第一話 探索者登録
あの後、オレと高志は居酒屋の近くにある、日本探索者協会の支店へと訪れていた。
駅前にある支店は夜であっても昼間と変わりなく、営業されていた。
「こんな風になっているんだな」
店の中は清潔感のある現代風の内装で、当たり前と言えば当たり前であるが、RPGゲームなどに出てくる酒場と併設したような感じではない。
武器や防具の販売もしてはいるが、いかつい警備員がいる厳重な警備の元、販売がなされており、ファンタジー感は全くなかった。
(そこそこ強いな)
重心が若干悪いため、怪我をして引退した探索者、それも元は軍属だと思われる。
(無手だと流石に厳しいか?)
「彰一、早く行こうぜ」
警備員の練度を測っていたのだが、高志に急かされてしまった。
「悪い悪い、ボーっとしてたわ」
オレは適当に誤魔化しながら受付に行く。
そこには文句なしの美人受付嬢がいた。
(流石、日本探索者協会ってところか?)
黒髪ロングで肌の白い美人だ。
前に高志が語っていた好みの女性像にピッタリと当てはまっており、高志の方を見ると案の定鼻の下を伸ばしていた。
ただ、俺が視ているのは彼女の容姿ではない。
(かなり鍛えられているな)
その立ち姿である。
「あの、登録に来たのですが」
「畏まりました。では、この用紙にお名前と住所、年齢を記入してください」
受付嬢に見惚れている高志は放っておき、さっさと登録を進めていくことにしたオレは受付嬢に声を掛け、用紙を登録を進めていく。容姿に必要事項を記入し、直ぐに受付嬢に渡した。
ちなみに現実に戻ってきた高志は慌てた様子で用紙に住所などの必要事項を書き、用紙を渡していた。受付嬢はそれぞれの用紙に軽く目を通すと、ニッコリと笑みを浮かべて口を開いた。
「ありがとうございます。まず、探索者について簡単な説明を行いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい!ぜひ!」
「お願いします」
「はい、では、お二人は日本で探索者になる条件はご存じでしょうか」
「はい!日本の探索者になる最低条件は日本国民であることです」
高志の元気のよい答えに受付嬢は頷いた。
日本では探索者になることは比較的簡単だ。身分証明が可能であれば、誰でも探索者になることはできる。
「その通りです。日本にあるダンジョンには探索者登録を済ませた者ならば、誰でも指定された階層までは探索可能となっています」
「ということは、誰でも好きなだけ探索できるってわけじゃないんですね」
そう、ここが日本で探索者になるデメリットだ。それぞれのダンジョンの難易度ごとに初級登録者(探索者登録を済ませただけの者)が探索できる階層が決まっており、難易度が明確化されていなかったり、そもそも国が入らせるつもりがなかったりで、全く探索ができないダンジョンも数多く存在する。
これは不平等に感じるかもしれないが、世界の基本的な基準である。世界各国はそれぞれダンジョンの発生時も、独自に部隊を派遣して犠牲を払いながら攻略を進めた。ダンジョンは今や技術革新に必要な資源や国防に関連する事柄も多く、高度な研究を進めている大学や研究所、最先端技術に関連する企業は関わらせてもらえるが、国の発展に寄与せず機密漏洩の心配のある一般人には関わらせたくないのだろう。
(どちらかというと独占したい気持ちの方が強いのだろうが)
ダンジョンのおかげで急成長し、世界を股にかける企業も少なくない。それらの企業は高い技術力と資本を持っているが、それが新しく出てきたベンチャー企業に奪われる可能性がないわけではない。
ようは利益のために一般人を締め出しているのだ。
実のところ、一部の国は自由にダンジョンを開いているケースもあるが、そうした国は何かしら別の制約があることも多い。結局のところ、どこの国も一緒である。
高志はその情報を全く知らなかったのか、若干沈んだ表情になる。
「はい。ですが、この付近で最も近い第八十二・ダンジョンは第五階層まで探索可能ですよ」
受付嬢は高志の気持ちを落とさないように気を付けながら、宥めるように声を掛ける。
「そうなんですか!良かったぁ」
高志はその気遣いで一瞬で元気になった。
高志、現金な奴である。
その後も簡単な説明は続き、十分ほどで終えると、初級探索者のカードを貰い、オレ達は受付を後にした。
♦♢♦♢♦
探索者登録を終えたオレ達は時間も遅かったため、一旦お開きとなった。
多少気疲れした感じもあったが、オレはそのまま一人暮らしをしている部屋に戻ると長年使っていた木刀を片手に近場の公園へと向かう。
時間は夜の十一時を回っており、見渡す限りには人はいなかった。
「じゃあ、始めるか」
オレは木刀を構えると技の反復を始める。
習慣というのは恐ろしいと思う。どんなに嫌な思い出が絡みついていても、なかなか捨て去ることができない。オレは剣術道場に通うことを辞めたあとも、こうして木刀を振るうことを止めることはできなかった。
例え、剣士の道を諦めた後であったとしても、だ。
時は荒々しさを纏いながら戦意を込めて、時にはゆっくりとなぞるように技をひたすらに反復していく。
静寂に満ちていた公園で、風を切る木刀の音だけが響くのだった。
♦♢♦♢♦
探索者の登録を済ませた次の日、オレは駅の前の広場で高志を待っていた。
「ふぁああ、ねっむ」
昨日は結局、明け方まで木刀を振るっていたため、オレは絶賛寝不足中であった。若干疲労も残っており、気分はあまり良くはない。
「おーい!」
オレがぼーっとしながら待っていると、馴染みのある声が聞こえてくる。高志の声だ。オレは声の聞こえた方を見ると、そこにはオシャレな服を着込んだ高志がこちらに向かって歩いてきていた。
「彰一、お前寝不足なのか」
「良くわかったな。ちょっと興奮して、眠れなかったんだ」
「お前もか。俺もだよ。やっぱ、興奮して眠れねえよな」
そう言って、高志は肩を組んでくると、バシバシとオレの肩を叩いてきた。
「ダヨナー。ハハハ」
オレも同意し、頷く。
興奮して(剣術の練習をし過ぎて)眠れなかったんだから、同じだよな。同じな筈だ。うん。
「じゃあ、さっさと行こうぜ」
「おう」
それから、オレ達は軽口を叩き合いながら、昨日足を運んだ日本探索者協会の最寄り店へと向かう。中は昨日と変わらず清掃の行き届いた綺麗なフロアだった。
「あっ、今日も長谷川さんが受付してる」
高志が受付の方をチラ見しながら言う。長谷川さんは探索者登録をしてくれた受付嬢のことで、高志はその長谷川さんに熱を上げているようだった。
「そうだな。だけど、今は受付も混んでいるし、さっさと装備を買いに行くぞ」
「仕方ないか。それにしても、あれほとんどが観光客だろ」
高志がぐったりと項垂れるが、どうしようもない。今は日曜日の昼間のため、多くの人間が探索者登録に訪れている。探索者登録は試しにする者も多く、ちょっとした観光目的でダンジョンに潜る人も多い。護衛の手配は観光業者などが日本探索者協会に依頼してなされており、難易度の低いダンジョンの第一階層などはもっぱら観光客の領域だ。
「いらっしゃいませ、お客様」
装備品の販売店に訪れると、店員が直ぐに駆け付けてくる。
「初心者用の防具と武器を探しているんだが」
「それでしたら、この一階フロアにある全ての品々が初心者用となっております」
店員は一言そう言うと、立ち去っていった。オレ達は顔を見合わせると、顔を引きつらせる。
「まさか、このフロア一帯が全部初心者用とは」
「正直、なめてたわ」
このフロアには剣や槍、斧などの武具から、鎧や盾、防弾チョッキのようなものまで様々な商品がずらりと並んでいる。ここまで大きなスペースが全て初心者用だとは予想もできなかった。
「取り合えず、武器から探すか」
ダンジョンのモンスターには基本的にダンジョンで採れた武器や鉱石でしかダメージを与えることができない。だが、ダンジョン産の武器は貴重なため、初心者はダンジョンで採れた鉱石と普通の鉱石のミックスした武器や防具を装備することが多い。
「この刀はなかなか良いな」
オレは立てかけてあった、刀を手に取る。日本では大手のダンジョン専用武器・防具製造会社、太田株式会社が手掛けたもので、量産型のものではあるが実際手に取ってみると感触は悪くはない。
「重さも丁度良いし、切れ味は後で試してみるとして」
オレは値札を確認する。量産型の刀剣なのでそこまで値段はかからないと思うが。
「三万か」
払えないほどではないな。この商品は大量生産によって膨大な量が作られている為、武器としてかなり値段が安い方だが、ダンジョン産の金属などを使った高価な一点ものの武器や防具になると普通に数千万円規模の値段で取引されている。下手したら億単位のものもあるらしい。
いつかはそんな武器を持ってみたいな。
(まあ、使いこなせればの話だが)
そんな風に考えていると高志も武器を手に取ってこっちにやって来た。
「彰一は刀にしたのか」
「そういうお前こそ、武器は槍にしたのか」
「いろいろ触ってみたんだけど、これが一番しっくりきた」
そう言って長さ一メートルほどの槍を見せつけてくる。槍は主に槍頭と石突きの部分にダンジョン産の鉱石を使うため、刀剣類よりも値段が安く初心者も使いやすいので、始めたての探索者はよく槍を武器として使うことが多い。
「値段も安いし、神代重工業が作ってるから割と安心かと思って」
神代重工業は日本で最も有名なダンジョン関連の企業で、世界でもKAMISHIROの名で通るほどに有名である。安価なものから高価なものまで幅広く取り揃えており、お抱えのダンジョン探索チームや民間のダンジョン研究所を保有するなど、その力は日本の中では圧倒的だ。
「別にいいんじゃないか。大したモンスターは出ないだろうしな」
「それもそうだな、じゃあ後は他のものも揃えようぜ」
こうして、オレ達は探索者としての装備を買っていく。ヘッドライト付きのヘルメットや携帯食料、倒したモンスターからドロップする素材を入れる専用の袋など、買わなければならないものはたくさんある。
意外と防具の値段が高く、高志が顔面を蒼白にしていたのが印象的であった。
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