宇野さんは恋をしている。
(ああ、素敵……井川くん……)
宇野 宙が山合にあるこの学校に転校してきてからもう、半年。
クラスメイトの井川はなかなかの爽やかイケメンで、なにかと宙を気に掛けてくれている。
今も遠くで友人男子達とじゃれつく中、目が合うとニコッと笑みを向けてくれた。
それを見て小さく手を振る宙に『告白しちゃいなよ~』等と友人がからかう。
「宙なら可愛いし、イケるって」
「っていうか絶対両想いだよ~」
「もう、そんなことないってば!」
友人達のヨイショ混じりの後押しにくすぐったいような気持ちになりながらも、宙は切ない気持ちになった。
──告白なんて、できるわけない。
「宇野……ちょっと、いい?」
「えっ、ええ……」
帰り際、井川に呼び出された宙の胸は高鳴った。
「その……もし良かったら……俺と」
(ええええぇぇぇぇ?! まっまさか……)
頬を赤く染めてなにかを言おうとする彼。
『告白』──その二文字が宙の頭に過った、まさにその時だった。
「大変だー!!」
「「!」」
慌てふためく男子生徒。
それはクラスメイトの田中。
なにやら井川を探していたらしい。
「井川! お前の家にも牛ドロが出たぞ!! タロウがやられたらしい!」
「ええっ?!」
「……!」
それを聞いた宙は真っ青になり、「ごめんなさい!」と言って駆け出した。
「あっ!! 宇野! ……田中、宇野は繊細なんだぞ! 彼女の前で牛ドロの話をするだなんて」
「スマン、まだその部分に触れてはないし平気かと……それに、タロウが!」
(ごめんなさい! ごめんなさい!)
田舎の道を宙は駆けた。
田んぼの横の畦道を。
田舎の香水(※家畜の糞尿などの匂いのこと)漂う、牛舎の横を。
走って走って行き着いた先、そこは森の中の一角の、ぽっかりと何もない土地。
上から注ぐ白い光と共に宙の身体は上に吸い上げられた。
宇宙船──そう、ここが彼女の自宅である。
(告白なんて、できるわけない。だって私……宇宙人だもの。 それに……)
牛ドロとは牛泥棒。
そして犯人は宙の家族であった。
牛泥棒というか、所謂『キャトルミューティレーション』というやつだ。
拐って解剖して戻すこともあるので、井川が心配していたのはそこである。井川は宙のことを『都会から来たお嬢様』と思っているフシがあるので。
もともと温和な民族である宙達は『牛を繁殖し、人間としてこのまま地球に永住する』ことを目的としている。
牛ドロも、『申し訳ないけど、研究の為ちょこっと借りてくね♪』といった感じだ。
まあ返すのはクローンで、しかももう少し先になるのだけれど。
──とはいえ、人間側にしてみればただの盗っ人である。或いは牛殺しのサイコパス。
(そんな私に恋愛など許されるわけがない)
宙はそう思っていた。
船内リビングでは猫型の父が新聞を読む中、グレイ型の母がステーキを焼き、香ばしい匂いが部屋に広がっている。
宙はいきり立ちながら扉を開いた。
「井川君にはお世話になってるから井川牧場からはとらないでって言ったでしょ!!」
「あらあらウフフ、ごめんなさいねぇ……でももうとっちゃったもの、ホラせめて美味しくいただきましょ♪」
母は銀色の身体に割烹着をはためかせながら、肉の焼き加減を聞いてくる。
「井川『君』だと?! 井川さんとこは息子だったのか! パっ……パパは許さんぞ!! 男女交際なんてまだ早いんだからな!!」
「うるさいうるさ~い! パパなんかモフモフのくせにー!!!」
猫型の父から新聞を奪い、叩きつけると宙は自室へと走り去った。
「反抗期か……」
猫型の父が呟く。猫型だが、無駄にイケボ。
「多感な年頃ですもの」
宙の部屋は女子高生らしく、とても可愛い部屋だ。
それとは別に、窓からは地球が美しい。
そんな自室で宙はむせび泣く。
「せめて……せめて!
『頂いた牛は全てスタッフが美味しくいただきました』と伝えられたらいいのに!!」
そしてリビングに戻り、タロウを美味しく頂いた。焼き加減はミディアム・レア。
宙の恋は前途多難である。