・四天王の支度 ウィルト編
・四天王の支度 ウィルト編
※このお話は三人称視点でお送り致します。
各四天王が出動して翌日。早速報告を受け取ったウィルトは、頭を痛めていた。
町外れの教会の奥。生活空間も兼ねた事務室で、机上の紙面と睨み合う。
「先ずディーの情報では、軽犯罪の囚人が、到郷に運ばれ続けている」
愛娘からの連絡では、昨夜から今朝まで、休みなく輸送を続けているとのことだった。
「一度に大人数を輸送、ではなく護送が出来ないのが不幸中の幸いか」
ウィルトは無人の屋内で、独り言を零した。この場に一人しかいないので、思考のみで考えるよりも、口に出したほうが、見落としを減らせるからだ。
「しかし既に200人以上となると、当日は数倍に膨れ上がると見るべきか」
到郷では超過して受け入れた囚人用に、新たな留置場や独房が急造されている。数の問題は無視できない要素である。
「開けた馬車道で合戦をする訳じゃあるまいし、主戦場は周囲に広がる草むらや、森林となることは必至」
パンドラ産のコピー用紙に、地形を書き込みながらウィルトは考える。
街を閉ざすことは出来ないので、予め内部や草むらに敵が潜むこと、罠を張ることは容易に想像が出来る。
「敵も当日の行き当たりばったりが全部とは行くまい」
こういうことに慣れた冒険者崩れや、不良軍人などは最も注意を払う相手である。魔物への知識があり、戦い方を納め、幾らかの財力もある。
「弱卒を散兵めいて進ませて、当てになりそうな戦力は徒党を組む。迎え撃つには」
ウィルトは昔を思い出した。戦時中は力のある魔物たちが、四天王を前に出し、自分たちは戦おうとしなかった。
それは楽と言えば楽だったが、今度はそうも行かない。
「犠牲を出さないために必要なのは、防具と治療手段。そして敵を無力化するための武器」
また別の紙に必要な物を書き付けて、それぞれの項目から線を伸ばすが、まだ答えは空白の侭。
「一方でうちの兵力は」
机の引き出しから新しく紙を取り出し、自軍の状況を並べて行く。
「先ず訓練所の魔物たち。これがうちの主力だ。リビングアーマーやスケルトンは、集団戦用の需要に応えて数を揃えてある。合わせて100体ほどは出せるだろう」
本人たちが白を切り通せば、器物で通る魔物たち。撃破されても被害というより、消費に分類されそうな彼らの存在は、安い。
「あまり細かい動きは出来ないから、いっそ開戦したら突撃させて、街道を分断するのに使ってしまおう」
数で負けている以上、敵が纏まれば魔物側が対処出来る規模を、容易に超えられてしまう。
「スライムを忍ばせておきたいが、対処されることを考えれば、エルフたちの協力が欲しい」
スライムほど遭遇し易い魔物はいない。知名度のせいかとりあえずでも、対処法を用意している者がいるほどだ。
腕利きの傭兵二人はディーに付いている。訓練所にいる数人だけでは、到底範囲を納めることは出来ない。
「獣人たちで代役を立てるか。出来る準備は限られている」
脳内で立てた駒を落としながら、打てる手を探す。次の手を考えながら、駒を作り上げる。
「長距離を移動しないとしても、馬は一頭欲しい。同じ徒歩でも負担は違って来る。馬が駄目でも騎兵が欲しい。ゴブリン用の騎獣は」
ウィルトは神無側内にいる、人や魔物が乗せて戦える動物を指折り数えた。
ワイバーン、ストリクス、猪、大型犬、河馬。水辺ならザリガニ、人魚の使うシャチやイルカ。魔獣寄りの牛や電気羊辺りだろうか、と。
(今から騎乗訓練をしても厳しい。むしろ誰かを乗せても戦える個体を、選抜したほうが早い)
「現時点でゴブリンは総数が40。大型のホブはトロールやオークと組ませたいけど、体の小さい者には遮蔽物が無いと命取りになる」
人間側の火力が判明していないものの、銃が出るなら小柄な妖精や獣人を守る手段が、必要不可欠だった。
「ガーゴイルを回す手もあるが、なるべくハーピーの護衛から割きたくない」
相手の頭上を抑えることは、有形無形の圧迫を強いることに繋がる。戦場の上面図、対空への手数、逆にこちらの空への動員。
これらを可能にするのは、飛兵の前衛を務めるガーゴイルの存在である。
「一旦出揃っている魔物たちで班分けしよう。そこから渡せる装備も見えて来るし、見えて来る役割も有るだろう」
一つ詰めては不足を再確認し、また細部を詰める。急場凌ぎの編成は、出来ることを探すほうが苦労する。
「パンドラから要請があったのは煙幕と鳴子、大砲か。あまり殺す訳にも行かないが、せめて脅かすくらいものは必要だろう」
自分の恩師であり旧来の戦友でもあるミミックは、概ね道具に関しては、間違ったことを言わない。
状況に即して意味のある要求や、或いは用意をしてくれると、ウィルトは信じていた。
その証拠として昨日、パンドラはある物を彼に渡した。
「このランドセルなら、人間が時折使うような爆発物を、持ち運ぶことも可能なはずだ」
いきなり相棒が65,000ゴールドも使ったときには、さしもの彼も肝を冷やした。しかしよくよく冷静になると、その着眼点には感心するばかりであった。
(高く付くのは当然だ。これにはそれだけの価値がある)
魔物にも使い易く洗練された革の箱は、改良次第で大抵の種族で使用できそうだった。背中を守れる丈夫な道具袋。これは正しく装備である。
(人間に限らず、誰でも道具が使える第一歩。惜しむらくはパンドラが複製する以外に、用意する手段が今は無いことだが、これを量産するのは大事業になるだろう)
武器と防具は竹で何とかすると言われたときは、とうとう故障をしたかと身を案じもしたが、今では考えを改めている。
(これまでは魔法や武器に習熟していくのが主流だったが、これからはより広範な道具の使い方や、作業への熟達が軍事の鍵になっていくのは間違いない)
種族を越えて、或いは置き去りにして、生物から乖離した機能が、世の中を覆っていく。
それは科学と呼ばれるものであり、エルフの大魔法使いは、科学を魔物も手にする必要を感じていた。
(全て人間の真似をするのは不可能だが、そろそろ後追いをしなくては)
ミトラスが異世界で修めた、対科学の魔法を普及させる手もあったが、自分たちの生活が立ち行かなくなる恐れもある。
及ばなくては意味が無い。
しかし過剰でもいけない。
「まあこの話は後に回そう。今は祝賀会のことだ」
現在真っ先に手を付けられそうなのは、避難計画くらいのものだった。
(バスキーはまた人の金で女性を毒牙にかけるだろうが、それでも敵に回さず、纏め上げることが出来るのならば、見逃そう)
ウィルトは自分のような男より、バスキーのような雄のほうが、女性受けが良いことを知っている。
加えて餌で釣るような真似をするが、必ず相手の意思と責任が介在する形を取る。それでいてその内関係を解消する。
悪質ながら誰も損をしないという一点を守るため、かの放蕩ドラゴンは放置されているのだ。
「住民だって手足のようには動かせない。その点では女性たちを、欲望と負い目を利用するものの、統率出来るのだから」
褒めようか貶そうかを迷って、彼は口を閉じた。
(ことは神無側の到郷方面に面する、妖精町、河川区、兵業区の三区が舞台になるはず。避難と協力を要請するとしても、防衛施設は欲しい。この数では妖精町しか守れない)
ウィルトは席を立つと、神無側市の地図を広げてある、別の机に座った。他の町と区で、九分割出来るこの街は、海にも面している。
下三区を纏める群魔区の更に下には、荒山が広がり、向こう側には崖と海がある。
「包囲が可能なほど集まるかは不明だけど、迂回して来ることも考えられるな」
ゴーレムで櫓でも作って見張らせるか、と彼は考える。確固たる方策も、画期的な新兵器も無い。
まだ始まったばかりで、住民の避難経路を考えるのがやっとだった。
「これが済んだとき、次の手が打てたら良いんですけどね」
避難場所を各区の役に定め、避難経路と備蓄食料についても検討する。仮設でも増設すべき施設と、防災用品の搬入。負担の出所の指定。
思考の中で全てに、無いよりマシ程度の物を宛がっていく。
「皆がどれほど動けるようになるか」
曲がりなりにも町内会や学校が出来て、人の真似をした連帯感が芽生えている。それだけが唯一魔王軍時代よりも、魔物たちの優れている点だった。
(ドブ浚いや地元の祭り、ささやかな行事への参加。労働の共有。私たちが培った三年間が、どのように試されるのだろう。どのように乗り越えられるのだろう)
ウィルトは椅子に背を預け、目を閉じた。
「参ったなあ」
何もかもがちっぽけだった。
ちっぽけ過ぎて思い通りにならない。
(この街の魔物たちのほとんどは、子どもたちほどの力も無い)
かつての戦で喪われた施設の孤児たち。
みすみす死なせた命。
(あの子たちの身を案じた日々が懐かしい)
自分が力を奮うだけで避けられた結末。気が付けば、既に過去からも遠く離れつつある。
(私はきっと、同じ過ちを犯そうとしているのだろう)
持て余した力。天然の不老不死。
生殺与奪の全権は、ミトラスと他の四天王の団結によって、やっと脅かされるようになった。
(これが何時まで続くか。次は何時現れるか)
このエルフの不幸は、全く力に溺れない点に有った。
下り切れない低みを前に膝を突き、周りに己と同じ高みに上ることを、求めていた。
「……作業に戻りましょうか」
溜息を吐くと、銀色の髪が揺れた。纏わりつく憂鬱を祓う為、彼は中断しかかった仕事を再開する。
(思えば遠くに来たものだ)
己の力を否定したい気持ちがあった。
支配と独裁こそが強者の最善であるが故に。
他人を尊重することを、傲りにしたくはなかった。
「本当に、遠くに」
自由は今も、彼を苛む。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




