・進路を切り拓け
・進路を切り拓け
六月下旬の某日。妖精王国は本日祝日にて大学休校。
朝靄晴れぬ曇天の役場に、多くの魔物が集まっていた。ここは広死魔区。神無側市3×3マップの上段中央に位置する。
住民の大半が棄民めいた老人たちで、それももうほとんどいない。故にこそ、これからのことを考えれば、ここが彼らの拠点となるのだろう。
――オレは市場で買われた。お前は。
――妖精刑務所から。あんたは。
――私はギリギリでこの仕事に。勿論お金はありません。
一般公募、奴隷、囚人。方々で募った、魔王城開拓のための人員たち。早くも集まった連中同士で、自己紹介を済ませている。仲良くやってくれれば良いが。
「ギリギリで形にはなったな」
路線拡張は結局、許可を得るために一時的に、輸出用の商品を買い増すこととなった。
許可が取れ次第、魔王城向けの内容に切り替えるそうだ。
「果たしてこれからどうなることやら」
「色んな事に躓くんでしょうね」
隣で呟くのは、制服姿に身を包んだディー。
役所の制服は何故か和風の狩衣。
筋肉質な巨女が着込むと、まともに見えるのは服だけだ。
「何時かは魔物たちだけで、生きていける物を、手に出来れば良いんだが」
役所の制服は、魔物の素材をふんだんに使った高級品だ。しかし工業製品と違って、大量生産は出来ない。特産品だが、強みとまでは言えないのだ。
おかしな話だが、製品の質が揃うということは、その時点で高品質なのだ。高品質な物が低価格で売られているのは、どれだけ異常なことなのか。
現代と異世界の肌着を見比べると、結構如実。
出来が悪くて大差が無い≠同じ出来栄え。
「たぶん勉強をし始めたら、もっと人間みたいに、道具を使うようになるでしょ。生きて行く上ですることは、たぶん皆変わらないんじゃないかしら。体が違うから、道具の形や入れ物が異なるだけで」
「そうだろうな。一回知恵を付けてしまえば、違う生き物たちが、それぞれ違う生き方を送るなんて夢は、醒めちまうのかも知れない」
俺たちはいったい、何時まで俺たちのまま、生きていられるんだろう。
現代の地球では、人間社会には基本的に、人間しか存在していなかった。他は家畜か機械か愛玩動物。隣人なんていない。店か学校に行くときだけ、他人と自分が存在する。
「世の中が進んだら、俺たちに居場所はあるんだろうか」
この世界はどうなるんだろう。人型は残るだろうが、既にゴーレムがいる以上、やがて人力に取って代わるだろう。
少なくとも機関車が出来れば、魔物だって肉体労働の出る幕は減るだろう。
「自分たちで作って、育てて、守って、繋げて、それしかないわよ。それが出来なくなったとしても、気に病むことじゃないわ。どうしようもないことって、割りとあるから」
ディーはウィルトと血が繋がってない。孤児だ。他の兄弟は戦時中に出兵して、彼女以外は皆死んでしまった。
だからだろうか、時々達観した、諦観だろうか、そんな価値観が垣間見える。
「それはそうだろうけど」
「あ、いたいた。おーい!」
話の途中で差し込まれた声、振り向けばそこには、見慣れた猫耳とファンタジックな緑髪に、金色の目をしたミトラスがいた。尻尾は生えてない。
「二人共、見送りに来てくれたの」
「珍しいな。お前のが遅いなんて」
「他の人たちに、この方を紹介して回ってたから」
そう言う彼の視線の先には、年老いた一人の、ゴブリンらしき魔物がいた。
らしきというのは、俺の知ってるゴブリンとは、あまりにもかけ離れた外見をしていたからだ。
「こちら、ゴブリンキングのカンジさん」
ゴブリンというのは、犬と猪の中間みたいな顔をした、毛むくじゃらで緑色をした、人よりやや小型の獣人である。
一方こちらの方は。
「マスターだ」
「え」
「ボスでもドンでもキャプテンでも良い」
同じ要素は緑色ってだけだ。
肌はガサガサで頭だけはツルツル。毛は全く無い。黒目が小さく耳は尖り、子どものように背が低い。生え揃った牙だけが、良く言えば健康的。悪く言えば獰猛な印象を見る者に与える。
何だろう、現実のゴブリンと比べてリアルだな。別世界のゴブリンとでも言おうか。見た目が邪悪過ぎる。
着ているアロハシャツが絶妙に怖い。
「キングは駄目なのか」
「キングの場合は先に持って来い」
「キング・カンジ?」
「キングゴブリンだ。名前は止してくれお嬢さん」
ディーの言葉にそう言うと、邪悪な外見のゴブリンは笑った。笑顔が怖すぎる。残忍な笑みだ。
「もしかして、こちらの方が」
「狂人刑務所が隠していた目玉商品」
「くっひっひっひ。このワシが商品か。まあ良い。そういうことで、あそこを出たんだからな」
俺よりもずっと小さいのに、危険な匂いがする。
「話は聞いた。そっちのもう一人の姉さんが、ヒッサーの目に留まったそうじゃないか」
キングは笑って懐から煙草を取り出すと、口にくわえた。似合う。けどうちって煙草売ってる店あったっけ。
「看守さんとはお知り合いで」
「あいつは元々ワシの身内だ」
ヤクザのボスみたいな奴だ。素性と能力で決めたけど、早まったかも知れない。人柄を見ておくべきだった。
「最初は断ろうかと思ったが、こっちのお若いのもね、あんたの面を立てたいと何度も頭を下げた。何処の馬の骨とも知れん小僧めが。ひひ、ワシの復活劇にはささやかだが、小綺麗なのが気に入った」
「あ、ちょっとボス、それは言わない約束じゃ」
ミトラスが顔を赤くし、ばつが悪そうにこちらを見る。人目が無ければ遠慮なく抱き着いたり、押し倒したりしてる所だ。
「ちょっと待ってくれ。じゃあ死刑になるってのは嘘だったのか」
「いや本当だとも。ワシもそのつもりでいた。だから邪魔されんように、ヒッサーを置かせたのよ」
道理で。妖精の刑務所なのにリザードマンがいた訳だ。
「……当時のワシは魔王軍には属せず、一介の魔物として、仲間を率いて人間共と戦っていた。魔王軍が破れたと知ったときは、潮時と思い妖精の国に逃げ込んだがな、そこを人間共に目を付けられた。奴らはワシを捕まえて差し出さねば、次はお前たちだと言ったのよ」
煙草を盛大に吸い込み、口一杯の紫煙を吐き出すキング。遠くを見つめる視線には、何が映っているのか。
「あそこは戦時中、人間と魔物の両方から、疎開先として難民を受け入れていた。魔物はあまりいなかったが、奴らはこれ幸いと難民を押し付けて、最初から居座るつもりでいた」
「ありがちだな」
「人間のこういう所って却って安心する」
悪い人間の見本って感じ。
「だが妖精の国はそれを逆手に取った。国から出て行かんと、捕らえたワシを野に放つぞと、言い返してやったのだ。勝ったという空気に水を差されたくない、連戦したくない。そういう思惑からか、渋々人間共は去って行った」
魔物とはいえ妖精さんだからな。また戦争するなんてことになって、相手は身近な存在となれば、厭戦感情がマッハになることは確実。
「ワシとしてはまあ、古巣に迷惑をかけたが、上出来な終わり方たとも思ったからの。黙々と刑に服しておったのよ。だからこそ身内がワシを担ぎ出さんよう、腹心のヒッサーに来て貰ったんじゃ。看守になったのは予想外だったが」
そこまで言って、キングはまた一服した。
人生っていうか魔生って色々あるんだな。
「だがこうして再起した以上は、その気があった連中には頭を下げねばいかんな。手を貸してくれる者が一人でもいれば良いが」
「かつての仲間たち、ですか」
「そういやそっちはどうなったんだ」
「人間共との戦雲の兆しが迫り、王家は慌てて募兵を始めた。そのとき戦える者なら尚良しと、前科を不問にしてな。どさくさに紛れてカタギになったはずだ」
図太え。雑草か外来種かってくらい図太い。
「なあミトラス」
「なにサチウス」
「この人も農奴なんだよな。そんな待遇で大丈夫か」
「部下を率いたことがあるんだよ。平は逆に失礼だよ」
彼はそう言うと、キングには名主を任せると言った。要はお庄屋さんね。鳴り物入りだけどいいのかこれ。
魔王城の開拓はミトラスの個人事業だから、悪いってことは無いんだけど。
「何、自分で乗りかかった船だ。もう一旗揚げさせて貰うから、今後ともよろしく」
目の前の毛色の違うゴブリンは、邪悪な笑みを浮かべると、煙草の火を手の平で揉み消して、懐に仕舞った。
「あ、キング。そろそろ挨拶に行かないと」
「もうそんな時間か。分かった。じゃあなお嬢さんたち」
ミトラスにそう言われて、ゴブリンキングならぬ、キングゴブリンのカンジは去っていった。この街に集まった人や魔物たちが、これから北を目指して動き出すのだ。
――全員こっちを向け! ワシらの雇用主からご挨拶がある!
「自分で選んでおいて難だが、本当にこれで良かったのか」
「集まった層を考えると、清廉な魔物は逆に避けるべきね」
悪名も名の内か。堅気の立派な奴だと、妬まれたり舐められたりする恐れがあると、ディーは遠回しにそう言っているようだ。
良くない環境に馴染んだ奴を使うには、恐怖と暴力くらいしか効果が無いからな。
「失う物がない連中には、恐れと痛みを与えないとね。でないとどんどん怠けるし、逃げるから」
「ミトラスには出来ない役目か」
通りからぼーっと酒場を眺めていると、開拓者たちへの挨拶と演説が始まった。キングを見てからミトラスを見る彼らの表情は、確かに安心と侮りの色が見えた。
今回は上手く行ったし角も立たなかったけど、釈然としない。完璧な仕事というのは難しいものである。
「大丈夫かな」
「後は祈るしかないわ」
神無側の明日と、彼ら自身の人生の、やり直しを賭けた大仕事が、これから始まろうとしている。
「晴れたな」
「そうね」
曇天が道を空け、眩い日差しが大地へと差し込む。瞼を開けた太陽が、熱を伴った視線を投げかける。
この夏の訪れは、果たして俺たちに何を齎すのだろうか。
<了>
この章はこれにて終了となります。
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文章と行間を修正しました。




