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ショートショート集

スナイパー

作者: 菅原やくも

 高層ビルの屋上。室外の空調機器が並び、電気設備や雑多な機械類、あるいは貯水タンク、それらをつなぐパイプが、ぬうように配置されていた。機械の動作音は、獣の低い唸り声のように、あたりに響いていた。

 それらの機械のあいだの、ビルの縁に近いところで、身をひそめるように構えている一人の男がいた。彼の傍らには、狙撃用に仕立てた大型のボルトアクションライフル銃も鎮座していた。男は高倍率の双眼鏡を手に、遠くを見つめていた。

 ご察しのとおり、彼は狙撃手である。しかし、現在の所属は軍ではなく同国の諜報機関に勤め、フィールドエージェントといったところであった。もちろん、かつては陸軍の狙撃手として活躍していた。諜報機関に移ることになったのは、射撃能力を含めてもろもろの能力を買われてのことであった。


 今回の任務は、要人の暗殺。


 これまでにも彼は、敵国での破壊工作のみならず、たとえば、中東などでの過激派組織に対する攻撃、南米や東南アジアにおける麻薬組織幹部の暗殺などに携わってきた。だから、要人の暗殺とあっても、さほど驚くことではないはずだった。

 しかし、その標的(ターゲット)というのが、同盟国の政府関係者であった。となると彼が、これまでの任務と比べて、どここか異質な感じを受けるのも無理はなかった。


 男は双眼鏡を下げると、自身の持ってきた銃に意識を向けた。

 狙撃銃のベースは民生用だが、選抜きの品をカスタマイズしたものだった。自身で一度分解し、ネジの一本まで調整を行っていた。そして、パーツのシリアルナンバーは、全て削り取っていた。ライフル銃は、この現場に持ち込むだけでも一苦労という状況あり、はじめから使い捨てにするつもりだった。そのためには、些細な証拠は残さないようにする必要があった。


 使用する銃弾は.338ラプアマグナム。


 これは、民間では大型動物の狩猟にも使われることも多く、多くの軍で使われている.308NATO弾より高威力で射程も長い代物だった。


 男は再び双眼鏡を覗いた。天気は快晴。予報では一日を通して穏やか、とのことだった。ただ、少々風があるようだと、男は思った。とりわけ、ビルの間には不規則な気流もあるように見受けられた。近距離の狙撃ならば問題ないかもしれなかったが、今回は長距離射程だった。


 その距離は約一五〇〇メートル。


 もちろん、用意した弾薬の有効射程はそれ以上なのだが、確実性を持たせるとなると、対人狙撃としてはギリギリの距離であった。しかし、彼はやるほかなかった。それが彼に課せられた任務であり、義務でもあった。それでも男は、任務を言い渡されたときに、銃による狙撃ではなく、標的(ターゲット)の乗る車両に爆発物を仕掛けるか、あるいはドローンを使った爆殺にする方が良いのではないかと、彼なりの経験と考察に基づく意見を述べたのだが、上層部はあっさりと却下した。


 男は腕時計にちらりと視線をやった。そろそろ予定の時間だった。彼は狙撃銃のそばにかがみこみ、射撃の姿勢に移った。銃のボルトハンドルを起こすと、手慣れた動作で弾薬を薬室(チャンバー)へ送り込んだ。

 そのとき、彼の脳裏に一つの考えが浮かんだ。組織は、お払い箱にする機会を狙っているのではないだろうかと……。この任務は非常に難易度が高いものだった。つまり、失敗すれば、上層部は彼にもっともらしい理由をつけて処罰することができるはずだった。あるいは、この不可解な任務そのものが、(おとしい)れるための策略かなにかだろうか?


 男は気を落ち着けるかのように、大きなため息を一つついた。それから、銃床の頬当て(チークピース)に頬をぴったりと寄せた。光学照準器(スコープ)を通して、狙撃地点を見つめた。

 上層部が何を考えているかななど、かまうものか。任務をやり遂げるのが俺の仕事だ。男はそれだけ考えると、無心になり、ターゲットが照準器の視界にあらわれるのを待つばかりだった。

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