・読まずに食べてくれ
・読まずに食べてくれ
秋。残暑も過ぎ去り穏やかな風の季節。少なくともここはそう。
田畑は実りを結び、既に収穫を終えて、休んでいる所も有れば、これから収穫を迎える所もある。
今月を終えれば来月、来月が終われば再来月、毎月何かを作付けし、また何かを収穫している。
農業に終わりは無いのだ。
「領収書が切れそうだから買って来る」
「行ってらっしゃーい」
俺も学生生活の合間を縫って、役所の手伝いをする日々である。
本当は成績のことを考えると、空いてる時間を全部、勉強に充てないといけない。勉強をしないために、仕事に逃げているのだ。
仕事をサボるために勉強し、勉強をサボるために仕事をする。どっちも辞めたら良いだけのことだが、出来ない人のための処世術。
間違っても家庭を持っている人間がしてはいけない。
「すっかり秋めいて来たな」
秋は良い。独り言も様になるからだ。
通りを行けば人型の魔物や、そうでない魔物がのほほんと道を歩いている。
オッサンにしか見えないオーク、大きく太り過ぎて逆に怖くない虫、石のクセに関節の曲がるガーゴイル。何処に目が付いてるか分からん植物が、自分の棲家に合わせて、肥料や洗剤を買っていく。
これが現実の光景じゃなかったら、俺は間違いなく精神病患者。
「いらっしゃいませー、あ、証紙ですか」
「伝票ですね。受け取りの」
「ちょっと待っててください」
しばらくして街の道具屋に着くと、俺のことを覚えている人間の店員が、用件を聞いて来る。狭い田舎で客が固定化してると、こういうことがある。
初めの内は気恥ずかしかったが、今はもう慣れた。
「しっかしまあデカくなったなあ」
道具屋は今や街のホームセンターとなり、地域に欠かせない存在になっていた。
乱世も終わり、武器屋と防具屋も吸収合併され、元の店を畳み、色々と再編された結果こうなった。
「群魔区役所の伝票ですね。そろそろ在庫が少なくなってますが、どうしますか」
「じゃあまた三か月分発注で」
「畏まりました」
道具屋の店員さんは年齢不詳の女の人だ。茶髪に黒目の中肉中背。短髪で簡素なエプロンを身に着けている。
「はーい三箱六百枚です」
「どうも。お代はこちら。領収書の宛名は群魔区役所」
渡された箱には宛名と同じくうちの名前。中の領収書にも当然、最初から役所の名前が印字された、所謂『特別制』である。
同じ仕様の物は封筒がある。こういうノベルティっぽいのは、差出人を一々書かずともいいから、手間が省ける。
その分お値段は余計に掛かるが、この封筒に書類を入れて、後は送り先の名前だけ書けば良いのは、はっきり言って楽だ。
「段々と減りが早くなってしまって」
「こっちは大助かりです。はいどうぞ」
というか手紙の出し方なんて、学校で習わなかったから、最初は結構戸惑った。
世の中で常識と言われることの多くは、出所が不明で、しかも学校では習わないと来ている。アレも一種の迷信だわな。
「そう言われると弱い。よっこいしょ」
「ありがとうございましたー!」
重たい紙束を抱えて、俺は道具屋を後にする。
「ただいまー」
本当にただ不足した物を、買いに行っただけなので、俺は十分かそこらで役所へと帰還する。
参ったな。これじゃ話が膨らまないよ。
などと思いつつ受付に領収書を置く。ミトラスの姿は既に無かった。区長室に戻ったんだろうか。
「ミトラスなら来客の応対中だぞ」
声のしたほうを見ると、何かの資料を読み耽る宝箱の姿。
四天王で唯一拠点に常駐しているパンドラだった。
「来客って、接待なら呼びつけられるのに」
「つまりは接待じゃないってことだろ」
宝箱の口からはみ出した腕が、資料の頁を捲る。いつもの甲冑じゃなくて生身だ。
それ誰の腕って聞いた方がいいのかな。
いいや止めとこう。最近は藪蛇も多いし。
「あっ帰って来た!」
そして今度の声は上から聞こえて来る。見上げればそこには金目に猫耳、ファンタジックな緑髪のショタ魔王がいた。弾むように階段を下りて来る。
「ミトラス。ただいま」
「お帰り。丁度良かった」
取り敢えず頭をわしゃわしゃと撫でて、ミトラス分を補給する。
「ひまにぇ、おきゃみゅさっが」
「うん聞いた聞いた。それで誰が来たの」
丁度良かったということは、恐らくは俺に用事があるのだろう。
誰だろうと思って、彼がさっきまでいた階段を見上げると、そこには見たことのある顔が二つ。
「また会うたの」
「トッチー卿、それに」
「その節はお世話になりました」
片や顔にドーランを塗りたくり、未だにうちの制服を借りパクしている公家、動物大好きのトッチー卿。そしてもう片方は。
「ワイニン、さん」
「はい」
赤い長髪に赤い瞳。ドレスからブーツまで赤尽くしの、目に痛い女がいた。
ワイニン・グラトス。王都出身の豪農系貴族。背が低い三十路のアル中。ロリ巨乳っぽい何か。
お家騒動で、以前うちに迷惑をかけた奴。こんな奴でももう人妻で、子どももいるので呼び捨てには出来ない。
「珍しい組み合わせですね」
「クタベのことはこちらが専門じゃが、畜産はグラトス家の専門よ。ここで会えたのは真に、運が良かった」
クタベとはウサギに酷似した幻獣である。元は人間のペットだったが、この度魔王城でコロニーが発見されたので、畜産をすることとなった。
「うちとトッチー卿の共同経営って形で、クタベの牧場や品種改良も、やって行こうという話になりまして」
ワイニンが事情を説明する。酒が入ると強気になって、オレとか言ってたのに、随分としおらしくなったものだ。
「そのための書類の相談や、土地に唾を付けて貰ってたんだ」
要は根回しを受けていたのか。こんな飛び地で貴族同士が合従するとは。
「なるほど。でもそれだと俺は話に絡まないのでは」
本当は敬語を使うべきなんだけど、手短に済みそうだし、いいやこのまま通してしまえ。
「ああそれはね、さっきコレが届いたんだよ」
ミトラスはそう言って、一枚の羊皮紙を懐から取り出した。皆これを結構気に入ってやるんだよね。
それにしても羊皮紙とは格式張っているというか、物々しいというか。
「なんだ、手紙って俺宛て、じゃないな」
『群魔区長殿』って書いてある。どれどれ。
――国王陛下お世継ぎ誕生のお祝いと恩赦について。
そこには時候の挨拶と近況の出だしから始まり、この国の王様に遂に子どもが出来たので、そのお祝いを王都にて開催するとあった。
「ついては各地の貴族や、指名された役人は、これに参加すること。おー、目出度いことなんじゃないの」
この国の王様は種無しのホモで、魔物の女に手を出すほど、子どもが出来なかった。
しかし努力が実を結んだのか、とうとう子どもが出来たようだ。
「市長も呼ばれるのかな」
「たぶんね」
日時と場所はともかく、アクセスが都内からなので、先ず都内への行き方を調べる必要があるけど。
いや、迎えの者が来るからその人と、一緒に魔法で来るようにってある。
良かった。道中で山賊や宿場町に襲われる心配は無い訳だ。
「えー、つきましては各招待客は一名まで、同行者をお連れして構いません」
ふむふむ。分かり易く言うと婚約者やお子さんのお披露目とか、または無難に護衛を連れて来るかだな。
恩赦は現在収監中の罪人に対し、当日刑期の短縮を始めとし、特例の多くを発する。仔細ついては各自治体に追って通達するので、そちらへお問い合わせください。
微妙に聞いたことある話だけど、これ実は不味いんじゃ。
これちゃんと一般人にお知らせするんだろうな。
うちは周知しておこっと。
「あれ。勿体ぶった割りに書いてないぞ」
「最後の注釈だよ」
「それを最初に言えっての」
羊皮紙の一番下に、注意書きと思しき点が打ってある。
その後にはこう続いていた。
『群魔区長については、同行者に指定された魔物を連れて来てください』
指定された魔物については、名前こそ無かったものの、八月の汚水騒動で現れた巨人、つまり俺のことが書かれていた。
「ね?」
屈託のない笑顔で、ミトラスは首を傾けた。
この全く憂いも不安も無い晴れやかさ。
他の人に俺を見せるチャンスくらいにしか、思ってないようけど、これもしかしなくても、身バレしてるんじゃないのか。
「王国デビューだよ、サチウス!」
「そんな明るい話じゃないと思うんだな俺は」
偉い人たちから呼び出しを食らう。その意味は概ね嬉しくないことばかりだ。
貴族たちと談笑するミトラスを他所に、俺の気持ちは電話が掛かって来たときの休日のように、荒み始めていた。
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文章と行間を修正しました。




