・怪しい依頼
今回長めです
・怪しい依頼
「よっし。こんなとこか」
「お疲れ様です。サチウスさん。少し早いですけど、休憩に入って構いませんよ」
役所の裏で藤棚を建て終えると、ユグドラさんが労いの声をかけてくれた。彼女は植物の魔物『アルラウネ』であり、女性である。赤いワンピース一枚の姿がとても煽情的。
見た目は若い女性だが、体色は緑で目は茶色、髪の毛は季節の花。体からケーブルみたいなのが伸びているが、これはというか、目の前の彼女自身が、根っこの一つに過ぎない。本体の球根は、地下駐車場にいるのだ。
「はー、仕事に復帰したのはいいけど、どうにも力仕事が増えちまったな」
なんで事務方なのに、こんなことをしてるのかというと、役所の外側は、中身と同じでスッカスカなので、外観整備も自前でやらないといけないのである。
放置されてた植え込みや花壇も、最近やっと様になってきた。
「ふふ、頼りにしてますわ、うちは女性職員が多いから」
「よく言うよ。大の男より強いのが大半なのに」
役所の一階では、お針子さんたちが糸を紡いだり、それで衣服を作ったりしている。家内制手工業みたいな感じ。
仕事道具を持ち込んで、今日も作業着やら肌着やらを作っている。
ユグドラさんはそういった魔物たちや、役所の職員たちを取りまとめるお局様。魔王軍時代からの、ミトラスの世話役でもある。
「でも背の高さや体の大きさが求められると、やはり厳しいですし」
「あーたが今の俺みたいなのを出せば良いだけでしょ」
俺は現代で巨人へと先祖返りを果たしたので、体の大きさを二メートル程度まで、変えられるようになった。
そのため力仕事だってこなせる。
そのためこんなことになってしまった。
「ところでサチウスさん。制服はまだでしたわね」
話をはぐらかしたな。
「ええ、こっちの姿だと着られないから」
当たり前だが、服のサイズは勝手に変わってはくれない。そのため役所の制服は着られないので、だいたいジャージか私服姿で過ごすことになる。
異世界の世の中では、まだまだワイシャツと背広が、社会人の共通制服みたいな通念は育っていない。育たなくていいけど。
「今こっちでも用意してるけど、やっぱり大きすぎると勝手が違うのね。もう少し時間が掛かりそうなですわ」
かつて群魔区役所の制服は、裾丈がいい加減なシャツとズボン、しょぼいローブという有様だったが、ミトラスが頼んで回ったことで、虫の魔物を始めとした、糸や毛で編んだ今の物に一新。
何故か平安貴族みたいな服が出来上がった。
しかし世の中は分からないもので、制服がカッコいいと、巷ではそこそこ人気を博している。防具としても実はかなり優秀で、ちゃんと買うと高級品だったりする。
「いっそ無くてもいいですよ。何も大事な行事とかに、こんな図体して行くこともないでしょう」
「そうかも知れませんが、あっても困らないでしょう。まあ私たちは有事の際には、巨大化しますからね。最終的に衣服は邪魔になりますし。でもそれはあくまで最後の話です」
「いや、ユグドラさん、普段から制服着てないですよね」
「根っこに服を着せるのは変じゃないかしら」
言われて見ればそうだ。人の形をしているモノと、意思の疎通が可能だとしても、目の前のこの人はいわば伝声管、電話の子機という部分でしかない。
ワンピース姿はルール無視というよりは、向こう側が妥協した結果だったのやも。
「ああ、じゃあ駐車場のほうに服を着せるのは」
「根っこに服を着せるのは変じゃないかしら」
同じ言葉を繰り返された。
「ああそっか~、どっちも根っこには違いないのか~! 面倒臭えなあ~!」
「ふふ、そんなに弱った顔しないで。折角こうして『促仰』の棚も無事に出来たんだし」
そう言って彼女は、俺が立てた藤棚を指差した。異世界では同じに見える物でも、名前が違うことがある。
例えば英語と日本語では、言い方こそ違えど、鍋とか皿の意味する所は、同じである。たぶんああいう形のもんだな。
「どういう意味なんです」
「花は皆、天を向きます。そしてこの花を見た者は、そのまま空を眺めるようになります。そこからそう呼ばれるようになったとか」
じゃあ植物や生き物の名前もそうかと言うと、そうは行かない。桜は『呼嵐樹』と呼ばれているし、相手がわざわざ日本語化してる訳でもないと思う。
だってユグドラさんは日本語なんか知らねえし。
「色々考えるんすね」
「まったく」
たぶん通訳の人が別言語を話せるけど、母国語で考えるとの同じ様に、俺の頭でもそういう風に認識しているだけだろう。ストームルーラーに嵐の支配者ってルビ振っちゃうような感じ。
異世界召喚でお馴染みの、ネイティブ級の言語習得という御業を以てしても、下地になっている部分までは、侵食しないんだな。
「人間って変ですよね。私たち植物系の魔物の、花や蜜についても、薬効だけじゃなくて、色んな話を作ってはくっつける。褒めたいんだか貶したいんだか」
話に尾ひれを付けて価値を出したいっていう、正に古典的な宣伝じゃないかな。
「薬効も定かじゃないときがあるし」
「そりゃぶっつけ本番ってことも多いでしょうよ」
旅先では治験が出来るほどの、数と環境は到底用意できない。その場で試して、判明したことしか言えないだろう。それだって個人差がある。未識別の草を食ったら、毒草が出ないことを祈るばかりだ。
「そうね。でも最近は薬草の図鑑なんてものも、出版されてるんですよ。人間の研究も日々進んでるのね」
「へー、意外」
「植物系の魔物の集団就職の結果なんだとか」
「へー、意外……」
そういう纏まり方かあ。
「ぼっちゃんの言う通り、冒険者証を取って良かった」
「魔物が人間の街で働く必須条件みたいになってますね」
まだまだ課題は残るが、こうして生きてますって報告を聞くのは、地味に嬉しいものがある。それにしても、そういう生き残り方があるのか。
「サチウスさんも持ってるわよね」
「ええ、この前鼠退治に行って、死ぬかと思いました」
「ここの鼠は他所よりも強いから、大変だったでしょ」
ああ、やっぱりか。振るいにかけるっていうけど、地方によって難易度が、イージーからベリーハードくらいまで差があるのか。下水にボスキャラなんかいる訳ないもんな。
「もう少し楽な依頼なら良かったと思います。無事に終われば楽しい思い出ですし。ただもう当分、ギルドには行かないでしょうね」
「あらどうして」
「請けるかどうかも分からない依頼のために、わざわざ兵業まで確認しに行くのはちょっと」
「依頼なら役所にも来てるはずよ。官報に載せるんだから」
「官報に、依頼を?」
「ええ」
ユグドラさんの言葉に、俺は考えようとして、止めた。
ここは聞くに徹したほうが良さそうだ。
「昔は人間たちが、こぞってギルドに集まったけど、今はもうそんなことないから、ギルドのほうから、お知らせしてくれるらしいわ。地元の役所で、依頼を確認できる時代という訳ね」
「世知辛いことこの上ないですね」
立場の悪化が殿様商売を畳ませ、利便性に繋がって行く。高い所から低い所へ、低い所から横方向へと広がるこの動き、何処にでもあるんだね。
「もしあればだけど、そろそろ郵便が届く頃だから、見てきたらどうかしら」
「そっすね。お昼がてら見てみます」
俺はユグドラさんと別れて、一度自室へと戻った。財布を持ってから役所を出て、建物の直ぐ近くに、確かに官報を載せる掲示板がある。
今までは自分とは関係ないと思って、気にも留めなかったけど、ここから確認出来たのか。
「どれどれ」
そこには確かに、先日出された薬草採取と、鼠退治の依頼書が貼ってあった。どちらも既に達成しているので、紙面には達成済みのサインと、判子が捺されていた。
自分がやった奴だとちょっといい気分だ。
『異世界探索※被異世界召喚者に限る』
うちの役所の地下には二つの顔がある。地下駐車場と、異世界行きの門。こちらの世界に召喚された者を、送還するのとは完全に別口。
ここから安全そうで、似通った世界を見つけて、冒険に行くのが、この街の特色の一つだ。行先がなく、だけども冒険をしたい連中がよく利用する。ミシェルとか。
内容を見るに、被召喚者を案内人にして、向こう側の物を取って来いって感じ。また出戻りになるが、俺も対象になるから、小遣い稼ぎにはなる。
『対戦相手募集中:詳細はトレーニングセンターにて』
群魔の特色の一つは、魔物と戦える闘技場、もといトレセンがある。こっちは冒険よりも、戦闘をしてたい人向けの施設だ。血の気の多い人類がよく来る。オーサンとか。
門とトレセンのせいで、この街の冒険者連中が、強いままなのが悩みの種になりつつある。
「今の俺なら人間相手だと結構行けんじゃねえかな。でも痛いのは嫌だし、見学で済ますか」
あとは草毟り、猫探し、地域の掃除、魚市場の清掃。ろくなものが無い。
でもこの街で魔物の素材取って来いって、話し合いで解決しなかったら強殺案件に直行するし、そうなったら警察(騎士団)が出張るから、やれる訳ねえしな。
「これが時代の終わりか、ん」
『求む! 学生雇用!』
「なんだ学生募集のポスターを間違って貼るなよっとに」
一目に触れて勘違いされても困るから、剥がしてミトラスの所に持って行く。彼は三階の総務室で、分厚い資料に目を通している所だった。ついでにお昼にも誘うか。
「おーいミトラス。これ張る場所間違ってたぞ」
「え、それはあそこで良いんだよ」
「これ学生募集のお知らせだろ」
この辺で学校っていうと、人間の学校と妖精さんの学校の二箇所くらいだけど。
「よく見てそれ。学生雇用って書いてあるでしょ」
「ええ、学生募集の間違いじゃ……ほんとだ。雇用って書いてある」
俺が剥がして持って来たポスターには、受験生募集の広告ではなく、学生を雇い入れたいという旨が、確かに書かれていた。
「これ、依頼なの」
「依頼だね」
「不正じゃないの」
「学校によるでしょ」
ミトラスは全く興味がないとばかりに、書類仕事を切り上げると、席を離れてトコトコ歩いて来る。
「お昼食べに行かない」
「え、あ、あーうん。そうだな。行くか」
理解が追い付かなかった俺は、彼と一緒にお昼ご飯を食べに行くことにした。しかしこの不穏な依頼が、俺の頭から離れることは無かった。
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文章と行間を修正しました。




