・説明とおじさんとサチウスと
・説明とおじさんとサチウスと
「おっ奴隷だ」
受付のおじさんは軽い調子で言った。
「奴隷」
「奴隷」
思わずオウム返しになった俺の言葉を、彼はにこやかに復唱した。
「あの、これはどういう」
「職能の奴隷は、世間一般で言われるような、借金や前科で身分を失った人ではありません」
「あっやましくはない」
「やましいほうの奴隷じゃありませんね」
こちらの世間一般の奴隷はやましいようだ。俺の世界の古代エジプトじゃ、サラリーマン程度のもんだったそうだが。
「奴隷は比較的当たりと言われる職能です。体力が付いて怪我や病気になり難く、治り易い。社会人としてはこれほど優良な加護はありませんよ」
「ははは……」
取り敢えず愛想笑いを浮かべておく。理解も納得も出来るが、正直どう返していいか分からん。健康のありがたみは、冒険者とて例外ではないと言えども。
アレか。高校時代に体力ばっかり伸ばしてたから、適性が出ちゃったってことか。こんなことならせめて、筋トレを頑張っておくべきだった。
「要は強めのすっぴんってことですかね」
「身も蓋もないですけどそうですね」
これが小説家になろうだったら、チート主人公のハーレム要員になったんだろうな。どの道俺にはミトラスがいるから、同行はしないが。
「奴隷についてはキャリアアップ先があるのと、他の職能によって肩書が増えて、それに応じた加護も得られるという特徴があります」
「キャリアアップ」
「はい。職能の中には経験に応じて、上位のものに変化する場合があります。これをキャリアアップと呼び、受けている加護の効果が強まります」
クラスチェンジか。生々しい言い方しやがって。
「肩書の増加についてはご存知ですか」
「いいえ」
「特定の職能が揃うことによって、受けられる加護が増えます。魔法使いと戦士で魔法戦士とか、密偵と僧侶で密僧とかですね。昔は自分の向き不向きも踏まえた上で、この辺を吟味する方が多かったですね」
密偵で密僧? ダジャレなの?
それ日本語ベースですよねってツッコんだほうがいいの?
いや止せ、触ってはいけない。厄介事は御免だ。
「奴隷だと何がありますかね」
「剣士と拳闘士、あとは騎士や商人ですかね」
字にするとたぶん奴隷剣士、奴隷闘士、奴隷騎士、奴隷商人。どれを取っても人聞きが悪い。
とはいえこれをフル活用すると、他よりも初期ボーナスが多いという利点はあるのか。
「商人の加護って何ですか」
「何でも賢くなって成長が早まるそうです。あと一部のお仕事ですと、これを取得することが、就労の条件になっている場合もあります」
前者は単に早熟なだけだと思うが、どっちかという大事なのは後ろのほうだな。商人の加護を取ってない奴には、商売させないってことか。厳しい。
「奴隷商人って奴隷を扱う仕事ができるんですか」
「はい。個人の裁量ですが一部の階層の方々で、冒険者以外の方とも、パーティを結成することが可能になりますね」
階層って言ったな。職業とは言わないのは、やっぱりそういうことなんだろう。奴隷を扱う奴隷か。まるで植民地の兵隊みたいだ。
「パーティって冒険者以外と組んだらいけないんですか」
「そうですね。なので冒険者以外とも組める人を主として、パーティを結成することはよくありました」
一々過去形なのが何かもうしんどい。
「こういうのって、どういう取り方するのが良いんですかね」
相談の仕方がよく分からないので、ふわっとした聞き方になってしまったが、逆におじさんの目はキリッとし始めた。
「そうですね。基本的には、このままくじを引いて頂く、というのが無難ではあります。職能同士が噛み合わなくても、ご本人様にとってはそのほうが良い、ということも多々ありますので」
ゲーム的に考えれば、覚える特技や適性の点で、選んだ職業を活かせないということはよくある。逆に職業の補正を合わせると「なんでそんなに育つの?」って奴も出るはず。
でも実際は何をやらせても、強い奴ばっかりになりがち。
「ただやはり、将来的に目標があって、あえて不向きな職能を選ぶ方もいらっしゃいます。先ほどの商人のように、職業選択の場で求められることも、まだまだありますから」
「ああはい、資格みたいな」
「そうですそうです。他には健康面で不安のある方が、体力の補強のために、戦士等の加護を求めることもございます」
下駄を履かせる訳だな。冒険をするために冒険者になる訳ではない。そんなケースも数多くあるんだろうけど、幅広いというか世知辛いというか。
「うーん、現状だと向き不向きを考えてる場合じゃないし、他にも冒険者以外と組める職能ってありますか、例えば魔物とか」
神無側の魔物の大半は、冒険者登録を済ませてるけど、そうでないのもいるからな。雇用可能な範囲を広げておくべきだろう。
「なら魔物使いですね。正にそのものです。人間と冒険者以外の動物や魔物を、引き連れて良いことになります。もっとも、相手は自分で用意する必要があります。パーティを組むときは事前にギルドに申請をして、目印を貰ってくださいね」
「目印」
「首輪とか名札ですね」
「ああなるほど」
確かにそういうのが無いと、街中で見かけ次第攻撃されても、文句は言えまい。これからは同行者の、社会的な立ち位置にも気を遣わないといかんな。
「注意点としては使い魔であったり、召喚してそのまま従えている場合は、つまり本人の能力の一環として連れている場合は、これらの制限には引っかかりませんので、ご安心を」
「ふんふん」
分かり易く言うと、スキルで出した味方NPCとかは、パーティ結成の制約を受けない訳か。
「他に質問はありませんか」
「そういえばさっき、奴隷は比較的当たりって言ってましたけど、他に当たりってどんなのがあるんですか」
「そうですね。主にキャリアアップが早いものや、逆に先は無いものの、加護が強力なものがそうです。持ち腐れし難いものも当たりと言えるでしょう」
心なしかおじさんの声が大きくなった気がする。こうして説明するの好きだったんだろうなあ。
「具体的には」
「前者が盗賊で、後者が斥候や野伏ですね」
どれも微妙に違ってしかも想像し易い。
「盗賊は探偵、密偵とキャリアが上がっていきます。また肩書の追加も多く、山賊や海賊の職能を選ばずとも、それらの加護を受けることが出来ます」
「漁師と盗賊で海賊みたいな」
「そうですそうです」
ということは山賊とか湖賊とかもあるんだろう。要らない知識が一つ増えてしまった。おじさんは話を続ける。
「で、ですね。斥候の場合、盗賊と野伏の中間という感じでして、盗賊よりも加護の力が強いです。流石に次のキャリアには及びませんが」
広く浅くで、取得を一度で止めるならこっちか。
「野伏は町の外ですから、猟師になる方によく選ばれます。野営で消耗しなくなり、季節の変わり目や悪天候での変調に強くなるのが特徴です」
俺としては消耗や変調は、少ないほうがいいな。コンディションが維持出来て、使い減りしないっていうのは、生きて行く上で最重要と言ってもいい。
でなければ高校三年間をバイトしながら、皆勤賞を取ることなんて不可能だ。
「ふむう、それじゃあ奴隷と商人、魔物使いと野伏でお願いできますか」
「それですと、増える肩書は奴隷商人と、狩人ですね。野伏を盗賊にすると、奴隷と盗賊で強盗の肩書が増えますが、いかがですか」
「いかがなものかと」
奴隷だけでも人聞きが悪いのに、この期に及んで盗賊と強盗ってお前。前科も無い内から大変なことになっちゃうじゃないか。
「ちなみに強盗だとどんな加護が」
でも一応聞くだけ聞いてみる。
「えーとですね、体力面の強化の他に、他人の家に寝泊まりしても気にならなくなる、とあります」
「そうですか。じゃあ遠慮しておきます」
殺害相手の家に潜伏するのが平気になるってことだろそれ。絶対嫌だよ。
「かしこまりました。しかし惜しいですね」
「と言いますと」
「昔なら奴隷と言えば、他の職能には全て、肩書を追加出来るものを選ぶ人ばかりでした」
「まあ今となっては贅沢な話ですよ」
おじさんは少し寂しそうに「そうですね」と頷いた。誘うのに困らないくらいの冒険者が、もしも今でも周りにいれば、俺もこういう選択をしなかったかも知れない。
現実を鑑みて対処を優先すると、自分の最強を目指すと言った、ある種の最善から外れるものである。
「ではこれで改めて登録をします。後で加護の付与をしますので、もう一度名前が呼ばれるまでは、帰らずにお待ちください」
「はい分かりました。よろしくお願いします」
俺は受付のおじさんに頭を下げて、奥へと引っ込む後姿を見送った。それから冒険者ギルドの、酒場のほうを見る。
さっきの獣人たちも既に去り、後には無人の光景が広がるばかり。
もう冒険者の時代じゃないんだな。前にこっち側にいたときにも、分かってはいたけど、実際に目の当たりにすると、やっぱりちょっと寂しいもんだなあ。
ちなみに残りのくじを振った場合は放浪者、従者、ピアニストだった。ちぐはくもいいとこである。
ピアニストは一番新しい職能だそうだ。俺は淡い期待を抱いたが、受付のおじさんが言うには、とてつもない筋力が付くだけらしい。
つまりピアノを弾けるようにはならないのだ。
重い物を運ぶことを、ピアノを引くって言うんだって。
はあーあ、がっくし。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




