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哀傷ゾルレン  作者: まじりモコ
第四章 悲哀の遊戯
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四十話 眠らせ病院


         2


 午後四時三十分。玖玲葉さんの用意したタクシーでお釣りと領収書を受け取り、私はその病院の前に降り立った。


 医療法人菊池病院、四階建ての白い建物がそびえ立つ。周囲の建物に比べれば比較的大きい。


 確か、救急患者の受け入れもしているはずだが、基本的には療養型の病院であるという。一階部分がその上の階よりも迫り出したデザインで、駐車場は小さい。一階は外来診療科、二階が一般病棟、三階と四階が介護療養型医療施設となっているらしい。

 玖玲葉さんの所で見せられたパンフレットにそう書いてあった。


 これから私が向かうのは三階だ。そこで玖玲葉さんのご友人が待っているという。正面玄関から入り、待合ロビーを素通りしてエレベーターへ向かう。病院特有の清潔な匂い。灰色の(もや)をまとう人間がいたが、恐らく風邪かなにかだろう。感染するわけにはいかないので、靄を避けて歩く。


 こういうのが見えてしまうから、病院は苦手なのだ。インフルエンザの時期なんて、人混みに混ざりたくない。


 だが施設内でフードをかぶるわけにもいかず、しかも今日はフードすらない。結局玖玲葉(くれは)さんに着せられた服のままだった。


 色合いこそ大人しめであるが装飾は結構派手なせいだろうか。ちらちらと、人目を引く。これでは人々の記憶に残ってしまう。いや、残ってもいいのだけれど。

 ……いけない。思考が完全に犯罪者のそれになっている。拳銃所持している時点であながち間違ってはいないが。


 ちなみに、拳銃を入れていたウエストバッグも玖玲葉さんに取り上げられ、代わりにサイホルスターを渡された。腰部分に止め具があり、そこに引っかけて吊り下げ、太ももにベルトで固定するタイプのホルスターだ。


 現在両足にそれをつけているのだが、慣れないのでどうしても違和感がぬぐえず、時々手で位置を確認するのがクセのようになってきている。スカートで周囲からは完全に見えないが、これ、銃を抜くときどうするのだろう。まくるのか。


 そうこうしているうちにエレベーターが三階についた。

 病院は細長い長方形になっており、両側に病室が並ぶ。両端に階段、中央は少しひらけ、食堂兼談話室と、ナースステーションがある、ということがエレベーター内の案内書きでわかった。


 エレベーターは中央付近にあり、降りるとすぐナースステーションであった。続く白壁に、くりぬかれた様な受付がある。そこに向かい中を窺っていると、声をかける前に誰かが走り寄ってきた。


「あー! その恰好、もしかしてあなたが玖玲葉の言ってた子? ヤダ、ホントにカワイイっ」


 テンション高くやって来たのは、薄緑色のナース服に身を包んだ女性だった。歳の頃は三十代前半くらいだろうか。軽くしわのよった目じりには、柔和な笑みが浮かんでいた。


 なるほど。服装が身分証代わりになったということか。説明の手間が省けて助かる。


「もうちょっと待っててね、夜勤者の申し送りがまだだから。あ、そこに座ってて」


 私の手を引いてナースステーション内の椅子に座らせ、女性は職員の輪に戻っていった。少し早く着きすぎたようだ。


「なあに、あの子。可愛い格好ね」

「私の娘よー」

「えーウソでしょ似てなーい」


 職員の方々から視線を向けられ、無言で首を横に振る。どうしてあの年頃の女性は、私を娘ということにしたがるのだろう。私の身長が小さいからなのか。


 申し送りというのは次の時間帯の職員への連絡事項を引き継ぐことのようで、数分で終わった。それで仕事の終わった日勤者に撫でられたりお菓子を貰ったりするうちに時間は過ぎ、いつの間にか十七時を廻っていた。


「あははごめんなさいね。いっつも爺婆(じじばば)の相手ばかりだから、若い子見たら可愛がっちゃうのよ」

「……はぁ、そうですか」


 そう言って私を撫でる女性は菅良(すがら)と名乗った。


 なんだか雰囲気が保本(やすもと)さんに似ている。あちらは筋骨隆々、こちらは小柄な体格という違いはあるが。


「それで、あなた一人? 後から誰か来るのかな?」


 笑顔のまま、探るように菅良さんが言う。無理もない。病院の異変を解決する人材として送られてきたのが小娘一人なのだ。不安にもなるだろう。


 私は彼女を安心させるべく、小さな嘘をつく。


「……後から私の同級生が来ます。私達は事前調査といったところでしょうか。ですので、事情は私にお話しください。……私達は大学で超常現象を研究しておりますので、なにかお力になれるかと」


 完全な嘘ではない。超常現象など大抵は偽物、あるいは術者関係だ。更科君の魔法でだいたいは解決できる。研究云々(うんぬん)は嘘であるが、こう言っておくと大人は納得するのだ。


「ああ、そうだったのね! わかったわ、じゃあ、こっちで話しましょうか」


 案の定、元の溌剌(はつらつ)とした笑顔に戻った菅良さんは、私を談話室に案内した。

 建前上、メモを取るフリをしながら、彼女の話を聞く。


「なにから話せばいいのかしら。──そうね、この病院がある土地って、元は外国から入植してきた金持ちの土地だったらしくて、建ってた洋館を潰して建てたものなの。

 でも、この土地ってその頃から不思議なことがよく起こる場所だったそうよ」


 喋りながら、ジュースを渡された。飲めということらしい。みかん100%ジューシーなパックジュースである。


「病院ができてから、最初の職員達はみんなすぐに異変を感じたわ。なぜか十八時になると、建物の中にいる人は皆眠りに落ちてしまうの。まあ、数分で起きるから、特に問題はなかったけど」


 それは少し呑気すぎないだろうか。パックジュースに付随したストローが外れず、格闘しながら考える。毎度十八時になるたびに眠ってしまっては仕事に支障はでないのだろうか。特に人の命を預かる職場なのだから。


「まあ、呑気に思われるわよね。でもほんとに問題ないのよ。眠ってしまうのも一度だけ。病院で十八時に眠っちゃった経験がある人はもう二度と眠ることはないわね。

 だから今はもう、新人の通過儀礼みたいになってるわ。うちは面会も十七時で終わりだし」


 ストローを爪でかりかりしていると、のりが外れて袋ごと取れてしまった。……まあ、これでようやく飲めるので、いいのだ。開き直った私は、浮かんだ疑問点を確認する。


「……問題がないのならば、どうして今になってご相談を」


 そう。この病院はすでに創立三十年を過ぎている。今まで問題がなかったのなら、今更どうにかしようとするのはおかしいのではないのだろうか


「ああ、そこなのよ。確か、三か月くらい前のことよ。新しく入ったパートの人がやっぱり十八時に眠っちゃったんだけど、朝まで起きなかったの。揺すってもなにしても、ね。

 その数日後、たまたま十八時に機材搬入してた外部の人も眠ったまま朝になってしまったわ」

「……たまたまでは」


 疲れていたとか一度寝たら起きない体質だとか、そういう人は結構いる。大学でも、図書室のソファーで死んだように眠っている先輩とかよく見かける。


「最初はそう思ったんだけど、その後も同じようなことが数回あって。このままじゃ仕事にならないっていうんで、なんとかできる人を探してたの。そしたら玖玲葉が『心当たりがある』って」


 そうして呼ばれたのが、私と更科君だったというわけだ。

 空になったパックの底を開いて潰す。


 それが本当ならば、つまり十八時に眠ってしまうなにかが、ここ数か月で強まったというわけか。どういう理由かはわからないが、これ以上進行する可能性も否めない。案外事態は深刻だった。





 菅良さんは仕事があるというので、私は一人取り残された。


 とりあえず病院内を散策してみるが、やはりというかなんというか、手がかりはない。あったとしても、私では見つけられないだろう。大人しく更科君を待ったほうがよさそうだ。

 そう判断した私は、空き部屋だった一番端の部屋で休むことにした。

 外は職員の人たちが動き回り、邪魔になりそうだったからだ。307号室と書かれた部屋。もちろん、ネームプレートは入っていない。


 更科君の用事は十九時頃に終わる予定だという。その前に(くだん)の十八時になってしまうが、私も眠ってしまうのだろうか。


 眠った人たちに外傷はなく、眠る前と後とで変わったところもないという。命の危機はなさそうだが、果たして。


 しかし腕時計の針を見続けるのも飽きがくる。清潔なベッドに横になっていると、時間よりも先に寝入ってしまいそうだ。


 窓から夕陽が差し込む。オレンジの光に目を細めると、胸の中に違和感が湧いてきた。


 ゆっくりと身を起こす。違和感は次第に強くなっていく。それは徐々に焦りのようなものに代わっていった。


 時計を見る。あと二分で十八時だ。


 ここにいてはならないという感覚。病院を出なくてはならないと、稀癌が告げている。


 危険察知(クリエ)。しかし、その出所がわからない。


 視認。──異常なし(ジャンティー)。特に稀癌と実感にずれはない。


 触診(しょくしん)。──異常なし(ジャンティー)。自分の身体にも、大気にも変化はない。


 聴音。──異常なし(ジャンティー)。聴こえてくるのは職員の声だけ。


 それと匂いや味にもおかしなところはない。

 あるのは胸騒ぎだけだ。


 とりあえず部屋の外に出ようと立ち上がる。


 肉体が異常を感じないということは、身体的危機ではない。

 ということは、精神。


「……あるいは魂の──」


 言葉の途中で、自分の身体が前のめりに倒れていくのに気が付いた。しかし身体は言うことをきかず、そのまま硬い床が近づいてくる。


 頭を打つ前に(まぶた)が降り、私の意識は現実から急速に遠ざかっていった。




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