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・薬草採取と次への警告

・薬草採取と次への警告



 そして翌日。俺は近所の森へ薬草採取に来た。


 近所に森がある環境って中々珍しい。地元住民が野苺とか薬草を採りに来る場所、日本人としては馴染みが全くないけど、こうして改めて見ると感慨深い。


「改めて見ると、綺麗な森だな」


 区の境にあるここは、森というだけあって広く、そして小高い。坂や丘があり、それでいて鬱蒼としている、とまでは言わない。上を見上げれば青空が、木々の隙間を見れば、向こう側が見える。


 風の音、木々のささめき、鳥の声。一般人がピクニックに訪れていてもおかしくない。現に俺もジャージとリュックに運動靴だし。


「嫌なことがあったら、こういう場所で時間潰すってのもいいかも」


 独り言を零していると、周りに遮ったり紛れたりする音が無いので、自分の声が思いの外大きく聞こえて、内心でびっくりする。


 危険な魔物や野生動物はいないし、お話の中ではこれを嫌がる若造が後を絶たないが、何が嫌なのかさっぱり分からない。こんなにのんびり出来て、しかも小遣いまで稼げるというのに。


「街で暮らすと言ったって、街から出たいときもあるし」


 文明の暮らしにも相応の苦労と、不自由さがある。どこで生きようとも、その場所に見合った制限、束縛というものは発生する。


 だからこそ、俺みたいなのからしたら、こういう環境って大事だなと思う。


 こうしてトイレをするにも困らないし。


「ふう……」


 街中で漏らすのが許されないのは、異世界でも同じだ。しかし現代の地球と違って、こうして一歩街の外側に出れば、咎められることもない。


 元現代人の俺からすると、野ション野グソが許されてかつ人目がない、こういう状況は結構開放的。地球じゃトイレの個室は、場所も数も足りないくせに、いつも厳しく制限されていた。


 冬の寒さは基本的に便意や尿意との闘いである。

 急な差し込みに冷や汗をかくこと、一度や二度ではない。


 こうして自然の中で下半身を露出させることに、罪悪感や羞恥心を抱かずともよい。言わば赦しにも似た感覚が、人々に自然への回帰を促すのかも知れない。


 仮に茂みに隠れようと、誰かに見られるかもという、一抹の不安が付き纏ったとしても。


「水入らずの、火遊びって奴だな」


 お手軽に背徳が出来るんだから、キャンプが流行るはずだよな。言うなれば疲れた現代人の、心の緊急避難なのかも知れない。


「さ、行くか」


 俺はトイレの後始末をしてから、ジャージを穿き直すと、薬草採取を再開した。


「ミトラスが言ってた薬草ってのはアレのことだな」


 程無くして見つかったのは、淡く輝く緑色の葉っぱだった。線を引くように等間隔で点在しており、日光が当たっていないにも関わらず、陽の光を透かしたかのように、明るい色をしている。


 俺はギルドで貰った資料と実物とを見比べた。

 ミトラスが用意して提出したものと酷似している。


 どうでもいいけど、役所でもギルドの依頼を確認出来たらいいのに。毎回あそこまで行くの手間だし。


『薬草。二種類の以上の根を持ち、それぞれが異なる養分を集める。周りの植物に有毒な根っこで縄張りを形成し、あたかも結界を張っているかのように見える』


 説明の欄にはこう書いてある。依頼主は依頼について、詳細をまとめたものを、提出することもあるそうだが、この文を読む限りでは、結構邪悪な生態してるな。


『幅が広く肉厚な葉は、自然の中でも非常に抗菌で清潔。潰して貼れば、簡易の絆創膏や湿布代わりになる。毒々しい色の物が出始めたら、土壌が痩せた証拠。根にため込んだ栄養を放出し、しばらくの間は地上から姿を消す』


 へえ、こういうのってたまに見ると楽しいな。

 アイテム図鑑を眺めるときのあの感じ。


『なお早期に除草をする場合、薬草が輪っかになるように植えれば良い。根が邪魔し合い土壌に関係なく枯れる。根、花、蜜のどれにも用途があるため、乱獲は厳禁』


 最後に注釈で『※学名は別にあり、この薬草は群魔区近所に自生しているものです。』と書かれている。当たり前といえば当たり前だが、薬草にも種類あるよね。


 どくけしそうやまんげつそうだって薬草の一つな訳だし。


「これを茎の根元の部分から、ハサミでちょきんっと」


 薬草を保存するために、ちょっとだけ水が入った水筒に入れてと。後はこれをギルドに持っていけば良い。


「チュートリアルだけあって、一つでいいのが助かるぜ」


 そして森を抜け、再び兵業へ。


「お疲れ様でした。これにて依頼は完了です。こちらで責任を持って、依頼主の方に送り届けておきます」


「ありがとうございました!」


 受付のおじさんもにこやかで、俺まで嬉しくなってくる。やってることは子どものお使い同然だけど、その分子ども心が満たされるのだ。


 成人してもそういう気持ちを失わないこと、生きていく上でとても大事だと思う。



「ただいま! 仕事終わったぞ!」


 そんで数時間後、仕事が終わったミトラスにも報告をすれば。


「冒険者としての初仕事、とは少し違うけど、上手く行って良かったね」


 なんて保護者みたいなことを言う。


「いやあ、だって簡単過ぎるだろ。資料だって詳しかったし、あんなに工夫して貰ったら、誰だって出来るって」


「そうだね。でも、君が出来て良かったってことには、変わりがないんだよ」

「こいつまたそんな上手いこと言いおって~」


 なんてやり取りまであり、我ながらメチャクチャ燥いだ。


 本当に些細なことでも、初めて出来たことを、素直に褒められると、やる気がドバドバ出る。素人あるあるなんだろうけど、我ながら簡単な人間だな。


「あ、でもサチウス、次の依頼は難しいからね。十分に注意するように」


「鼠退治だっけ。生き物を殺すのはちょっと気が引けるけど、でもやるよ」


「防護服出しておくから、ちゃんと受け取って装備するんだよ。絶対だからね」


 ミトラスは急に態度を引き締めて、真面目な口調で言った。舞い上がってた気分が着陸してくる。


「そんなに危ないの」


「下水は不衛生だからね。それと中の魔物たちにも、君のことは話してあるから、手を出さないように」


 汚いし病気が怖いのは分かる。


「下水にも魔物っていたのか」

「いるよ。見た目は怖くても手を出しちゃ駄目だよ。絶対だからね。どうなっても知らないからね」


 危険な前振りだ。これが最近のRPGだとご丁寧にも、事前にセーブさせてくれたりすんだよな。地下っていうとゾンビとかスライムとか、蝙蝠とかキノコとかだろうか。


「鼠も十分魔物じゃないの」とは思ったが、言わずにおいた。ファンタジーではただの動物でさえ、猛獣と化しているケースがある。


 ミトラスが魔物と言ってないんだから、鼠は魔物じゃないんだろう。現地人の認識を無視して、区別を求めることは危うい。


「一匹仕留めたらもう戻っていいからね。念のため、他の人を連れて行ってもいいから」


「大袈裟だな。そんなに強い鼠だったら、俺の手に負えないだろ。あの、俺でも倒せるよね」


「一匹くらいなら、間違いなく」


 忠告が真剣そのものなので、俺も夕飯の手を止めて、姿勢を正した。さっきまで良い気分だったのに、もう次の仕事のことを、考えんといかんのか。


「改めてちゃんと話を聞いておこうか」

「サチウス。下水道は最も身近な危険地帯なんだよ」


 彼はそう言うと、俺に鼠退治をするための、注意点や気構え、今まで気にしたこともない、街の下水のマップ等を教えてくれた。


 もうすっかりさっきまでの戦勝的な空気はない。


「それこそ大袈裟じゃないのか」

「そう思うなら僕も付いて行こうか」

「あっいいですごめんなさい」


 思えばこの薬草採取と鼠退治、他人事として分析すると、良く出来ているのではないか。慣れない土地に行き、定かでない探し物をする。


 鼠退治は街に直帰できる下水道というダンジョンに潜り、不衛生、暗がりという悪環境を経験し、そして敵と戦うという要素が詰まっている。


 基本的なことだからこそ、油断をしないでしっかりねという、忠告なのではないだろうか。忠告とは相手が真に受けることを、前提にするものである。


 いや、これはもう警告と言ったほうが正しい。


「役所の目の前に宿屋があるでしょ。あそこで声をかけるといいよ。防護服は三人分まで用意してあるから」


「うん。分かった。ありがとう」


 かくして依頼は一つが終わり、次の依頼が始まろうとしていた。



 下水道に降りて、ドブ鼠を一匹殺す。



 文章に起こすとこんなにも短いものが、まさかあんなにも厳しい内容だとは、このときの俺は、夢にも思わなかったのである。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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