・Shadow Run
・Shadow Run
神無側は元々九つの区に分かれていた。それが統廃合の末に、現在七つ。群魔の左隣の屠殺は、群魔区妖精町に、一方右隣の偽腐は、群魔区竜人町へと生まれ変わった。
地味にマップの下は全部うちらのもんだぜぐへへ。
神無側の外には法律上、魔物は出られないんだけどね。
ちなみに神無側九分割マップの右側は、海に面しているので、竜人町にも港がある。でも今は関係ない。関係があるのは妖精町のほう。
「あの、タニヤ校長」
「はい……」
俺の目の前にいるのは、手乗りサイズの妖精さん。名前はタニヤ・アールヘイム。妖精町にある妖精たちの学校の、校長先生である。
そう、ここは妖精学校の校長室。ぱっと見小学校にしか見えない施設けど、何時まで通うのかは知らない。
「今日はちょっとお聞きしたいことがあって」
彼女はここともまた違う異世界、妖精の国の王族でもある。プラチナブロンドの縦ロールで、翠玉のような色の瞳。大きな黒縁の眼鏡の力で、大きな瞳が余計大きく見える。最後にトンボのような翅。
「この依頼なんですけど」
「はい……」
タニヤ校長は、すっかり気落ちした様子で、声も弱り切っていた。普段はうるさいくらい羽音と声を出しているのに。
「依頼の説明はここでとの話だったので」
「お見苦しい物をお見せしました」
先日の学生募集の依頼へ、興味と警戒も半々に、俺は首を突っ込んだ。
どうしてと言われれば、一つは好奇心。依頼は通常なら、冒険者ギルドでされる。だか特殊な事情の物は、現地で依頼人に聞いて貰う場合も、中にはあるらしい。
話を聞くだけでいいから、俺も一度そういうのを味わってみたいという、要は下心である。
そしてもう一つは。
「いやね、これが法律に触れないのは確認済だからいいけど、その、どうしたの」
思わず敬語が出なくなる。
もう一つの理由とはつまり、心配である。
現地というのはここ、妖精学校で、依頼人というのは、目の前の校長妖精さん。一気に他人事の距離ではない案件が、発生してしまっていたのだ。
「身内の恥ですわ」
タニヤ校長は蚊の鳴くような声で呟いた。
一応俺の安全も、話を聞くだけならまだ保たれる。その上で、自分の知り合いが何か、言葉にできないヤバい状況にあるのでは、という不安があった。以前お世話になったこともあるしな。
ただこれだともう、依頼じゃなくて世間話だよね。話を聞いて帰るだけなら、どっちでも同じだけど。
「恥というのは」
「他言無用で、いえ、依頼の説明ですから、同じことですわね。サチウスさん、私の実家が太いことは、ご存知でしたわよね」
そういう言い方する人初めてだなあ。
「ええ、妖精の国っていう所のお嬢様だったとか」
「はい。事の発端は、そこでの受験を巡る不正でしたの」
受験での不正。裏口入学や替え玉受験みたいな。知らぬ間にとはいえ、替え玉受験で冒険者になった俺には、耳が痛い話だ。
「身内の恥、ということはご家族のどなたかが」
「はい、身内の経営している学校ですの」
そっちかあ。スケールでっけえなあ。
王族だもんなあ。運営母体にもなるか。
「その学校で不正があり、そのせいでまた別の問題が起きたから、生徒を雇うと」
俺の言葉にタニヤ校長は頷いた。学校側からしたらとんだ飛ばっちりである。俺も学校は嫌いだが、貰い事故は気の毒だと思う。
「順を追ってお話しますの」
そう言って彼女は眼鏡をクイっとした。この動作が癖なんだけど、やはりというか、動きに元気がない。
「私の親族が経営する、王立の大学がありまして。今年度も受験生がひしめいておりました」
王立妖精大学。一周して社会人向けの少女漫画みたいだ。社会人だっつってんだろ。
「試験の内容は筆記と実技の両方で、事件は筆記で行われましたの。両方で必要な点数を取らないと、勿論合格にはなりません。ですが」
「筆記で何かがあったんですね」
タニヤ校長がまた頷く。そして眼鏡が傾き、またクイっとする。困ってる所悪いけど、大変愛くるしい。
「試験官たちが結託して、生徒たちを全て落としてしまったのです」
体は小さいクセにやることが一々デッケェんだよお前んちよお!
俺は喉まで出かかったツッコミを堪えて、続きを待った。本当に大事だから茶化してはいけない。
「どうしてそんなことを」
「王立大の講師は宮廷付きの魔法使いですの。そして宮仕えの彼らには、後進を育成する義務が課せられます。定期的に」
「教鞭を振るうのが義務」
「私たちはこれを義務教育と呼んでおります」
やっぱ幾つになっても勉強は嫌だなって実感するわ。
「文化も知識も積み上げていくものです。ですから若手の育成は欠かせません。そして人を育てる技術や知恵は培うには、人を育てて行く時間を置いて、他にはありません」
熱心に理念を語る校長は教育者の鑑だが、周囲はそうも行かなかったと。
「ですが現実は厳しいですわ。宮廷魔法使いにも競争や序列はありますの。入れ替わりだってあります。もっとも、その座を追われた人の生活は保障します。ただ先生方には別のお考えが」
「そもそも後続がいなければ、ということですな」
「ええ。此度の試験官は、あまり素行や成績の良くない人たちで、まとまっていましたわ。だからこういうことが、その、起きてしまったのかと」
俺はふと『選挙に勝つのは票を投ずる者ではなく、票を数える者だ』というアカの糞みたいな名言を思い出した。
関係ないがこういう所は『事件にしなければ事件にならない』という、日本の警察と通じるものがある。
「それでどうなったんです」
「既に調べは済んで、大半は免職か懲役となりましたけど、問題は受験生と学校ですの。受験生たちには謝罪し、本来の試験結果を送付した上で、試験の解説を送り、もう一度試験を受けて欲しいとお願いしました」
事実上の無条件降伏である。試験に落ちていた奴でも、間違ってた箇所を直せば受かる。思わぬ幸運である。
「結果的に皆さんは再び試験を受けてくれまして、でも」
「でも」
「合格しても、入学してくれる人はいませんでしたの」
ああ、試験官の不正によって追放された、受験生たちのざまあが、学校に突き刺さった形なのか。こういうとき責任者は辛い。
「八方手を尽くしても、定員割れは避けられませんでしたの。それで」
「生徒を買い戻すような真似を」
タニヤ校長は顔を赤くして俯いてしまった。何も彼女が悪い訳でもあるまいに。
「この状況を甘んじて受け容れるならまだしも、こんな真似をして。でも身内からの頼みも断れず、こんなことを。私恥ずかしくて、子どもたちに顔向けできません」
そこまで言うと、タニヤ校長は俺の手の上で泣き出してしまった。困ったなあ。色々と困ったなあ。
話をまとめると、タニヤ校長の身内が経営する大学が、講師の不祥事で入学者が激減し、定員割れした状況を埋め合わせるため、依頼の形で生徒を買い漁るような真似をしているってことか。
「あの、そういうことなら、定員割っちゃってもいいんじゃないすか」
「私もそう思います。でもこの制度を途切れさせたくないと、代わりの講師の手配もしてしまったそうで」
妖精だけあってフットワークが軽いけど、気も早かったようだ。最終的な生徒の数見てからやれよと思うが、そのとき人員の手配が間に合うとは限らないし。
人的配置の調整って難しいよね。俺は一バイトで済んだけど、使う側は本当に頭を悩ませることだと思う。
だからって今度は講師に仕事をさせるために、生徒を欲しがることになってるのは、本末転倒だと思うけど。
「サチウスさん、助けると思って入学してくれませんか」
「俺も働いてますし、この上就学するのは」
「そこを何とか。ここは人間の世界だから合法ですよ」
「地元じゃ違法なんでしょそれ。第一今の俺は冒険者で」
「サチウスさん! むしろ学生のほうがよっぽど冒険者なんですよ! 挑戦して、課題に臨んで。社会的には冒険者こそ学生と言ってもいいくらいですわ!」
そういうマウントの取り方ってある?
いやフォローかこれ。どっちだ。
「でも俺の頭じゃ入ってもすぐ退学ですよ」
「それは、何とか頑張って貰って……」
トーンダウンするなよ。事実俺のかしこさの伸びは悪いけど、無責任でも知らなくてもいいから、そこは心配要らないとか、俺なら出来るくらい言って欲しかったぞ。
「ともかくお願いします!」
「うわあ、分かった、分かったから落ち着け!」
頬を俺の手に擦り付けてうにうにする後ろで、虫の翅が猛烈な勢いでブウゥーンっってなる。怖い。すごい怖い。
「一旦帰って、ミトラスと話し合って、それから他にも声をかけてみますから」
「はい、よろしくお願いしますの……」
やっとの思いで、どうにかタニヤ校長を手から引き剥がした俺は、妖精学校を後にした。全く、こいつは大変なことになったな。
仕事を抜け出してまで、様子を探りに来た甲斐があったってもんだが、結構な大事件である。憔悴した妖精なんてものを見てしまうと、力になってやりたいとは思うが。
「とは言ってもどうしよう」
大学レベルの知能のある奴なんて、群魔じゃ数えるほどしかいない。そもそも募集をかける場所が、間違っていると言わざるを得ない。
「取り敢えず上に報告しておくか」
そう予定を決めて俺は役所に戻った。
「ということなんだよミトラス」
「そっか。はい始末書」
そして早速与えられた新しい業務を、一先ず片付けることになったのであった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




