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出戻った!魔物のレベルを上げるには!  作者: 泉とも
魔王城を取り戻せ!編
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・思えばあれは大事業

・思えばあれは大事業



「そうか、そんなことが」

「ごめんねサチウス」


 刑務所見学から戻り、ミトラスと合流した俺に齎されたのは、何とも胃酸が増えそうな話だった。


 今回は誰とも角を立てずに、上手いことやってやったと思った矢先、暗い顔をしたミトラスがやって来たのだ。


 俺に事情を説明する間にも、泣き出しそうだったので、人気のない席へと移った。抱いたり背中を擦ったりしていると、どうにか落ち着いてくれた。


「僕は自分が不甲斐ないよ」


 小声でそう言うミトラスは、耳がぺっしょりと閉じて俯いてしまった。無理もない。実の祖父のように懐いている相手に、借金を負わせたのだ。


 いつかお前の物になるからねって、子どもの名義で家を買う。それも子どものせいというか、為というか、とにかくそれで親が借金をするのだ。


 ただ親がローンを組んで買うだけの所に、一手間を加えただけで、こんなにも絵面が苦しくなるのか。


「まあでもさ、こんなこと言うと悪いけど、実の親子じゃないし、私物として買えるもんじゃないし。市長がよくやったと思うよ」


 ここで市長は立派だと持ち上げておく。ミトラスは自分が褒められるのも好きだが、自分の好きな人が褒められるのはもっと好きだ。


「確かにね。これは市長にしか出来ない策だよ。だけど捨て身の策だ。僕は今日ほど人の心が、ここまで重く感じられたことは無い」


 その言葉はたぶん本当だろう。ミトラスにも関わらず、さっきから講義の内容を、全然ノートに書いていない。心ここに在らずといった様子だ。


「そっか。でもさ、これで終わりじゃないだろ」


 必死こいて両方に耳を傾けながら、板書やレジュメに手を動かしている、この俺の苦労を誰か労え。


「市長にもおなじことを言われたよ。しっかりしなきゃって思う。ただね、魔王城を取り戻しても、そこから街を起こすのに、どれほど時間が掛かるか」


 これは重症だな。そりゃそうか。誰だっていきなり初期の北海道なんか渡されたって困る。食糧の大量生産に到るまでは、大量の犠牲が必要だった。


 うちには重機も農機もプラントもない。全部これから。広大な白いキャンバスに、借金返済計画を描き込む。これこそ不毛というものだ。


「君も気付いてると思うけど、魔物たちには独自の文化はまだない。市長はしばらくは大規模な農場にして、農奴を募れというけどさ。元人間の魔物たちも、そうそう都合よく大勢は集まらないよ。定員割れだ」


「確かにな。未だにフラフラしてるような輩が、今更何しに来たってむしろ不安になる」


 板書された文言を、レジュメの指示された箇所に書いて、ミトラスに見せる。


 よし、ぼちぼち講義に意識が向き始めたぞ。


「もとはと言えば、たかだか外に出るだけなのに、どうして僕たちばっかり」


 泣き言に恨み節が混じり始めた。切り出すならここだ。


「俺もそう思う。だから今回は、俺も真面目に働いてるんだぜ。ほら」


 会って直ぐ渡そうと思ってはいたが、渡しそびれていた数枚の資料。刑務所でまとめて貰った魔物たちの表。そして、とっておきの人材。


「これ何」


「刑務所に行って、奴隷相当の魔物を見繕って来た。少しは役に立つと思って。奴隷市場のほうは、明日にも行くよ」


「サチウス……」

「余計なこと、なんて言うなよ」


 馬車に一人、路線は一日一本と言えど、交代要員は要る。だから路線増加で四、五人は要るし、馬車代わりの大型魔物も思ったよりいて助かった。


 何よりヒッサーが紹介してくれたのが。


「この人、ゴブリンの」


「らしいね。戦時中人間相手に随分やり合ったそうで、最後は妖精の国で捕まったそうだ。刑の執行が近い。ミトラスはそっちと会って欲しい」


 世にも珍しい、農業をやるゴブリン。

 それが刑務所で聞いた、その魔物の素性。

 自前で畑を拓けて、生産力もある。


 今の神無側、いや、これからの神無側と魔王城にこそ、必要な人材だ。まだ未確定だけど、そうだったらいいなあ。


「……ありがと」

「ん」


「こんな風聞の良くない所に行ってまで、あちこち駆けずり回ってくれて」

「大袈裟」


 ミトラスは力なく呟いた。さっきまでの震えや憂いは、少なくなった気がする。


「俺には責任なんか取れないんだ。お前のほうがよっぽど大変だよ」


 昔ドラクエⅣを遊んだとき、一番デカいことをやったのは、トルネコじゃないかと思ったことがある。


 二国間の戦争を出汁にして商いをし、その挙句梯子を外して戦争を回避させ、国をも動かせるような大金で、山を繰り抜いた。


 その後大灯台が、船を沈める呪いの戦略兵器に改造され、集った勇者がこれを阻止する。ここだけ話の規模が、何だかおかしいのである。


「お前はお前にしか出来ないことを任されてるんだ」


 その勇者が集まれたのも、ついでに戦うことになったのも、トルネコのせいであり、おかげである。


 一介の商人が裸一貫から身を起こし、世界を動かし、結果的に世界を救っているのだ。


 思えば俺とミトラスの馴れ初めも、市長がミトラスの尻に火を点けたからだった。俺たちは自分の意思で動いているように見えて、もっと大きな動きに流されていることが、決して少なくない。


 あの禿げ爺に導かれたと思うと、些か癪だが。


「俺に出来ることは誰にでも出来る。大したことない」

「そんなことない。そんなことないよ」


 体の半分が熱くなる。彼がぴったりと、体をくっつけている。表情が見えないように、敢えてそうしたんだと、何となく分かる。


「いつも僕が挫けそうなとき、必ずサチウスがいる。危険が伴うときには最後までいるし、何かをしようってときには、初めからいる」


「お前がいるからな」


 当事者なら勿論、そうでなくても帰れば家に、ミトラスがいる。割と真面目に、それで同じ日々を過ごせるんだ。


「サチウス」

「なんだミトラス」

「僕、頑張るから」



 ――――うん。



 そうして落ち込んでいたミトラスは、どうにか気持ちを立て直すことが出来た。途中何度か先生の視線が痛かったが、終わり良ければ何とやらである。


 無事に講義を終えて、俺たちは帰路に着いた。また数時間後には、同じような一日が始まるだろう。


「ところでさ、借金って具体的に幾らしたんだ」

「えぐ、それは」


 夜道を二人して歩きながら、色気の欠片もないことを聞く。ミトラスは言葉に詰まり、しばしの間深呼吸をする。


「土地代で1億ゴールド」

「土地代『で』」


「最低限の利子と、遅延金確定分っていう名目で、もう三千万ゴールド」


 締めて1億3千万ゴールドの借金。


「それでタマルさんは、これ以上利子を膨らませることはないって、そういう特約だって」


 タマル。銭騎士とかいう経済狂信者の集まり。その一員。

 あいつから借りたのか。ていうか金貸しもしてたのか。


「一応期限は」


「三年。もう年度始まってるから、経過分は持ち越してくれるそうだけど」


 丸三年と考えるべきか。


「どんな形で借りた」


「魔王城地域の事業計画を立てて、公的融資の”てい”で僕個人が買う形になってる。そのためのお金は市長が保証人になる形で、タマルさんから借りたの。だから形としてはあくまでも、僕個人が借金して土地を買って、神無側に協力するって感じかな」


「予算が無いから、自分の金で用地買収するのか。それってやって良いのか」


「貴族が納める自治体なんかは、基本的に土地の大半が、貴族個人の所有物だし」


 ああそうかー。そういえばそうだわ。貴族って領地の所有者で、自分ちっていう自治体の首長だったりするわ。そういう隙間の潜り方があるのか。


 現代日本じゃ通用しないやり方だぜ。冷や冷やするわ。


「ともあれ、後はどれだけ盛り立てることが出来るかで、返済の度合いが変わるからね。市長の生命保険を下ろさせることがないよう、設けていかないと」


 うん。最悪死ぬってことだからね。生命保険担保にして、借金したり支払ったりは、元の世界じゃご法度になったけど、こっちはまだみたいだし。


「サチウス。今日は本当にありがと」

「お安い御用よ」


 新たな大事業に取り組むことは、こんなにも大変なことなのか。小さい頃、洞窟開通のためにお金を貯める期間を、ダルいダルいと言いながらこなしたが、物語の中の人々は、きっと気が気じゃなかったはずだ。


 もしもまたドラクエⅣを遊ぶときは、今度はトルネコを牢屋に預けずにいよう。


 ふとそんなことを考えながら、どうにかいつもの元気を取り戻した俺たちは、講義の後、家への道をゆっくりと歩き出す。


 ミトラスが気を持ち直してくれたのは良いけど、ああ、いい加減休んでゲームしてえなあ……。

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