・幻獣クタベとの遭遇
・幻獣クタベとの遭遇
「クタベというのは一般的な動物や魔獣と異なり、精霊が土着化して、実態を伴うようになったもの。言わば幻獣の一種ですね」
そう言うのは農作業用の服を着込んでいるウィルトだ。まだまだ残暑の厳しい折でも、汗一つかいてない。
「精霊と幻獣ねえ」
我々は現在週末の日曜日を返上し、ここ魔王城地域の調査に来ていた。奥へ入れば入るほど、砂埃が舞う荒野が広がっている。
かと思えば外周は人の侵入を拒むかのように、森が広がり土地の起伏も激しい。天然の要害とでもいうべき場所が点在しており、これが非常に歩き難い。
まとまった軍勢を置くことは出来ないが、同様に数の優位を活かせないようにもなっている。いかにも魔物向け。
「精霊が発生する要因は様々ですが、クタベは人々の、厄払いを望む心の表れだと言われています」
「その手の話って結構あるよな」
合いの手を入れつつ、俺たちはその幻獣が目撃された辺りを歩く。暑い。ジャージ姿の俺がこんだけ汗に塗れているのに、同行者たちは皆して平気そうだった。
「そうですね。海なら海神信仰と結びついたアマビエ、空なら天神信仰と結びついてウグイスがいますね」
陸海空で無病息災を司る精霊がいるのか。
「神様って、以前パンドラがいるって言ってたけど、宗教も沢山あるのか」
「いいえ。どれも一発逆転教ですよ。一つしかないです」
「そりゃ宗教は大概そうだろうけど」
街で教会やってるこの邪神官。たぶん人間が言う神様の類は、毛ほども信じてないんだろうな。
「あくまでその土地の人間の好みに合わせたり、分かるように在るというだけで、道徳的には大事な違いなんて、ありませんからね」
この控え目ながらも、敵意や軽蔑を隠さない所に、根深いモノを感じる。
「そんなことどうでもいいです。それよりもクタベ!」
先日ゴブリンキング経由で手に入れた、クタベの絵。ミトラスはそれを手にしっかりと握ったまま、ずっと辺りを探している。
俺が小さい頃のジャージを着ているので、ペアルックと言えなくもない。
「どうしてここにクタベがいるのか分からないけど、いるなら追い出さないと」
「なんで。気持ち悪いから」
クタベの絵は猪みたいだったが、妙に目が多いのだ。
奇形なのかな。体に目があるとか不便そうだが。
「クタベは厄払いの精霊ですからね。私たち魔物にとっては害獣ですよ」
「なるほどな」
この世界だと、だいたい人間を殺せるくらいで、魔獣扱いされるようだ。魔物から見た魔獣が幻獣ってことなのかも。
「大きくなると小屋くらいになります」
地球の海外の動物にも、日本では考えられない大きさの動物がいる。況や異世界をや。
「それで何故キングは落ち着いてたんだろ」
「ゴブリンは厳密には妖精族です」
この世界には本当は『魔物』などという種族はいない。人間が都合でそう言って来るだけ。だからまあ種族が人間以外の、知的生命体は全部魔物って感じだ。
「精霊の中でも人の心を色濃く反映した者は、人間が思っている魔物と対立しがちですが、私たち妖精族は幻獣とは基本的に敵対しません」
「なんで」
「さあ、一説には妖精の祖先もまた精霊だったとか、妖精族には精霊の血が混ざっているからとか、そんな話もありますね。確かめたことはありませんが」
こうして見るとゴブリン連中は、個別の力が弱い以外は、人間メタみたいな所があるんだな。
「じゃあ妖精族に任せればクタベも飼えるのか」
「え、飼う? クタベを」
その辺の藪に分け入っていたミトラスが、キョトンとした顔をこちらに向ける。すげえ意外そう。もしかしてクタベって凄い猛獣なのか。
これまでに下水兎みたいなのを見た後だから、内心そこまでとは思ってなかったんだけど。
「そう……ですね。不可能ではないでしょう」
ウィルトが思案気な表情で、顎に手を当てる。
うーん、銀髪碧眼美少年風エルフ。
「幻獣とはいえ獣ですからね。うちで家畜化して見るのもいいでしょう」
俺は捕まえてペットにするくらいのニュアンスで言ったんだよ。そういう発想がいきなりスッと出て来る辺り、この邪神官は怖い。
「まあそれも本当にいればの話ですが」
「中々見つかりませんね」
なんだか見つけないほうが良いような気がしてきた。
野生の動物である以上、俺たちを見て危険と思えば逃げるだろうし、いっそそのほうが。
――グィィィィッ!
「何だよどうした!」
「獣の悲鳴だ。もしかすると」
「クタベが狩ったか狩られたか」
こういう願ってないときに限って、当初の目的が達成されるの非常に困る。とはいえ見つけてしまった以上、行くしかあるまい。
「いた。あそこ!」
「アレか」
続け様に聞こえる悲鳴に走るミトラスとウィルト、よく音の出所が正確に分かるな。
などと思いつつ走ると、何やら森の中に、白い塊が二つほど視界に入った。二匹いるようだ。
白?
もこもこしてるぞ。
絵に色は塗って無かったけど。
白い毛むくじゃらの猪なのか。キングじゃないほうのゴブリンみたいな。
アザラシやペンギンの子どもも、小さい内は産毛が生えてるし、俺の先入観ってだけで、白い猪なのかもしれない。
そう思ったんだけど。
「なあアレ兎じゃね」
いや兎か?
ロップイヤーみたいな耳したアンゴラウサギ。
いやチンチラにも見えるな。
「絵にあった猪とは似ても似つかんぞ」
「別の動物でしょ」
そうか。そうだよな。幾ら何でも違い過ぎるもんな。しかし流石に野生動物だ。大きさが人間の子どもくらいあるぞ。
「いえ、見た目が昔と大分違いますが、アレはクタベです。腹回りをよく御覧なさい」
「腹? 本当だ目がある」
「アレは目ではありません。そう見える結晶なのです」
結晶って爪とか角栓みたいなものか。
「あの目のようなものは、クタベの特殊な分泌液で出来ており、何処から見ても自分を見ているように見える、不思議な構造物なのです」
「流石先生は何でも知ってるなあ」
全くだ。連れて来るのが別の奴だったら、ここまで説明は出て来なかったに違いない。
「でもそれだと絵を描いた奴は何を見たんだ」
「お腹の目の数とか、四本足は合ってるね」
「鼻が大きめですし」
もしかして角みたいなのって耳かこれ。
上手に描けなかったのか。でも責められはしない。
……綺麗な挿絵と下手な挿絵を用意して、同じ物だと分からなくさせるっていうのは、ミステリーのトリックに含まれるんだろうか。今はそんなことどうでもいい。
「ぷうぅい!」
兎改めクタベが鳴く。片方が噛みついて毛を毟っているのだが、痛いんだろうな。
「もしかして交尾の最中なのか」
「その割に周りをチョロチョロしてるよ」
俺たちが近付いていることにも気付かないくらい、クタベは仲間の毛を毟ることに必死だった。綺麗で滑らかな毛並みは、無残にも引っこ抜かれ、たまに血が滲んでいる。
「どうしてあんなことを」
さっきまで勢い込んでいたミトラスが、一転して悲しそうな顔をする。毛で丸まった二匹は片方が禿げて行き、もう片方は毟った毛で更に丸まって行く。
「げっ。げぷ、げ、げポ」
「なあ、ヤバイんじゃないか、アレ」
「口に入った毛で窒息しかけていますね」
クタベは息も絶え絶えになりながら、仲間の毛を毟ることを止めない。片方の毛が半分ほどになり、大分涼し気になったとき、ようやく口を動かすことを止めた。
だが。
「げぽ、ごぷ、かふっ」
俺たちの見ている前で、仲間の毛を毟っていたクタベが倒れた。さっきまで痛みに悲鳴を上げていたほうも、今は気遣うように寄り添っている。
たぶん倒れたほうは死ぬんだろう。
毛玉を吐かせれば助かるだろうか。そう思って俺が立ち上がるよりも早く。
ミトラスは飛び出していた。
「あっおい!」
「ミトラス、待ちなさい」
俺たちの声も聞かず、彼は倒れたクタベの口を力尽くで開くと、そのまま中に手を突っ込んだ。
そして引き抜くとまあ、べちょべちょの毛玉が出るわ出るわ。他に何も食べてないんじゃないかってくらいの毛。全部繋がってる。いったい何メートル入ってたんだ。
クタベも体を痙攣させ、ともかく毛を吐き出し続けた。胃の中が空っぽになったとき、ミトラスの手が口から抜けて、じたばたと藻掻く。
「どうだ……」
駆け寄って様子を見ていると、クタベはしばらく咳き込んだ後、むくりと身を起こした。
消耗が酷いせいか、外敵みたいな俺たちがいるのに、しばらくは身動きが取れないでいた。
それでももう片方、子どもなのか番いなのか、もう一匹に連れられて、次第に離れて行く。
「まあ良かったんじゃねえの。偉かったと思うよ」
「うん、ありがとう」
ミトラスは何時に無く疲れた顔をしていたが、同時にほっとしていた。彼の視線を追うと、クタベが去った方向に、また無数のクタベたちがいるのが見えた。
「あんなにいるのか」
「これは考えないといけませんね。色々と」
ウィルトの呟きには、面倒事に直面した大人の憂鬱があった。助けちゃったけどもしかすると、俺たちにとって、害獣になるかも知れないんだよな。
「どうしようか」
尋ねてはみたものの、ミトラスは答えない。
ただただ眩しそうに、クタベの群れを眺め続けていた。
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文章と行間を修正しました。




