・秋の始まり
今回長いです。
・秋の始まり
あれから一週間が経った。初日がピークだったのか、クタベの元飼い主たちは、あまり来なくなった。
俺も無事、学生生活に復帰したが、街は例年より静けさを増していた。
「妙なことになっちまったなあ」
「間違ったことはしてませんけどね」
休日の役所の受付で、人間の姿に化けたプラ子が、占い用のカードを並べる。厄介事が多いこの頃、先のことを見ておこうと思い、呼んでおいたのだ。
「でも驚きましたよー。こっちのクタベは猪じゃないんですね」
「どうもそうみたいだな」
妖精の国のクタベは、外見の変化を遂げていないので、ミトラスが昔に見たっていう、図鑑そっくりの姿らしい。
分布によって、外見が大きくことなるっていう話、なんだけど。
「しかしどうやったらあんな、凶悪な生態になっちまうのかね」
「幻獣は元々精霊ですから、人々や仲間の負の感情を吸収して、変質することがあります」
「その辺は人間も変わらんが、巨大化まではせんぞ」
「恐らく仲間と負の感情を反復していたのでしょう」
不満のエコーチェンバーにより、凶暴化したのか。こうして考えると、人間社会も畜生道だな。
「そうか。ともあれ街の姿を無難に示せたことは、良かったと思う」
街には再会を祝して、或いは傷心からか、数日の間泊まり込む人も多かった。
魔物の街というものへの危機感は、ペットへの気持ちの前では、大したことではないようだ。
水道管の修理も半分が終わっていたから、危ない所で危ない事態を免れた。
「悪印象でなければ大丈夫ですよ。学校の経営だってそれが一番大事ですし」
本職が校長の妖精がケタケタと笑う。
こういう不真面目な態度が、妹の癪に障るんだろうな。
「サチウスさん、札を引いてください」
「ん」
プラコは金色の髪をかき上げてから、懐から髪と同じ色のサイコロを取り出す。そして瞳の色が、水色から赤へと変わる。
「コロリンチョっと」
「なんだいその掛け声」
「運命の女神の名前です」
「要は験を担ぐのね」
運の良い奴は女神と言い、悪い奴はビッチとか糞女と罵る。神様の難儀さを端的に表す一柱だ。
そして出たのはピンゾロの赤い目。
「以前も出たような気がするぞ」
「出目が極端な人は、女神の使者という言い伝えがありますね」
出目芸人はビッチの使いっ走りか。
女神のオラクルと言えればどれほど恰好が付いたことか。
「えーと札は、虹の架け橋っと」
「どういう暗示があるんだ」
「虹の架け橋は夢へと続く道を示してますね」
「おお、在り来たりだが珍しく良さそうじゃん」
ピンゾロのことは一先ず脇に置いとくとして、前途が華々しい感じがする。
「そうですね。この札は確かに、前途が夢を叶えられる道に在ることを示しています。ですが橋の色が様々であるように、波乱に満ちていることを意味します」
「ああ、そういう」
夢を追うということは、目標に挑むということである。これ程過酷な人生設計は他に無い。
「さっきの出目を考慮すれば、前途は多難に次ぐ多難と言った所で、賭けにならない程度には、困難でしょうね」
「うーむ」
控えめに言ってもろくでないも結果。
俺は腕を組んでサイコロを見つめた。赤い目が二つ。
「蛇の目って言うけど、赤いしウサギの目っぽいよな」
「たまにそういう人もいますよ」
ウサギかあ。
「やっぱ止めとくべきなんだろうな」
「何か心当たりが」
「うん。実を言うと」
俺はこれまでに起きたクタベ騒ぎについて、こちらの内情を掻い摘んで話した。
「ミトラスもここんとこ、気持ちが上の空っていうか」
「手の届かない問題から去るしかない。誰しも生きていれば、どこかで出くわす場面ですね」
「やはりペットとして、一匹失敬する程度に、しとけば良かったか」
でもなあ、クタベと再会した飼い主たちから、それはもうお礼を言われたからな。間違いなくやって良かった部類に入るんだよ。今回の俺たちの取り組みは。
ここまでは良いんだから、この先の畜産は止めとけってのが、たぶん占いの結果だと思う。
「それに一からやるなんて厳し過ぎるし」
「どんなお仕事もそうですが、安定化するまでは、犠牲がいっぱい出ますからね」
そこで実感湧くの止して欲しかった。しかしそう考えると、俺たちの手でクタベを余計に減らすのは、避けられたということだ。
環境破壊をせずに済んだ訳である。
「今回は勢いばっかりで、中身も煮詰まって無かったし、頓挫するならするで良かったのかも知れん」
岩場に向かってゴーサインを出せば、漏れなく座礁が待っている。
のだが。
「何を弱気なことを言ってるんだい!」
元気な声がしたので玄関を見れば、そこには目に輝きを取り戻したミトラスと。
「出ておじゃれ。隠れていても魔物は臭いで分かりまするぞ」
顔にドーランを塗りたくり、うちから無断で借りパクした制服に身を包み、烏帽子まできっちり被っていたのは、誰あろう公家のトッチー卿だった。
出て来いって言いながら入って来るんじゃない。
「トッチー卿、また何でここに」
「また会うたの。稀人の」
そしてその後ろからは、黒いウサギことミカドちゃんが付いて来る。玄関を頑張って潜る姿が可愛い。以前に比べて機嫌が良さそう。
「あ、こんにちは区長さん、トッチー卿」
「こんにちは校長先生」
「うむ。苦しうない」
実は偉い三人が挨拶を交わし、一拍を置いてからミトラスが咳払いをして、トッチー卿が頷く。
中断した会話を、そんなにちゃんと再開しなくていいから。
「麻呂が再びこの地に来たのは他でもない。クタベの畜産の件よ」
「え、でもアレだけ代わってやらないとか、色々と言ったじゃないですか」
あのとき真面目に怒られたの、結構堪えたんだけど。
「気が変わったわ。この上は麻呂自らが指揮を執り、クタベの畜産と養殖と紡績、全て仕切らせて頂く。勿論、愛玩用の提供も視野に入れての」
「こう言ってるけど、早い話がうちで起業してくれるってことなんだ」
「クタベの?」
「クタベの」
一体全体どういう心境の変化があったのか。困惑する俺に対して、目の前の公家は語り始めた。
「お主らには借りが出来たからの」
「借りですか」
「左様。大きな借りよ」
取り敢えず立ち話も難なので、椅子を二つ用意して二人を座らせる。
「お主らがクタベの飼い主を探さなんだら、麻呂はミカドちゃんと、こうして再び巡り合うことも、無かったであろう。また己の罪と向き合わず、償いもせぬ分際で、残りの一生を悔いて過ごしたであろう」
黒いウサギが伏せると。トッチー卿が頭を撫でる。
「そういやなんか綺麗になってますね」
「あわや恩を仇で帰して終わる所でおじゃった。苦界へと落としたミカドちゃんへの償いも、恩返しも、ようやっとこれから始められる」
もう下水に塗れて汚物を食う生活とはオサラバって訳だ。これだけは手放しで、良かったと言ってやれるな。
「家督も親類に譲り、麻呂もまた一人の人間に戻った。これからはクタベのために、命を賭けようと思う」
タマルと言いこいつと言い、どうしてこう狂人は意思が強いんだ。
「でも、本当に良いんですか」
「麻呂から始まった過ち故、この命のある内は、クタベにまつわる罪業、麻呂の名の本に行われるのが、相応しかろう。罰を受けるには、罪を犯す必要があるでな」
悠然と笑みを浮かべる公家の背中には、後光が差して見えた。変な言い方だが、死んだら必ず地獄に落ちるぞ、という意気込みを感じる。
「またクタベの飼育に関する多くのことは、既に下賤共から失われて久しい。この業を務められるのは、今はサラサ家を置いて他におじゃらん」
それはまあ、そうだが。
「とはいえこれは麻呂が個人の財産ですること。当家とは何の関係も、有りはせぬがの」
「心配しないでサチウス。実はもう書類を受け取ってあるんだ」
ミトラスはそう言って、机の上に紙束を乗せた。内容はよく分からんが、随分と綿密に計画を練ってあるらしい。
「クタベたちの観察から始める必要がある故、今しばらくは時が必要じゃがの」
「あの、ですがその、いつかはクタベを」
俺は言い淀んだ。肉として食う道もあるなら、つまりは屠殺する必要があるってことで。
「うむ。承知しておる。しかしの、クタベには人が必要で、麻呂は危うくクタベのための人を、絶やす所でおじゃった。そして人もまた、クタベを食することで、その世話に励めるというもの。遅かれ早かれというなら、麻呂が果たすが上善」
こういうときに役人というか、人間の側に立ってものを言うの、ちょっとずるいと思う。
いや言える立場だし、立場として言わないと、いけないんだけどさ。
「気遣いはありがたいが、一度は破れて棄てた夢。最早何人たりとて、この道は譲らん。この手がまた罪と血に染まろうとも、本望じゃ」
クタベの世話には人の手が要るし、人はクタベを食うからクタベの世話をする。畜産としては正しい関係である。
行き過ぎた動物愛護が、巡り巡って、畜産という人の営みに還って行く。
これは皮肉なんだろうか。トッチー卿は自分の過ちに気付いて、敢えて業を積むことを選んだ。何だか複雑な気分。
「そっか。じゃあもう何言いませんよ。そうだプラ子、折角だからこの人のこと、占ってやってよ」
俺は自分が占ってなかった月の持ち越し分を、使っても良いと言い含めて、妖精の占い師に頼んだ。
「ええ、いや、構いませんけど」
「ほっ丁度良い余興じゃ、宜しく頼みまするぞ」
「じゃあこの札を引いて頂いて、コロリンチョと」
鬼が出るか蛇が出るか。一転地六の黙示録。
トッチー卿の占いの結果は、俺と同じく虹の架け橋だった。しかし。
「お、六ゾロ」
「これは大丈夫そうですね」
「縁起が良いのう、のうミカドちゃん」
「ぷー!」
それからしばらく、プラ子はサービスで、トッチー卿の占いを続けた。ちゃっかり自分の売り込みもして。
「なあミトラス」
「なあにサチウス」
俺はそれを見ながら、席をミトラスの隣に移す。
「よかったな」
「うん……そうだね」
豚や鶏はペットにも出来るが、基本は食用というのが社会通念である。クタベの見た目が猪みたいなままだったら、豚の延長として見られたはず。
羊や食用のウサギだっているけど、地域や自分の人生に浸透していないと、色々と精神的にはきつい。
「上手く行かないものだと思ったけど、でも、今はやって良かったと思う」
世の中には慣れ以外では、決して軽減できない負担があることも、改めて分かった。
「人に押し付けちゃって、ほっとしてる。酷い話だけど」
「気にするな。俺もそうだよ」
自分で決めた道とは言え、迷うことも、逃げ出したくなることもあるだろう。
俺だって学生生活で、何度そう思ったか分からん。
「風任せに流されるしか、無いときだってある」
一からやろうっていうのは、大概無茶だ。身も蓋も無いことだが、知識や技術がある人に頼めるなら、そのほうが良い。
それに結果論で見ても、クタベの一部は飼い主の元に帰せて、畜産も業者を誘致出来た。
「上手く収まりそうだし、今回は良いんじゃないか」
「そうかな」
「そうだよ。満点が取れることと、満足が出来ることは同じじゃないんだ」
「うん、そうだね」
ミトラスは黒いウサギとトッチー卿を見て、眩しそうに眼を細めた。
たぶんクタベを全部、飼い主の元に帰してやりたいとか、それで畜産が頓挫すればいいなとか、思ってたんだろう。
でもそうはならず、代わりに人がやってくれるとなって、胸を撫で下ろして、自己嫌悪して。
「力が強くっても意味のないことなんか、山ほどあるんだね。こういうときはいつも痛感するよ」
こいつも成長したもんだ。
「僕ももっと頑張らないと」
「じゃあ俺はもっと楽をさせてやる」
そう言って、お互いに目が合う。何も言わずに、苦笑が一つ零れる。
気付けば夏も過ぎて、もう秋だ。
俺もまた一つ年を取った。
きっとこういうことが、この先何度もあるだろう。そしてその度に、こんなやり取りをしてるんだ。
いつかは終わりが来るとしても、そのとき俺は、こいつと笑い合っているんだろうか。
「凄いですね、嘘みたいに運が良いですよあなた!」
「ほっほ、ミカドちゃんの加護に違いあるまいぞ」
「ぷー」
「あれはあれで幸せそうだよな」
「僕たちも見習わないと」
「それはしなくていい」
などと言いながら、俺たちは寄り添う二人を、何も言わずにしばらくの間眺めていた。
子どもみたいに笑うトッチー卿と、穏やかな顔をしたミカドちゃん。
やるせない場面もあるけど、あの二人を見ていると、飼い主探しをして良かったと、そう信じられるような気がした。
<了>
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