・新たなる旅立ち
今回長いです
・新たなる旅立ち
あれから数日。役所の地下は冒険者と、その関係者によりギチギチであった。満員の大混雑。妖精の国行きの魔法陣に、我も我もと乗り込んでいく。
異世界の門である『続きの扉』の前に広がる通路。その通路全体に、何だか分からない文字がびっしりと書き込まれている。
魔法陣って聞くと、丸の中に呪文が書かれているのを想像するが、これは四角形っていうか長方形。通路全体に伸びており、どこか電車を思わせる。
「残ってるのは俺たちだけか」
後ろを振り返ると、そこには一緒に入学するディーとバスキー、そしてミトラスと見送りの魔物たち。前には車掌役のウィルトが一人。
「そうですね。他の入学者たちは既に出発して、今頃は大学に到着している頃です」
ウィルトが頷いて、通路奥に設置された台座へと手を伸ばした。起動用のそれには無数のボタンと、レバースイッチ、最後にペダル。
意味深だけど全部順番に押さないと、この魔法陣が作動しないというだけである。実に単純な安全装置だ。
「意外にも結構集まってたな」
今日は鎧甲冑姿のパンドラが、羽付き帽子を直しながら言う。鎧の上から服を着るのか。
「本当びっくりしたよ」
今回の生徒雇用の依頼は、他の地域にも出されたのだが、そしたらまあ来るわ来るわ、間に合えと言わんばかりに、他所の冒険者や魔物たちがやって来たのだ。
「最終的にどのくらい集まったんだっけ」
「ざっと百人くらいかしら」
「果たしてどれだけ残るかのう」
ディーとバスキーの言葉に、嬉しそうなタニヤ校長の姿を思い出す。やってることは悪いことなんだけど、やっぱり嬉しいことは嬉しいんだな。
「衣食住に事欠く者や、自分の進退に悩んでいた者、冒険に飢えていた者、学業を修めたい者、抱く思惑は様々ですが、彼らと、そしてあなたたちの前途に、多くの実りが有らんことを」
ウィルトはそう言って静かに祈った。ここだけ見ると敬虔な聖職者だ。と、そのとき、誰かが俺の手を握った。
誰かなんて言うものじゃないけど。
「どうしたミトラス」
「うん、なんか、緊張するね」
「俺より頭が良いんだから大丈夫だって」
役所の制服を着たミトラスは、本当に心細いのか、猫耳がぺったりしていた。
「変だな、こうなることを望んでたのに、いざ本当になると、気持ちが落ち着かないんだ」
「俺は未だに現実感が無いけども」
「君って本当に図太いよね」
荒んだ生活を乗り越えた人間とは、即ち対人恐怖を克服した存在である。駄目で元々、身の危険や責任が迫っても、ある程度は諦観と共に、受け止められるようになるのだ。
トラウマにさえならなければ、恐怖も脅威も一度味わえばそれまでよ。
「今日行ったら、次に学校で会うのは夜か」
「僕も昼間は役所の仕事があるからね」
俺だって一応は研修の名目で行くんだから、一応は労働扱いなんだぜ。一応。
「そろそろ行きましょう。もう待ちきれないわ」
「人生は恥の連続だ。思い切り玉砕してこい」
ディーとパンドラの言葉に、思わず顔が熱くなる。もう既に先が決定済みのように言われるが、何も言い返せない。
まあ期待されるだけの下地がないから、無理もないけど。
「なるべく土産話を持ち帰るよ。ウィルト」
「もう準備は良いようですね。では、行きますよ」
出発するように声を掛けると、目の前の美形ショタエルフが、首に下げていた笛を吹く。高らかに吹き抜けるその音。
次いで魔法陣が起動すると、何処からともなくベルの音が鳴る。そこまで電車を意識しなくてもいいのに。
「サチウス、手を離さないでね」
「お前こそ。ちゃんと捕まえてろよ、ミトラス」
二人して、お互いの顔を見てから、少し身構える。足元から赤い光が輝いた。眩しさに目を瞑ると、地面が揺らぐような感じがした。
加速しているのかな。いったいどれくらいの間、そうしていただろう。体感的には五分くらいか、急停車のような衝撃があって、思わずつんのめってしまう。
「着いたようじゃぞ」
それで目を開けたとき、俺たちの前には、新しい景色が視界に飛び込んで来た。
「おお、ここが」
「ここが……」
豊かな森、流れる川、美しい湖畔、澄んだ空気に飛び交う鳥たち。ああ、如何にもファンタジー、如何にも妖精の国、そんなある訳のないお約束のような光景が。
「妖精の、国……?」
広がってないの。
道はコンクリートで舗装されてるし、建物もどこか古臭いけど、石と土と木っていうのは少な目。やたらと間仕切りがある訳でもなく。
煉瓦造りとガラス窓。たまに煙突。
古さが若干新しい。
「みなさーん! やっとお出でになりましたのね!」
「あ、タニヤ校長、そんな校長自らお出迎えなんて」
「構いませんわサチウスさん。さ、入学式がもうじき始まりますは。急いで急いで。その後は説明会やら何やらが沢山ありますから!」
羽音を唸らせてやって来た、タニヤ校長に連れられて、俺たちは街並みの見学もそこそこに、件の学校へと急いだ。
「思ってたより古くないですね」
「んふふ、遅まきながら私たちも、進歩してますのよ!」
そりゃそうか。生きてる誰かが暮らしてるんだから、いつまでも太古の姿って訳にもいくまい。風車小屋だって機械の類なんだから、そこから先にも進むはず。
「蛇口を捻れば飲める水が出ますわ!」
想像以上に妖精の国進んでるな。
などと話しながら、駆け足気味に進むと、遠くに見えていた建物が、何であったかがハッキリしてくる。最初は塔かなと思った。それは部分的に正し方。塔もある。
遺跡を思わせるそこは、石造りの城砦だった。
所々が草生して、緑や茶色を添えている。
「ここだけファンタジー色強めだな」
「何せ大昔からありまして、撤去もできませんの」
「神無側の役所もそうだし、役目を終えた基地を使い回すのは、よくある話なんだよ」
ミトラスが横から補足説明を行う。確かにな。視界一杯に広がって、奥まで続き、天まで伸びるこの威容。どんだけ広いんだここ。
軍事基地を更地にして、また別の何かを作るってなると、なるほど現実的じゃない。
「講義室は屋内と屋外、そして地下に複数あります。雨季は屋内、乾季は屋外での講義が増えますわ」
これが噂のオープンキャンパスって奴か、話だけは聞いたことあるが、こうなってんだ。一つ賢くなったぜ。
足を踏み入れて見ると、当然の如く地面は硬い。しかし涼しく心地よい風が吹き、なるべく多く光を取り込めるように、間取りも工夫されている。
裸電球みたいなものもあって、息苦しさはない。
「もっと詰め所や倉庫みたいなとこ想像してたけど」
「サチウスの大学像おかしくない」
石造りの廊下を奥へ進むと、恐らく塔の後ろ側に出た頃だろうか、唐突に景色が開ける。
「講堂広場ですの。空いてる所へどうぞ」
どこか矛盾を感じる名前だが、今は気にすまい。
広場はすり鉢状になっており、外側から最前列へと向かい、段差を降りていく形だ。一番前にはでっかい水晶玉が乗った教卓と、その上に豆粒みたいなものが見えた。
「もしかして妖精さんいる?」
「姉ですの。この大学の校長であり理事長ですわ」
「へー」
兄妹が何人いるのかは聞かんとこ。こういうと冷たいが、掘り下げると誰が何の悩みや、問題を抱えているかを知ってしまう恐れがある。
藪というものを認識しておかないと、人生は危ないのだ。
『えー、それでは、お時間となりましたので、これより今年度の王立宮廷附属妖精大学入学式を始めたいと思います』
マイクでも使っているのか、辺り一帯に声が響き渡る。
「お、まずい始まってしまった」
「そこ空いてるから座りましょ」
俺たちは段の一番上かつ外側に着席し、タニヤ校長のお姉さんの話を聞くことにした。距離もあって、ここからだと姿が全く分からない。
『今年度は色々と問題もあり、新入生の方々にもご迷惑をお掛けしたこと、申し訳なく思います。大変お騒がせしました。しかしそれでも尚、この学び舎を選んで下さったこと、誠にありがとうございます。どれほど感謝をしてよいか、皆様の熱意と期待には、講義の内容に替えまして、お答えさせて頂きたいと考えております。本校が始まって以来早……』
第一声でお詫びとお礼を言ってから、その後は学校の歴史とか、学生としての心構えとか、学校が始まってからの生活の変化とか、よくある諸注意が続いた。
この辺はどこも同じだな。
『……特に今年は異種族の方も多く見えまして、この刺激が本校にとって、そして学生の皆様にとっても良いものになるよう、力を尽くしていく所存です』
身寄りのない所に住処を移すのって、実際問題かなりの負担である。この場を見るに妖精さん以外の種族も随分多い。
エルフやドワーフみたいな人型ならまだしも、体の半分が別の動物だったり、人間の部分が見えないのもいる。彼らの心境やストレスは如何ばかりか。
『以上をもちまして、学校長のお話を終わります。次は事務局から、履修登録についてのお知らせと、単位についての諸注意がありますのでー』
あ、話が終わったと思ったら続きが、ていうかこれタニヤ校長の声。
「なあ、これタニヤ校長じゃ」
「しっ、今喋ってるから、気が散っちゃうでしょ」
ミトラスに注意されてしまった。見れば彼女は何やら口をパクパクさせており、それに合わせてアナウンスが流れているようだった。たぶんそういう魔法なんだろう。教壇まで行けばいいのに。
「そんなことよりサチウス、大事な話だからメモ取っといたほうがいいわよ」
「え、筆記用具持って来てないぞ」
「私の貸して上げるから」
そう言ってディーは、鉛筆と数枚の古いチラシをくれた。これに書くのか、いいけど。
『というように、卒業までの必要単位を修めるべく、自分で時間割を組み、事務局まで届け出てください。分からないことや不安なこと、その他相談がありましたら、相談室までお越しください』
とまあそんな感じで、俺たちの入学式は終わった。
しばらくはオリエンテーションが続き、入試のごたごたのせいで、授業の開始も遅れるそうなので、あまり慌てることも無さそうだ。
「これでまた学生の身分か」
「次にここで会うのは夜間のときだね」
ミトラスは昼間仕事があるから、大学は夜間の部と通信でのスクーリングだけだ。通信まであったのは驚きである。とにかく講義の時間帯が豊富。
「なるべく同じコマを取れたらいいがな」
「この後は皆どうするの、観光でもしていく」
「他の種族たちの様子を見てから帰るよ」
ディーの問いかけにミトラスはそう答えた。妖精の国の学生寮に、異種族の衣食住、十中八九これから問題が吹き出すし、そのとき俺たちも、無関係ではいられないだろう。
「なんだろなあ、とても学生生活が始まるって、空気じゃないんだよなあ」
「我は関わらんからの、ではこれで」
バスキーは他人の『てい』で去って行った。飲兵衛のくせに薄情な奴。
「ねえサチウス。大学って、高校とはやっぱり違うんでしょうけど、学校には違いないのよね」
「そうだと思いたいけど、流石に高校みたいな面倒事は起きないだろう。あるとしたらゼミとサークルくらいか。結局は人間関係の問題だろ」
漫画とアニメの知識しかないから何とも言えない。だってこれが初めてのキャンパスライフ。
「そっか、うーん、上手くやれるといいけど」
こっちはこっちで完全に浮かれている。将来への希望でキラキラしている。いや本来はこれくらいの姿が微笑ましいというか、あるべき姿なんだろう。
しかし俺には、たぶんミトラスも、この新しい日々の始まりが、決して平和なものにはならないと、何故だかそんな予感があった。
果たしてこの学生生活の先に何が待つのか、それはまだ、誰も知らない。
臼居祥子:異世界通名サチウス(21)
王立宮廷附属妖精大学入学
冒険者兼社会人兼学生
今ここに、新たな戦いの日々が幕を開けようとしていた。
<了>
この章はこれにて終了となります。
ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございます。
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誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




