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・ミトラス>>>(越えられない壁) >>>サチウスたち

・ミトラス>>>(越えられない壁) >>>サチウスたち



 区役所は俺たちの自宅というだけでなく、役所でもある以上、不本意ながら役所の仕事もする。


 税金を回収したり、クレームや伝票の整理をしたり、移住者や退去者の、戸籍情報を整理したりだ。


 何処にでもある風景が広がっているが、これも地道な努力の末である。問題や要求が噴出すれば、三階の会議室に魔物たちを呼び、会議だって行う。


「えーそれでは、第二十一回群魔区地域振興会議を始めたいと思います」


 例えばこんなふうに。


「先ずは皆様のお手元に、資料が行き届いておりますでしょうか。ご確認のほどをよろしくお願いします。先ずは冒険者ギルドからの依頼書、次に妖精の国についての参考資料、最後に履修登録」


 会議室正面で話すミトラスと、隣に佇むユグドラさん。魔法を使っているのか、マイクも無しに声がエコーしている。


 会議に出席しているのは、俺とミトラスの他には、一階で家内制手工業に励む魔物たち。人型だったり虫だったり、姿形は様々。


 俺は自分の席にある紙束を手にして、中身を検めた。そこには先日見たばかりの、王立宮廷附属妖精大学の、生徒雇用の依頼書が。


「今回の議題はというのはずばり、長期研修という名目で、妖精の国に留学して頂ける人を募集したいという内容です」


 名目って言っちゃったよ。


「依頼そのものは妖精の国から、妖精学校長のタニヤ様を通して出されたものです。雇用内容をご確認ください」


 募集は募集でも雇用である。生徒という生徒ではなく、生徒という名の職員とでも言うべきか。不祥事を受けてか学費免除で、試験はパスということになっている。


 他にも学生寮に住めるし、諸々の費用は無料。


 今期の受験生たちとの違いは、試験の有無だけ。ずるいと言われればそれまでだが、卒業までは自力なので、言うほどではない。だって勉強に付いていけない奴が入ったら、そのズルに意味は無くなるからだ。


「金銭的な報酬はございませんが、冒険者として長期依頼であり、また衣食住の確保もされております。働きながら通学することも自由で、単位については夜間と、長期休暇期間にも、講義を追加するとのことで」


 むしろ雇った生徒が全滅したら、目も当てられない。せめて試験を受けさせて、合格者を雇うという形に、すべきなのではないだろうか。


「群魔及び神無側としましては、これを機に妖精の国との関係を築きたいと思っております。行く行くは大学設立のためにも、大きな力になるのではと」


 端的に言えばこの件に乗じて、調査団みたいなもんを送り込みたいと、こういう訳である。


 目的が同じでも状況が変われば、優位な立場で話を進められることもある。しかしこちらが優位に立つとき、目的の場所は傾いている恐れがある。


 今回なんかは正にそうで、そこん所を忘れてはならない。


「そういう訳でして、皆さま、またはお知り合いの方に、妖精の国や大学等に、少しでも興味がある。馴染みがあるという方が、えーいらっしゃいましたら、是非この機会に、お手を上げて頂きたいと考えております」


 資料を見るに三年制短大っぽいけど、修士課程みたいなのとは別に、一年延長できるコースがあるな。延長して四年制にして卒業すると、四年制大卒って形になるのか。


 妖精の国進んでるなー。


「つきましては役所のほうでも、市と協議を進めておりまして、この件に関しては、行政からも冒険者助成金を支給する予定で、えー現在検討中ですので、仮に学業に専念して頂いてもですね、その間無収入とはならないよう、配慮をさせて頂けるかと存じます」


 助成金で無収入回避ってことは、所得税かかるから、下手な冒険者は実質増税である。


「妖精の国につきましては、お手元の資料をご覧ください」


 妖精の国のパンフレットは、現代のようなパソコンで制作したものとは違い、画像は版画だった。可愛らしい妖精さんのシルエットが、所々に捺されている。


 文字のほうは、なんだか機械的な統一感があるな。タイプライターくらいはあるんだろうか。こっちの世界じゃ、単筒も既に発明されてるらしいし。


「どれどれ……『文明と自然が調和する、歴史ある王都アイルランドの歩き方』ねえ」


 誰かが声に出して読む。アイルランドって、もしかしてあのアイルランドなのか。俺のいた世界でも、妖精の国なんてあだ名があったが、この世界にもあるのか。


 ブリテンとの連合時に消滅したそうだが、まるで幻想入りだな。いやむしろ妖精の国のほうが、本当のアイルランドなのかも。


 どうでもいい所でどうでもいい謎が増えたな。


「街並みは悪くないな。豊かな田舎って感じで」

「街は立派だけど住人は少なそうですね」

「王城と大学の説明が偉そうだけど」


 会議に出席してくれている、他の職員たちの評価も上々。観光旅行先みたいな言い種だけど。 


 内容というか書き方が、レポートじゃなくてもろに観光ビラだから、無理もないんだけど。


 王族とか大学の歴史とか熱心に書いてあるけど、ぶっちゃけ興味がない。履修届の講義名を見ているほうが、まだワクワクする。


 俺としては『魔道具鑑定学』が気になる。


「これも一つの良い刺激になると思い、研修の一つということで、是非参加者を募りたいと」


 ミトラスは同じような内容の言葉を繰り返し、皆をせっ突いているが、誰も行きますとは言わない。当然だが東大生を一人も出していない地域に、東大レベルの学校を建てても意味が無い。


 況してや未だ高等な教育機関の少ないこの街で、他所の大学に行って来いなど以ての外。


「あの、質問いいですか」

「はい何ですかサチウスさん」


 仕事時に人前ではさん付けになるの、非常にこそばゆい。


「あのですね、法的には大丈夫というお話は伺ったんですが、やはりその、入試を受けてですね、合格点が取れたなら、やって見ようかなという気になる。そういう意見もあるんじゃないかと。何分こういうことは初めてで、未知数ですから。無謀な挑戦ということになると、そうなるとですね、私は避けたいです」


 俺たちは頭が悪いんじゃない。悪いことをしたくないんだ。そういう牽制球を、高めの外角に放る。


「なるほど! いい考えです。そしてそう言うと思って!」


 え!?


「入試問題は用意しています!」


 ミトラスは満面の笑顔を浮かべて、部屋の外へ飛び出したかと思うと、分厚い紙の束を持って戻って来た。ボール球をきっちりと打ち返された形だ。


 周りの俺に対する目が称賛から失望に変わるのを感じる。

 またガッツのあるプレーをかまされたな。ちくしょう。


「解説も付いていますから、これを見ながら解けるようになれば、皆さんも自信が付いて、より応募をし易くなることでしょう」


 俺って異世界に戻るからと、元の世界じゃ就職も進学もしてないんだけど、入試の問題って小冊子くらいあるんだな。初めて知ったわ。


「あの区長、ご厚意痛み入りますが、いきなり試験開始と言われても困ります」


「ええ、分かってます分かってます。なのでこの会議はここまでにしましょう」


 問題用紙を軽く捲ると、魔法云々の文字と計算式のようなものが見えた。基本的に魔法のない世界で育った俺が、分からないのは良い。だが。


「ちなみに僕は解けましたから、皆も解けるようになると思います。それでは、お疲れ様でした!」


『おつかれさまでした……』


 魔法のある世界で育った魔物たちは、皆一様に顔を真っ青にしている。中には魔女みたいに人型で、魔物の中ではインテリ階級の奴まで、青くなってるの本当にヤバいと思う。


 身近な頭良い奴がわかんないって言うときの怖さ。


「どうする」

「どうするったって」

「殿下が行きゃいいのに」


 漏れ出す泣き言。


 お話の中では社会人としての冒険者、冒険者になるための学校、学生兼冒険者みたいな例は多々あれど、社会人兼学生兼冒険者というのは、中々珍しいのではなかろうか。そうなれればの話であるが。


「とりあえず、街を総当たりすれば何人かはイケんだろ。俺たちの中でも、勉強すれば出来そうな奴はそうする。そんで候補者を集めて、頼んでみよう」


「おお、流石サチウスだ。問題解決能力が高い!」

「異世界で三年も修行したのは伊達じゃないな!」


 蜘蛛の魔物と丸いサボテンの魔物が言う。喋れない奴も多いのに、こうして話せるんだから、お前らも相当知能が高いと思う。それでも越えられない壁なのだろうか。


「ただ、闇雲に当たるより先に、先ずはそれっぽい方に聞くべきでしょうね」


 それまで沈黙していたユグドラさんの提案に、俺は心当たりを思い浮かべた。大学の入試が解けそうな魔物。


「ユグドラさん、それってもしかして」


 こちらの問いに、彼女は不敵な笑みを浮かべて頷く。


「四天王を呼びましょう」


 その言葉に会議室がどよめく。


 魔王軍四天王、それは名前の通り、かつての魔王軍で最強だった、四人の猛将のことである。


「呼ぶのか、奴らを……!」


 俺の問いかけに、誰も否定の言葉を返すことはなかった。


 かくして妖精大学の入試問題に挑むため、再び四天王への招集が掛けられたのであった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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