギル君怒ってる?」


「怒っていない」


「嘘だ! 気に入らないことがあるならちゃんと言ってよ!」



 声を荒らげながら近くにあった枯れ木を殴り付ける。

 ミシミシと音を立てながらそれが倒壊した。


 やはり子供は苦手だ。

 未成熟な精神では自分の感情のコントロールすらままならない。

 そんな状態でこんな破壊的な力を持っているのだから始末に負えない。


 俺はゆっくりとカレンを見下ろす。刺激しないよう静かに告げた。



「もし選ぶとしたら。俺と彼ら、どちらについていく?」


「……は?」



 やはり、俺は彼らと一緒に行くことはできない。

 あの数の勇者を従えるなんて無理だ。子供の集団は大人を煙たがる。それも自分たちより弱い大人の言葉など誰が聞くだろう。

 彼らの金の出どころも気になるところだ。まず間違いなくまともな収入ではない。


 と、急にそんなことを言ってもカレンは反発するだろう。

 友達を悪く言うなんてと機嫌を損ねられたら文字通り死活問題に発展する。

 いや、遅かったかもしれない。

 カレンが肩を震わせている。



「それってどういうこと?」



 思わず身を硬くする。

 言い訳をしようと口を開くが、上手く言葉が出てこない。

 今になって思い出す。

 俺は女の機嫌を取るのが凄まじく下手だ。



「もしかしてギル君」


「あ、いや、違うんだ」



 腹部に衝撃。

 言葉が嗚咽に変わる。息ができない。

 凄まじい勢いで俺のみぞおちに顔を埋めたカレンが、満面の笑みでこちらを見上げていた。



「嫉妬してるんでしょ! もー、私のこと超好きじゃん。カワイイ~!」



 まるで猛獣だ。

 向こうはじゃれついているだけのつもりでも、こちらは生死に関わる。

 彼女にまず教えるべきは他人との距離の取り方だろう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界転移で気持ちよく無双するには重すぎる世界観がチラチラと見え隠れしてるの良いですねぇ。 勇者達のメンタルがゴリゴリと削れる様が想像できて楽しみになります。
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